「銀さんなんかもう知らぬ!」
「え、なんで侍口調?」




夫婦喧嘩は犬も食わない





小一時間前に私は怒りのあまり、侍口調でそう言って万事屋を出た。
私の仕事が休みの日でどこかに出掛けようと誘ったのに、当の銀さんは面倒臭そうにしていた。

神楽ちゃんはお友達の所にお呼ばれして遊びに行ってしまったし、新八くんはまた親衛隊の集まりとかで万事屋には私たちと定春以外誰もいなかった。
「銀さん、天気いいからどこか行こうか」
「うーん」
愛読書であるジャンプをガッチリと両手で持って集中している銀さん。
こうなると読み終えるまでは動かないのは分かってる。

あのジャンプを読み終わったら、と私はその間に掃除と洗濯をササッとやり終えた。
しかし銀さんは読み終えたにも関わらず、今度はテレビをつけるや否や大好きなお天気お姉さんにニヤついていた。

「銀さん」
「んー、ちょっと待って」
テレビに釘付けな銀さんを見て、さすがに私もイラついてくる。
好きな芸能人にヤキモチ焼くほどバカな女じゃないし、イラついている原因もそこではない。
先程から出かけようと言ってるのにお座なりに返事する銀さんにどんどん不満が溜まって来たのだ。

まあ付き合いが長いとこうなることも多少は予想できていた。
しかしながら最近の銀さんは少し限度ってものを超えていた。
積もり積もったものが爆発とまではいかないものの、軽く弾けた。



「お前休みの日にまで職場に来るって、相当暇なんだな」
屯所の玄関先で総悟と出くわし、一発目でそう言われた。
「暇…ではないけど、休日出勤!まだ残ってた仕事あったし!」
「休日手当ては近藤さんに直談判しにいきなせェよ」
お昼時と言うこともあって、隊士の人達は続々と外に出ていく。その中に山崎さんの姿を見つけた。

「あれ、どうしたんですか名前さん、お休みのはずじゃ」
ここに住んでいた時は屯所内をウロウロしていても誰も何も言わなかったのに、今となっては他人扱いだ。
勝手な事しといてなんだが、ちょっと悲しい。

「休日出勤らしいぜ」
「え?!そんな事までさせてるんですか副長?!あの人ホントに仕事の鬼だな…」
「いや、私が勝手に来ただけだから」
あはは、と苦笑すると山崎さんは首を傾げて“そうなんですか”と不思議そうにしていた。

とてもじゃないが銀さんとケンカしてここに逃げ込んだ、とは言えなかった。
そんな事言おうものなら総悟に完全にネタにされるし、周りも呆れること間違いないだろう。
名目上は休日出勤としておこう。と、私は心の中で決めておいた。


「なんだ、えらく仕事熱心だな」
着流しの土方さんは部屋で事務仕事をしていたようで、タバコをふかしながら面倒臭そうに書類に目を通していた。
「いえ、あの……」
そこまで急いでやる仕事でもないのに、勢いでここに来てしまったことに後悔しつつも来てしまったのだから仕方ない。

「お手伝いします」
土方さんが目を通して判を押した書類を片付けていくことにした。
「おお、助かるわ」
何も言わず、何も突っ込まず、ただ私を受け入れてくれる土方さんは性格上察しがいいのでそれ以上何も聞かずに私を手伝わせてくれた。



「やっぱり、ここに居たか」
気候が良く、空気の入れ替えのために開いていた縁側方から聞きなれた声がした。
振り向くとそこには銀さんの姿。どうやら私を迎えに来たようだ。

「帰るぞー」
なんてことのない声でそう言うと、手招きをして私に帰るぞと促す。
「まだ仕事残ってるから」
大した仕事じゃないけどここで素直に帰る訳もなく、むしろ他に言うことないのかこの人?と思うくらいに銀さんはいつも通りだ。

「休日に仕事なんかしてんなよなー」
「休日も平日も毎日家でゴロゴロしてるよりマシだと思いますけど!」
縁側を隔てて言い合いを始めると、新しい書類を手に土方さんが部屋に戻ってきた。

「なにやってんだお前ら」
痴話喧嘩をしていたところに土方さんがやってきたことによって、私たちはバツが悪くなり黙り込んでしまう。
銀さんもこんな所、土方さんには見られたくないだろう。私も一緒だ。

「おい、これも頼む」
「あ、はい」
何気なく書類を渡されて、また仕事に戻ろうとする。
「ちょっと土方くんさ、休みの日までうちの嫁さん使わないでくれるー?」
「んじゃもっと大事にしてやるこったな」
「ハア?!お前に何が分かんだよ!めちゃくちゃ大事にしてるっつーの!毎晩めちゃくちゃにしてるっつーの!」
「銀さんお願いだから黙って」
「名前ちゃんまで冷たいし!」
「……ったく」
土方さんは突っかかる銀さんとは別にやけに冷静で、一度私に渡した書類を取り上げると私をじっと見た。

「とりあえず今日は帰れ」
「え、でも途中……」
「後ろでやかましくされたんじゃ仕事になんねぇ」
「す……すみません」
「また月曜に頼む」
「はい、ありがとうございました土方さん……」
「ちょっとォォ!二人で何いい感じになってんの!何いい上司と可愛げのある部下やっちゃってんの!お前らいつもそんな感じなわけ?!怪しいの山の如しなんですけどォォ」

ぎゃいぎゃいと言う銀さんを置いてさっさと玄関に行って草履を履いて帰ろうとする。
銀さんは慌てて後を追ってきては、今度は私のご機嫌を取ろうと試みてきた。

「ちょ、何回も言うようだけど、土方くんとは何もないよね?ね?」
「無いです」
「そっか、なら信じるけど……あ、なんか食ってく?」
「お金持ってるの?」
「あ、持ってない」
「はあ」
ため息を盛大につくと、銀さんは怒られた犬のようにしゅんとした。
どうしてこうもダメな男に惚れてしまったのかと自分に対してのため息ったけど、銀さんは自分にされたもんだと思ってショックだったようだ。

「名前ちゃんさ、ほんと今更なんだけど……」
一瞬何を言われるかドキリとする。
銀さんの声が低くなった時ってだいたい本気の時だから、何を言われるのか反射的に反応してしまうようになっていた。

「なんで俺選んだの?」
その質問に目をぱちくりしてしまう。いや、ほんと今更ですよその質問。
本人に対して言ったことはないけど、私が銀さんを好きになる理由なんてたくさんあるのに。

「いや、別に深い意味はねぇんだけど」
「なんでだろうね」
「え、そこは全部好きだからーって言ってくんないの?!」
「全部好きだよ」
何食わぬ顔してそのまま言ってやると銀さんは意外にも頬を染めた。
わりと長いこと一緒にいるけど、こんな反応はなかなか拝めない。そもそも言って欲しいみたいなこと言ったのは銀さんなのに。

「や、やたらと素直だな、さっきまで怒ってたのに……」
つつ、と肩を寄せるように近寄って来た銀さんは口元が明らかに緩んでいた。
そして歩きにくいったらありゃしない。

「ジリ貧の銀さんもグータラしてる銀さんも、二日酔いしてだらけてる銀さんも下ネタばっかのしょーもないこと言ってる銀さんも、なんやかんやで全部好きです」
「貶されまくってるけど嬉しいです!」
ぐいっと肩を抱かれて半分抱き寄せられる形になると、いよいよ人の目が気になってきた。

「銀さん、近い…」
「いいのいいの」
やたらと機嫌が良くなった銀さんを見て、お互い単純なんだな、と笑いがこぼれる。

「俺ら白髪のじーさんばーさんになってもこんな感じでいられそうじゃね?」
「銀さんもう白髪でしょ」
「いや、これ一応銀髪設定だからね?!」
「白髪かと思ってた」
わざとそう言っても、銀さんの熱い視線は変わらずギュッと寄せられるその体は熱を帯びていた。

「今夜は楽しみだなー!神楽にダチの家に泊まってこいって言おうかな」
「そういう無神経なところは嫌い」
「すみませんでしたァァ」



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