「はあ?あいつの誕生日なんか知ったこっちゃねぇよ!」




こどもの日はあなたの日





今年のゴールデンウィークは11連休らしい。
そんな長くも、儚い長期連休はもう後半を迎えようとしていた。世間では。
私や万事屋のみんなといえば、世の中の大型連休など毎年のことだけど全く関係なく、アルバイトに明け暮れる日々だった。
寧ろ稼ぎ時と言った方が正解だろう。
そんな世の中の連休の終わり際、土方さんの誕生日というイベントがあって、毎年真選組ではささやかながら誕生日祝いをする。

「って言ってもケーキ食うぐらいでさァ、もう祝う歳でもねぇですしねィ」
私たちが本日、連休中の束の間の休みと知って万事屋に遊びに来ていた総悟は、青いソファにどかりと座ってはため息混じりにそう言う。
総悟も長期連休など関係ない職業ゆえに今日もいつも通りの見慣れた隊服を纏っていた。

「あのなぁ、あんなニコチン野郎の誕生日なんかどうでもいいんだよ、俺はこの貴重な休みをゴロゴロして過ごしてぇの!」
銀さんは嫌そうな顔をして総悟と同じようにどっかりと座り、いちご牛乳を飲んでくだを巻いている。
この二、三日ガッツリと仕事が入っていたこともあり、体力的にもかなりお疲れのようだ。

「まあ土方さんが生まれた日なんてほんとどうでもいいの極みなんですがねィ、なんせうちの局長がそういう日は大事にしろってんで俺もこうしてケーキの買い出しに来たって事なんですよ」
「だったらさっさとケーキ買って帰れよな、てか俺のいちご牛乳飲まないでくれるかな?」
「俺だって好きで買いに来てるわけじゃねェんで」
「ねぇ、聞いてる?それ俺のいちご牛乳……」

銀さんの目の前にあるグラスを奪い取るように持つと、その薄ピンク色の飲み物をグイッと飲み干す。

そして総悟は小声で「甘すぎ……」と言って、まるでヤケ酒でも煽るような行動をとって私の方に視線を移した。
「マズそうな顔するなら飲むなよ!勿体ねぇな!」
空っぽになったグラスを取り返して銀さんは最後の一杯だったのにと言って半泣きで抗議する。


「名前が来たら土方さんも喜ぶと思うんですがね」
「お前な、その為に来たんだろ、絶対名前を連れてくつもりでうち来ただろ?!」
「ああ、飯も酒もたんまりありやすぜ?なんならこの不味い飲み物も30倍にして返しまさァ」
「行くアル!!」
「神楽お前飯を目当てに即答すんな!そんでこれを不味い飲み物って言った?!言ったよね?そこ聞き捨てならないんですけどォォ!?」
神楽ちゃんの「絶対に行く」と言う一声で私を含めた万事屋一行は土方さんのお誕生日祝いに参加することになったのだった。



「おめでとうございます、土方さん」
「ん、ああ…」
仕事で忙しいであろう土方さんは落ち着かない様子で大広間の上座に座り、ソワソワとしては早くこの場から立ち去りたそうにしていた。
そんな土方さんに声を掛けて、いつものように宴会場と化したこの大広間の端の席に神楽ちゃんと座る。

程なくすると近藤さんの挨拶が始まり乾杯の音頭を終えると宴会のような誕生日祝いが始まった。
「また銀ちゃんやってるネ」
たらふく食べている神楽ちゃんの視線の先は近藤さんと飲み比べしている銀さんだった。
毎回こういうイベントがあると真選組の誰かと飲み比べを始めてしまうので、半ば諦めてはいたものの帰りのことがやはり心配になってしまう。
そんな心配をよそに新八くんはこれまたいつものようにこっそり持ち込んだタッパーに料理を詰めていて、ここまで来てもしっかりしているというかなんというか……

辺りを見回すと主役である人物の姿がいつの間にかもぬけの殻だった。
御手洗にでも行ったのかと思っていてもその姿は二十分以上経っても戻ってくることはなかった。
もしかして銀さんのように飲みすぎて吐いているのだろうか、それとも自室に戻ってまた仕事を再開しているのか。

確率的には後者の方が確実だった。あの土方さんだ、仕事鬼の彼がこんな席にずっといる訳がないのはもう長い付き合いだから分かってる。
私はなんとなく席を立って、夜風に当たるつもりで玄関の方へ足を運んだ。
長い廊下に出るとそこには土方さんがタバコを吹かしていて、こちらに気付いた様子でそれを消した。

「おう、どうした」
「ちょっと外の空気を吸いに」
「むさ苦しいからな」
はは、と笑いながら手持ち無沙汰のようだった土方さんにタバコを吸ってもらっても構わないと言うと、少々申し訳なさそうに新しいタバコに火をつけていた。
「土方さんこそ、主役なのに戻ってこなかったのでどこに行ったのかと思いました」
「あいつらは飲みたいだけだから俺なんか居ても居なくても一緒なんだよ」

誰かの誕生日なんてのは口実で飲みたいだけだ、と言う土方さんをあながち間違ってはいないと思いながらも少し笑ってしまう。
それでも今日は記念すべき日であることは間違いないのだ。


「土方さん、生まれてきてくれてありがとうございます」
「……母親かよ」
「あ、ごめんなさい!なんとなく、そう思ってしまって……」
息をするように出てしまった言葉はまるで親が子供にでも言うセリフだった。
恥ずかしくて他にもっと気の利いた言葉がないものかと脳ミソを働かせる。

「いや、ありがとな」
タバコの煙が空に向かうのを目で追うと、土方さんと目が合った。
「そんなこと言うのは今じゃお前くらいのもんだ」
ふは、と珍しく口を開けて笑う。その顔が新鮮すぎてついじっと見つめしまえば、変な空気になってしまいハッとする。
「お、お前、戻らなくていいのか、あの天パがうるせぇだろ」
少し焦った様子で土方さんはそんな事を気にしてくれる。

「銀さんは私よりお酒の方が好きなので」
本人が居ないのをいい事に嫌味と皮肉をたっぷり含めて言い放つ。
流れで笑ってくれると思った土方さんは意外にも反応が薄くてこちらとしては愚痴っぽくなって少し恥ずかしくなる。

「なんでそんな男……」
低く小さく放たれたその言葉は、夜風のせいか私の耳にしっかり届いてしまい、つい土方さんの方を見てしまう。
「いや、単なる……悪口だ……」
咳払いをしてバツの悪そうな顔をした土方さんは私とは逆の方を向いてしまう。
これじゃあ明日から仕事でも変に意識してしまう。

「はは、ほんと……なんででしょうね」
いやいや、銀さんのことは好きだ。何にも変え難い存在だ。けれど、それは土方さんにも言えることだった。
この世界に生まれて、この世界で生きて、この世界で出会えた。
運命でも偶然でもない、出会うべくして出会ったような。そんな気にさせてくれる。

「土方さんが土方さんで良かったです」
私がそう言えば土方さんは不可解な顔をして、どういうことだ?と考え込んでしまう。
それでも私は思う。
土方さんが今同じ時代に生まれてきてくれたこと、私の目の前に現れてくれたこと、こうして貴方の人生に関われたこと。

その全てに感謝と愛おしさを。





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