今まで過ごしてきたこの気持ちは決して嘘じゃない。




沖田総悟の結末





「総悟は名前さんが好きなのか?」
普段は気の利いたセリフを言う、わりと大人であるはずのうちの局長だがデリカシーの無さは昔から人一倍だ。
「こ、近藤さ……」
何食わぬ顔でそんな事を聞いた近藤さんの隣に居た土方さんは、少し青ざめた顔をして俺をチラリと見ては、ずいぶん焦った様子だった。

世間には聞きたくても聞けない、踏み込んでは行けない境界線みたいなものがどこにでも存在する。
そこをズケズケと踏み入ってしまうと、人としてどうかという目で見られるわけだし、嫌われる要因に直結する。
それを恐れて人は皆、見て見ぬふりや聞いていなかったふりをする。それが人ってもんだし大人ってもんだ。生きていれば自然と身につく。

ほら、土方さんの後ろを歩く山崎なんか全然聞いてませんでした、って顔をして微塵も興味のない店に目を移している。
この中で一応年齢は一番上でそれなりに世の中の事を知っている奴だ。山崎は空気を読むのだけは長けている。
そんな奴らの中で、この近藤さんだけが俺に向かって聞いてはいけない事をついに聞いてしまった。


「近藤さん、アンタ今更何を……」
アタフタとしながら何かフォローの一言でもと考えている土方さんは、今まで散々俺に忠告やら説教を垂れてきた手前、どう説明するべきか分からないのだろう。
「いや、分かってる、分かってるんだがな」
近藤さんは巡回中である仕事真っ最中にも関わらず、街を歩きながらお喋りを続けた。

「今まで名前さんと付き合っているんじゃないかと思ったことは何度かあったし?それとなく聞いて来たこともあったがな、二人が否定するし、かと言ってやはり二人の関係性がハッキリしないと言うかだな」
今までそんなハッキリした発言をされたのはアンタくらいだよ近藤さん。

執着、干渉、独占欲、そんなものを名前に抱き自分でもよく分からなくなってきたところだった。
爆発寸前のこの気持ちのぶつけ先がよく分からずに、俺はずっと火のついた爆弾を抱えてたままでその火の粉を皆に少しながら浴びせている状態でもあった。

自分にもっと大切で守りたい女の一人でも出来ればこの気持ちはまた違ったものに変わるのかとも思ったが、そんな都合のいい具合に運命の相手みたいなもんは現れるわけもなかった。

「急に何なんですかィ」
「いやな、そのー……この前、見てしまって、だな……」
さっきはズバリと聞いたくせに今度は口ごもり始めた近藤さん。一体俺にどうして欲しいってんだ。
今のままじゃ駄目なんだろうか。

「河川敷で……その、名前さんの手を、握って……たよな?」
そうボソリと俺に向けて言った言葉はこのざわついたかぶき町の街でも間違いなく土方さんと山崎の耳にも届いただろう。

「え…」
流石の山崎もこちらを向いて驚き、微かに声が出てしまった自分に再度驚いたのかヤバいといった顔をして口を手で覆っていたがもう遅い。
土方さんはといえば、まあそのくらいはいつもの事だと言わんばかりの顔をしつつも、きっとこの話しがいつまで続くのかとうんざりしているのだろう。

「仲が良いのはいいが、あれじゃ万事屋に誤解されてもアレだしなー……と思ってな……」
近藤さんがたまに言葉を濁したり直接的なことを言わないのは名前の記憶喪失があってからだ。
あれから近藤さんは万事屋の旦那には多少気を使うようになった。
かと言って既に俺の精神安定剤と呼ばれている名前を無理矢理俺から引き離すことも出来ずにいて、近藤さんは少しながらやきもきしているんじゃないかと思う。


「好きかもしんねェですね」
「は?」
真っ先に声を挙げたのは近藤さんではなく土方さんだった。
「お前……今更それを、認めるのかよ」
少しの苛立ちと戸惑いを浮かべた土方さんは、一体何を心配しているのか。
ここにきてこの人たちと今更こんな話をするとは思わなかった。いや、思いたくなかった。必要ないと思っていた。

「土方さん、今更認めるのかって言いやしたけど」
パトカーが停めてある路肩で俺たち四人は足を止めた。
視線を向けると土方さんはこっちを見据えていて、半ば俺たちは睨み合いでもするかのような形になった。

「最後まで認めなかったアンタよりはマシでさァ」
「……なんの事だよ」
「自分の胸に手ぇ当てて考えてみなせェ」
姉上のことも、名前のことも、全てにおいて自分は関係なかったとでもいうそのスカした態度が気に食わねェ。

自分だけ綺麗事で済まそうとしてるとこが心底腹立つんだよ土方さん。
もっと俺みたいに、俺のように、考えて考えてそれでも答えに辿り着けないこの果てしない苦しみをもっと味わえよ。

「まあ、安心してくだせェよ」
誰も俺の気持ちなんか理解できない。理解されなくて構わない。
「土方さんの言う通り、今更何をする訳でもねェんで」
理解されてたまるか。
この「好き」にはアンタら普通の人間とは全く違う、色んなものが含まれている事はきっと誰にも理解されない。

「近藤さんも、これで納得してくれやすか?」
土方さんと睨み合ってた表情とは真逆の顔で、俺は近藤さんに笑みを向けた。
「そうか、やはり総悟は名前さんのことが好きだったんだな!」
俺の笑みの何百倍も眩しい笑顔で近藤さんはなんの躊躇もなくハッキリとそう言った。

「……そんな簡単な言葉で片付けるとは思いやせんでしたよ」
俺が微妙な顔をすると山崎も眉を下げて困った笑みを浮かべていた。
多分、今ここで俺の事を少しでも察してくれているのは山崎なのかもしれない。

「ま、別にどうとでも思って貰って構いやせんよ……」
この俺の気持ちは、一生誰にも理解できない。
そう思い溢れ出た言葉と溜息は、きっと天国の姉上にも伝わっていて、今頃あっちでクスクスと笑っているに違いない。




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