適齢期になると周りが一番騒ぎだす。





一難去ってまた一難






「失礼します」
「おう、入ってくれ」
近藤さんの部屋に入ると男の人の匂いがした。
彼はいつもの隊服ではなく袴姿で、いつもより雰囲気が柔らかく見える。

「こんにちは」
「今日は俺に用らしいが、どうしたんだ?」
「先日のお礼です」
私はそう言って部屋に入り、近藤さんのために持ってきた物を出した。
透明のなんとも貧相なタッパーに入ったおはぎたちが所狭しと並ぶ。
買ってでも重箱に入れてくるべきだったなぁと若干の後悔とは裏腹に、近藤さんは嬉しそうな顔をしてくれた。

「おお!これは美味そうだ!」
「お茶持って来ましたぜェ」
「あ、総悟ありがとう」
座っていた私の後ろから総悟が現れ、先ほど頼んでおいたお茶やお皿が到着した。
二つ持ってきた大きめのタッパーのひとつを開けてお皿に盛るとまずは近藤さんに手渡した。

「甘さ控えめです」
「お、ありがとう、逆に気を使わせたみたいで悪いなぁ」
「いいえ、おすそ分けですから気にしないでください、総悟もどうぞ」
「サンキュー」
私の分のお皿もあったので、お言葉に甘えて自分も食べることにした。
お皿に盛った後お茶を人数分煎れていると、近藤さんと総悟は早速おはぎを口に運んでいた。

「うん!うまいよ名前さん!」
「ありがとうございます!良かったぁ」
「まぁまぁだな」
「総悟はそーゆーと思った」
総悟のまぁまぁはなかなか美味いってことだって分かってる。素直に美味いと言われてもちょっと怖い気がするから総悟らしいっちゃらしい。

「名前さんは料理がうまいんだな」
「うまいなんてとんでもないです!これは簡単な方ですし」
「玉子焼きすら見事にダークマターにしちまう女もいますからねィ」
言わなくても分かる、お妙さんのことだ。
近藤さんもそれに関してはフォローのしようがないのか困ったように笑っている。

「でも、女は料理だけじゃないですよ!器量の良さとか、美人とか、愛嬌とか!色々あるじゃないですか!」
「そ、そうだな!俺はお妙さんの器量の良さに惚れたんだし!」
「近藤さん、女は料理上手に床上手が一番って昔から言うじゃねェですか」
「総悟!余計なこと言わない!」
「ととととと床上手っ…!」
ヤバイ、近藤さんがムラムラします状態だ。これはヤバイ。

「睡眠欲は自分次第だけどなァ、結婚したからには食欲と性欲を満たせるのは女房次第ってことなんだよ」
「まぁ、確かにそれは総悟の言う通りだな…」
近藤さん!総悟にノせられないで!

「その点ではコイツはいいですぜ近藤さん」
「は?!なんで私?!」
「経験そんなにありませんみたいな顔した女の方が実はそっち方面にすげェ積極的だったりするんでさァ」
「なんの話?!!」
「そうなのか名前さん!?」
「真に受けないでください近藤さん!!」
そしてそんなムラムラした顔でこっち見ないで!

「女房にするならこーゆー無難なのがいいですぜェ」
「ぶ、無難って言うな!」
「そうだぞ総悟!名前さんは充分すぎるほど素敵な人だ!髪が短くても素敵だ!」
「お、早くも乗り換えか」
「ちちち違いますぅー俺はいつでもお妙さんがナンバーワンですぅー」
「目ェ泳いでますぜ近藤さん、んじゃ名前はナンバーツーでキープですねィ」
「………」
「近藤さんそこ否定して下さいよ!」

そんな三人の小競り合いが小一時間続き、私は残りのおはぎを真選組のみなさんで分けて下さいと言って席を立った。
屯所の廊下を先ほどとは逆に歩き、玄関まで局長直々にお見送りしてくれる。
「お仕事中なのに長居しちゃってすみません」
「いいや、いつでも歓迎だ、こんな男臭い所で良ければまた来てくれ」
「はい、ありがとうございます」

では、と言って私が頭を下げると近藤さんがヒュッと息を吸うのが分かった。
「名前さんっ…!」
「は、はい!」
想像していたより近藤さんが大きな声を出すので少々驚いて私は肩を竦めてしまった。

「名前さんは、毛ダルマの男はどう思う?!」
「え?!け、毛ダルマ…ですか」
「そう!至るところが毛ダルマ!主に尻とか!」
「まぁ、男の人だしいいんじゃないんでしょうか…」
私はお妙さんみたいに毛まで愛します的なことは言えないけど、毛深い人にそこまで抵抗はなかったので正直に言った。

「毛ダルマいいの?!!」
「うち、父が結構毛深かいので」
お父さん元気かなぁと心の片隅で想いながら、ちょっと切なくなる。
毛深いが故にリビングによく毛が落ちてたから毎日コロコロをしていたもんだ。

「そうなの?!お父様毛ダルマなの?!」
「毛ダルマ…まぁそれなりに」
「そっかそーなのか!毛ダルマなのか!」
「近藤さん、アンタなに玄関で毛ダルマ連呼してんだよ」
「あ!トシ!」
登場と同時にツッコミを入れてくれたのはやっぱり土方さんだった。
私も近藤さんに対して何回毛ダルマって言うんだよこの人、と思っていたところだ。

土方さんは着流しに着替えていたものの多分また事務的なお仕事に追われているようだ。眉間にシワを寄せて仕事モードな感じがヒシヒシと伝わってくる。

「どこか行くのか?」
近藤さんの問いに土方さんは私の隣で草履を履きながら、タバコがなくなったと言って門の方に向かっていく。
「トシ、名前さんを送ってやってくれないか」
「いやいや近藤さん大丈夫ですお昼ですし!」
行きだけならまだしも、帰りまで泣く子も黙る鬼の副長に送迎させるなんて!と思った私は全力で断った。

「途中までならな」
玄関をくぐった土方さんはこちらを見て一言告げた。
「最近攘夷浪士共がウロついているそうだからな、気を付けるに越したことはない、トシ、頼んだぞ」
また私は近藤さんに会釈をして土方さんに小走りで追いついた。

「すみません土方さん、帰りまでお世話になっちゃって」
「ついでだ、ついで」
行きにも聞いたセリフだなーっとクスクス笑うと土方さんはこちらをチラリと見てまた前を見据えた。

行きと違うのは土方さんが着流しだということだけだけれど、そんな姿は滅多に見れないので新鮮だった。
隊服もそうだったけど、着流しにもすでにタバコの匂いがしていた。相当ヘビースモーカーなんだろうなぁと銀さんと同じ身長を見上げるとそこには真っ黒な髪。
銀さんとは正反対だ、何もかも。
それなのに土方さんも格好良いと思う。
自分のタイプの男性と真逆の男性は嫌いとは限らない。

銀さんなんか絶対許してやるもんかと思っていたけど、一日にしてもうこんなにもあの人のことを考えている。
私は本当にどうしたいんだろう。何を望んでるんだろう。
恋とはこんなに支離滅裂だっただろうか。

「チッ」
土方さんが舌打ちをした。
いつの間にか隣に居る人とは違う人のことを考えていたのがバレたんじゃないかと思って我に返った。
しかし土方さんの舌打ちは私に向けてされたものではなかったとすぐに分かる。

「おーおー、こりゃ珍しいツーショットじゃねーの」
たった今私の思考の中を占領していた男。
会いたかったけど、今だけは一番会いたくない人。
「銀、さん…」
「嫌な奴に会っちまった」
今は土方さんに同意してしまいそうな程にタイミングが悪い。

「俺だって気分悪いんですけどぉー?道の真ん中を顔見知りのカップルが堂々と歩いてて気分悪いんですけどぉー?」
銀さんは明らかにイライラしている。でもそれ以上に私はイラついた。
いくら土方さんへの当て付けだと言っても、隣にいるのが私ってことは嫌でも銀さんに見えてる訳で。

なのにカップル?私はつい先日アンタを好きだと言ったばかりなのに土方さんとカップルだと?
いや、当て付けって分かってますよ、分かってるけどすごく腹立つんですけど。

「土方さん、送っていただいてありがとうございました」
「あ、おう」
「おはぎ、うまく出来たんでマヨネーズかけないで食べてくださいね」
「分かってるよ」
「じゃあまた」
「気をつけて帰れよ」

私はまるでそこに銀さんが居ないかのように土方さんに挨拶をした。総悟の言ってた、存在しない作戦だ。
土方さんは銀さんと絡むのが嫌なのか、向かいにあったコンビニにさっさと入って行き、私はそのまま帰り道に歩みを進めた。

「え、無視?無視ですか?」
「なんでしょうか?」
後ろから着いてくる銀さんは今までにないくらい鬱陶しかった。
このまま嫌いになれたら楽なんだろうか、と出来もしないことが頭をよぎる。

「なんでそんなに怒ってんだよ」
「同じことを二回も言って人を怒らせるようなバカとは話したくないんです」
「あれはだなー、神楽が居たから言っちまったんだよ」
私がどれだけ早足で歩こうと、脚の長さが違うのでいとも簡単に追い付かれてしまう。

「じゃあ神楽ちゃんが居なかったら何て言うんですか?」
「つーかなんでお前さっきから敬語?」
「土方さんと話てたからそのままの流れで…」
「そーいや、お前なんでアイツと居たの」
「屯所に遊びに行ったんで帰り送って貰ったの」
「おはぎ持ってったのか?」
「そこはちゃんと聞いてたんだね…」
「俺の分は」
「ないよ」
「うそだろ?!冗談だろ?!」
「なんで貰える前提なわけ」
「あるんだろ?!隠すなよ!なぁ!ない訳ねーよな?!」
「うっさい!分かったよ家に少し残ってるから!それあげるから!」
「よろしい」
「何様?!じゃあ私の質問にも答えて」

行きに土方さんと会った土手。
今度は真っ赤な背景に鈍く白いフワフワの髪がコントラストを画いた。
その髪をガシガシと掻くのが彼の癖なのか、銀さんは困ったようにして急に足を止めた。

「神楽が居なかったら…か」
顎に手を添え、うーんと考えている。
そんなに考えるようなことなのか?と私も足を止めて銀さんの方を見やった。

「神楽が居なかったら…」

この後の言葉で私は泣くのかな、それとも喜ぶのかな。
銀さん、私はあなたの言葉で天国にも地獄にも行けるんだよ?


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