トラウマは一生つきまとう。








家族も量より質








土方さんと他愛もない話をしながら、屯所近くにたどり着くと門の前に山崎さんが居るのが目に入った。キョロキョロして誰かを探しているようだ。
「おい、ザキ!」
「あ!副長!おかえりなさい、待ってたんですよ」
山崎さんは軽い駆け足でこちらまで出迎えてくれた。
「山崎さんこんにちは」
「こんにちは!副長、名前さんとご一緒だったんですか、珍しいツーショットですね」
「たまたま会ったんだよ、で何か急用か」
「あ!はい!急ぎではないんですが昨日の攘夷浪士の件でお話が」
「あぁ分かった…部屋で聞く、その前にコイツを近藤さんの部屋に案内してやれ」
「分かりました、名前さんこちらへどうぞ」

そう言って山崎さんは私を屯所の玄関に通してくれた。
草履を脱いで玄関を上がり振り返ると、土方さんは玄関前に佇んでタバコに火を付けている最中だった。どうやら外で一服してから来るようだ。

「土方さん、ありがとうございます」
「おお」
お礼の意味はまず私のペースに合わせて歩きここまで送ってくれたこと、そして私の隣ではタバコを我慢してくれていたこと。
だからこの人はモテるんだろうなーなんて思いながらペコリと土方さんに向かって会釈する。
「おはぎ、土方さんの分もありますからね」
「胃薬準備しとかねぇとな」
「失礼な!どうせマヨネーズかけるくせに!」
捨て台詞にマヨネーズのことを少し貶してやると土方さんはタバコをふかして笑っていた。

「土方さんほんと素直じゃないですね」
「そうですね、副長はいつもあんな感じでストレス溜まると俺にぶつけてくるんですよ…」
知ってる。山崎さんは土方さんのサンドバッグってことはよく知ってる。
可哀想だとは思う反面、それが名物でもあるんだよ山崎さん。

「そういえば名前さんって、沖田隊長とはお付き合いしてないんですね」
「はい」
またか、と内心思ったけど山崎さんにイチから説明するのにも疲れたので返事だけしておいた。

「お付き合いしてる方いないんですか?」
「い、いないんです悲しいことに…」
「じゃあ副長なんてどーですか?!」
「はい?」
また山崎さんはとんでもないところに話を持ってきた。いくら私が適齢期だからってみんなそんな話ばっかりですか!
「い、いや、土方さんにはもっと絶世の美女じゃないと釣り合いませんよ」
「名前さん、副長はタイプじゃないんですか?」
「え!そ、そんなことないよ!土方さんはイケメンだし男前だしハンサムだし」
て顔ばっかかよ私!顔しか褒めてないじゃん!実際土方さんの顔はかなり素敵ではあるけど!

「じゃあ副長とどーですか?!」
「ど、どうって…土方さんにも選ぶ権利ありますから!」
「そこは俺がうまくやりますよ、さっき並んでた時に二人お似合いだなって思いましたし、副長も名前さんのこと」
「なァに満更でもねェって顔してんだケツ軽女」
山崎さんと屯所の廊下を歩いていると後ろから声がした。この殺気は、と思い振り返った瞬間山崎さんに刀の先が向けられていた。

「ちょォォ!総悟!何してんの!?そんな危ないもの山崎さんに向けないでよ!」
「沖田隊長ォォォ!ちょ、顔マジだから!!マジでヤる気の顔やめてェェェ名前さん止めてェェェ!」
「総悟!」
「山崎テメェ変なことコイツに吹きこんでんじゃねーぞ」
「わわわわ分かりましたゴメンナサイィィ!!だからこれ仕舞ってください隊長ォォォ!!」

そう言うと総悟は刀は収めたものの、殺気は垂れ流しのまま私の腕を引いて廊下を進み始めた。
山崎さんは冷や汗だらけになって廊下に尻餅を付いていた。
途中、握られた腕が痛くて訴えたけど聞き入れて貰えず、そのまま歩みを進めた先は総悟の部屋だった。

戸をスパン!と閉められて一瞬ビクついて総悟の背中を見ればまだ殺気は止まないままのようだ。
まるでどす黒いオーラが出ているように見えた。

「そ、総悟…?」
「あのクソ野郎とだけは許さねぇからな」
「いやいや、ないから!ちょっと山崎さんにからかわれただけだから!」
「アイツは後で殺しとく」
「コラコラコラ物騒なこと言わない!アンタが言うとマジに聞こえるから!」
山崎さんは標的にされやすいと言うかなんと言うか。
そして総悟は何故そこまで土方さんを嫌っているのだろうか。ずっと気になっていたけど何となく聞けない話題でもあった。

「お前は局長の嫁になっときゃいいんでさァ」

総悟の体は思ったより男だった。
見ため的にもっと華奢だと思っていたのに、それは本当に想像でしかなかった。
今までスキンシップ的なボディタッチはあったものの抱きしめられることはもちろんなかった。
なのに私は今総悟に抱きしめられている。

「総悟…どうしたの」
ドキドキと言うよりはお互いに不思議なほど穏やかだった。
まるで時間が止まったように静かで、お互いの胸からは程よい早さの心拍音。
総悟と居ると何故こんなに安らげるのだろうと思いながら、私は総悟に体重を掛けるようにして首元に顔を埋めた。

「分かんねェ、自分が分かんねェ…」
総悟は珍しく少しだけ震えていた。
もしかして…?ふと感じた感情は口に出していいものか、私はとても悩んだ 。
それは簡単に口にしてはいけない気がしたのだ。


総悟の姉、ミツバさん。
きっと彼はまた失うのが怖いのだろう。
私の思い上がりでなければ総悟は私を姉のように慕ってくれていたのでないかと思う。
亡くなってしまったミツバさんを重ねてしまっているのではないか。

総悟が、いつかフラッと居なくなりそうな気がしてならないと私に言った言葉。
これはまた自分が失うのではないかと言う自分への警告だったのではないか。

しかも総悟自身は気が付いていない。
自分がそんな感情を持っていることに。

私が土方さんと親しくなればなるほど余計にミツバさんと重なる部分が増える。
だから嫌なのか、それともただ土方さんが気に入らないだけなのか、総悟の深いところまでは分からないけれど私は少しでも総悟のことを優先に考えてあげたいと思った。


「総悟、大丈夫、私は囲われなくてもちゃんと傍にいるからさ」
「分かんねェだろそんなん」
「分からないけど、約束するから」
「約束守んなかったらどーすんでェ」
「どーぞお好きに」
「んじゃ追い掛け回して捕まえて首輪付けて一生飼い殺してやる」
「なんかすっごい嫌な表現…めっちゃ嫌悪感湧いたんですけど…」
「嫌なら約束守りゃいいだけの話だ」
「うん、そうだね」
私たちは抱き合ったままお互いの体温、存在、ぬくもりを感じていた。今までの人生でこんな特別な存在が居ただろうか。

「総悟の、家族になりたいな…」
「え、それ逆プロポーズかよお断りでさァ」
「違うわボケ!つーか断るの早っ!」

皮肉を口にする総悟の顔は見えなかったけど、フと笑った気がした。
「つーか、えらい髪バッサリいったもんだな」
「あ、うん…」
「まぁまぁ似合ってんぜ」
「ありがと」

私もこの感情が何なのか、まだ分からないでいる。



top
ALICE+