歳を重ねるごとに受けるダメージもデカくなるんです。






フッた女は大抵いい女になっている






「よし、この話、もう終わりな」
「え?」
「んじゃ」
「は?え?なに、急に終わりとか!なにが終わったの?なんか解決したの?!」
銀さんは急に自分だけスッキリしたかのような顔をして、私に背を向けて歩いて行ってしまった。

「ちょーっとぉ!?何勝手に帰ろうとしてんですか!」
「あー?もう終わったろーが」
「どこが?!なにが?!どのへんが?!」
今まさにちょっとだけいい雰囲気だったんじゃないの?!
そして解決したつもりですかこの男!

「んじゃ明日な、明日うち来い、そしたら話の続きしてやるから」
確信犯だコイツ。
銀さんって本当にズルイ。
そうして私はズルズルと悩みながらまた万事屋に行っちゃったりするんだ。
そしてまた前のような感じになってしまうんだ。それを知っててそんなことを言う銀さんはズルすぎる。

「肉まん持って来いよ」
図々しいにも程があるよ銀さん。
「あ、あと」
「ん?」
「髪切っちゃって、失恋アピールですか」
「……っう、うるさい!単なるイメチェンだし!」
「ふーん」

何それ、失恋アピールって銀さん完全に私をフッたことになってるんだね。
そっか、私は失恋してしまったのか。
それなら尚更こうやって軽口叩き合ってももう戻れないのに。
それを分かってるってあなたも言ったのに。



次の日、私は仕事中ずっとソワソワしていた。
万事屋に行くべきか、行かないべきか。ずーっとそればかりを考えていたので仕事中に何度かミスして店長に注意された。
でも、そんな店長の注意ですら頭に入ってこなかった。

もうすぐ仕事が終わる。
いつもなら嬉しいはずの万事屋訪問がこんなにも憂鬱だなんて、十日前の私は思ってもみなかっただろう。

「お疲れさまでした…」
どことなく元気がない私に店長は先ほど注意したことに罪悪感を感じたのか、たまにはそんなこともあるよ次からは気をつけてくれればいいから、なんてことを言っていた。

店長ごめんなさい、そのことで私は悩んでるんじゃないんです。
そう思いながら重い足取りで店を出ると、そこには通行人の目を釘付けにする程のモフモフした大きなワンちゃんがいた。

「定春!?」
「ワォン!!」
「どーしたの?ひとり?神楽ちゃんは?」
ブルブルと首を振る定春はどうやらひとりのようだ。
周りにも神楽ちゃんや銀さんがいる気配はない。

「迎えに来てくれたの?」
「ワォン!!」
二度目の元気な返事に微笑ましくなる。
まさか定春を寄こすなんて、銀さんも考えたもんだ。
これじゃ行かないなんて言えないじゃないか。
私は定春をひと撫でして横に並び、万事屋に向かって歩き出した。
右手にはもちろん肉まんを持って。

「今度は定春の分もちゃんとあるからね」
そう言って定春を見ると目が合って、また元気良くワォン!と返事をしてくれた。


万事屋の前に着くと少し怖気付く。
実はこの前の週末はスナックお登勢を休んでしまったので、ここに来るのはあの出来事があってから以来だった。
怖気付く私に気付いたのか、定春は私の後ろに周り込んで背中を頭で押してきた。

大きな体に押されれば私は嫌でも階段を登らなければならない。
「さ、定春!押さないで!ちゃんと行くから!」
心の準備が出来てないだけだから!と口には出さなかったけど、実際準備も決心も何も出来ていなかった。

そして玄関の前まで来てようやく定春の頭が離れた。
フーっと息を吐いて大きく息を吸う。
まず何て声を掛けよう。神楽ちゃんや新八くんにはいつも通りでいいけど、銀さんにはどう対応したらいいんだろう。

フラれた身だし、開き直るか。
それとも敢えてめちゃくちゃ凹んでますって空気を出してやろーか。
玄関先で悶々と考える。
やばい、私なんも考えて来なかった。悩むだけ悩んでなんも考えて来なかったよ。
その時ガラ!と勢いよく玄関の戸があいた。

「何やってんだお前」
「うわ!ぎ、銀さん…!」
狙ったように本人登場!タイミング良すぎるよ!
よく見ると銀さんの手にはジャンプの束が重なり、それを紐が縛っていた。
どうやら溜まりに溜まったジャンプを捨てに行くようだ。

「に、肉まん持ってきました…」
「おーご苦労さん、上がれよ」
「い、いや私はこれで」
「神楽ぁ名前が来たぞー」
久々に呼ばれた名前。
好きな人に呼ばれた名前。
それだけなのに、とてつもない何かが私の胃の奥の方をドクンと刺激した。

部屋の奥からは神楽ちゃんの賑やかな足音。久々に聞くその足音がなんだか懐かしく感じた。
隣を歩いていく銀さんが一瞬私を見ていったのが分かった。
私はそれに気が付いてただドキドキするしかなかった。
フラれてもこうやって一喜一憂するなんて、なんだか情けない。


玄関に神楽ちゃんが迎えに来てくれて、嬉しそうに手を引いてくれる。
十日ぶりの万事屋は相変わらず何にも変わっていなくて安心してしまった。
私の十日はとても永くて、とても不安定だった。
それはこの万事屋に行けないことが大きな原因だった。
毎日の楽しみが急にゴッソリと無くなったのだから。

「名前!銀ちゃん最悪アルよ!」
「え?」
「名前とケンカしてからまたマダオに戻ったアル!ニートアル!いや、引きこもりアル!」
「そ、そうだったんだ…」
そっか、神楽ちゃんたちにはケンカしたってことになってるのか。

まさか私がそのマダオ…銀さんに好きだと言って、すでにお断りされているとは思うまい。
神楽ちゃんに手を引かれてソファに一緒に腰掛ける。向かいに定春が尻尾を丸めて座った。

「名前からもなんか言ってやるネ!それだから婿の貰い手がないネとか言ってやるネ!」
「婿って…」
「お金がないから銀ちゃんは婿に行かせる方がいいって下のババァ共が言ってたアル」
「ババァって…お登勢さんたちね…まあ一理あるけど」
「銀ちゃんは最悪名前に婿に貰ってもらえばいいアル」
「最悪って…しかもなんで私?」
「玉の輿が無理なら貧乏同士で仲良くやればいいアル」
「ヒド!ストレートすぎて酷いよそれ!」
「それに銀ちゃんはあー見えて名前のことが好きネ」
「そ、そんな訳……」
「どーしてアルか」

だってフラれましたもの!
とは言えず、銀さんはダイナマイトボディーのエロいお姉さんが好きなんだよって言って誤魔化してみたものの、神楽ちゃんはごく普通の中途半端に美人な名前のことが絶対好きアル!と言い切っている。

「なんかさっきから貶されてるよね?!私貶されてるよね?!」
「銀ちゃんは名前のことすっごい気にしてるネ」
「なんの話してんだよ」
「あ、銀ちゃん」
ジャンプを捨てて来た銀さんは居間の開けっ放しだったドアの前で腕を組んで突っ立っていた。
神楽ちゃんの方を見て少し眉間に皺を寄せている。

「銀ちゃんが名前のこと好きって話ネ」
おおおおおい!!神楽ちゃん空気呼めェェェ!!銀さん明らかにしかめっ面で機嫌良くなさそうでしょーがァァ!

「ああ?俺が、コイツを?」
「そうネ」
自分と私を交互に指さして素っ頓狂な顔をする銀さん。
有り得ねえだろ、とでも言わんばかりだ。
実際有り得ないんですけどね、フラれてますから。

「銀ちゃん自分で気付いてないネ、ここ最近いつもに増してボーっとしてたクセに昨日帰ってきた時は機嫌良かったアル、ワタシに肉まん二つくれたネ」
「神楽ちゃぁぁん!ちょっと黙ろうか?」
「今日も名前が来るって言いながら定春仕込んでたネ、定春なら絶対連れて来るって仕組んでたネ」
「うるせェェェ!!神楽うるせェェェ!」
「銀さん…私のことフッたくせに!これ以上弄ばないてよ!」
「え?!名前のことフッたアルか銀ちゃん?!!」
「はぁ?!フッてねーよ!どこでフッたよ?!いつどこでフッたよ?!」
「フッたよ!昨日!家の前で!」
「銀ちゃん告白されたアルか?!」
「フッてねーよ!!」
「だからフッたよ!思いっきりフッたよ!」
「名前いつの間に銀ちゃんに告ったアルか?!」
「どのへんがフッたんだよ!身に覚えねーよ!」
「髪切ったの失恋アピールかって言ったでしょ!?」
「あ、そういえば名前髪切ったアル!似合うアル!」
「うるせェェェ!!神楽ちょっとお前黙ってろ!ちょいちょい入ってくんなややこしいんだよ!!」

私もややこしくなってきた。
私は銀さんにフラれたもんだとばかり思っていた。
いや、あれはどう考えてもフラれたんだと思う。

「おま、失恋アピールってのは、ちげーよ、ホラ、会わなかった間にそう思われたのかなーって思って発した言葉であって」
「はあ?!他に言うことあったでしょ?!なんでそんな言い方したわけ?!無神経すぎるでしょ!」
「す、すんません」
私の怒号に銀さんはいとも簡単に謝罪した。

「ほらナ、銀ちゃんはやっぱり名前が好きアル、だからフルことはないネ」
「好きとは言ってませんー」
「んじゃどうするアルか」
「ど、どうするって…」
もっと突っ込んで聞いてやれ神楽ちゃん!
私の思ってることを気持ちよく代弁してくれる神楽ちゃんは本当に頼りになる。
私ならハッキリ聞けないかもしれない。
銀さんはさっきまでの威勢の良さはどこへやら、汗をかき始めオロオロしている。


「と、とりあえず一緒に住んでみる、か?」

「……はぁ?!!」





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