「神楽が居なかったら、俺たちどーなってたんだろうな」







イジメっ子とイジメられっ子








「こっちが聞きたいんですけど」
銀さんに質問したのにまさかの質問返しをされてしまった。
土手に佇む私たちは十月手前の真昼間から若干の痴話喧嘩中だった。

「銀さん、フるならちゃんとフる、それが相手への誠意ってもんだよ?うやむやにするのが一番よくないんだからね?」
「わーってるっつの!センコーかお前は!」
そんなやり取りももう疲れた。
いい加減ハッキリして欲しい。もう振り回されるのは御免だ。

「よし、お前んち行くぞ」
「はい?!」
「おはぎ食べて考える、糖分が足りねーからなんも考えられねぇ」
「食べたい口実でしょそれ!」
ドキっとしてしまった自分が馬鹿らしい。
なんでこんな人にいちいち心臓が反応するのか最近は自分でも分からなくなってきた。私の心臓は壊れてしまったのだろうか。

ガッカリしながらも銀さんと帰り道を再度歩き出す。
またこのままうやむやにされるのがオチか、と思い気が遠くなった。


長屋に着き、鍵を開けたとこで気が付く。
「あ、部屋汚いんだった」
「いつものことだろ」
「言うほど見たことないでしょ!軽く片付けるから五分だけ待ってて」
「あーもういいよ気にすんなって、ブラとかパンツ落ちてても気にしねーから」
「私がするわ!!」
言ってるうちに銀さんはドアを開けて私ごと部屋に押し入れた。

「ちょ、押さないでよ!」
背中を銀さんの体で押されて扉がバタンと閉まった。
大人一人で満員になるうちの玄関と言うか靴脱ぎ場に私と銀さんはギュウギュウ詰めになって靴も脱げない状態だった。

押し込まれた時に銀さんに触れられて、それだけで私の心臓は爆発寸前。
好きな人に触れられるだけでこんなことになるのか、とパンクしてしまいそうな頭で色々と考えてしまった。

きっとフラれてもこの人を嫌いにはなれない。
きっとフラれても私はこの人に恋を続けるだろう。
いつか時間が経って恋心が薄れる時が来ても、死ぬ寸前にはこの人のことが思い浮かぶだろうな、とか。
そんなことを思ってると泣きたくなった。

「なんつー顔してんだお前」
銀さんの声は近すぎて私の心臓に余計な負担をかける。
この距離の銀さんを、私は知らない。

私は壁を背に、目の前には銀さんがいる。
目は見れない、私はただ俯くことしか出来ないでいた。
動いたかと思えば銀さんは壁に腕を付いて、私を逃がすまいと囲うようにした。

あまりの近い距離に言葉どころか息さえ出来ない。
微かに触れているお互いの体。
正確には衣服だがそこからでも銀さんの熱が伝わって来そうで、俯いていた私はそこにひたすら集中してしまった。

「神楽がいねーとこーゆーことになるんだよ」
「どっ…どーゆーこと…」
「やらねーとわかんねぇの?」
「ヤる?!何を?!」
「うるせーな!いちいちデケェ声出すなよ!」
「銀さんも声デカイ!近いし!」
雰囲気もなにもあったもんじゃない。
これはもしかして?もしかしてのもしかして?!
なのにどうして私は色気のないことしか口に出来ないんだろう。

「き、期待、しちゃい、ますよ…?」
「あー…まぁ…すれば?」
「え、なに、その微妙な感じ…」
「自信持て」
「持てないんですけど、銀さんがいつまでもそんなんだから」
「お前時々ほんとにキッツイこと言うよね」
「銀さんはほんとハッキリしないよね」

憎まれ口を叩いて、あぁまたこの流れかと思った矢先。
銀さんがまた動いて私達はさらに距離が縮まった。

「好きな子ほどイジメたくなるってやつ」

小学生かよ!とツッコむ暇もなく、銀さんと私の距離がついにゼロになった。

唇の感触がどうとかより、まずは自分の心臓が飛び出てるんじゃないかと心配するほどにバクバクと脈打っていた。
そして何もかも信じられない。
あの坂田銀時が、あの銀さんが。

あぁ、私の心臓が痛い、このままじゃ壊れてしまう。
しかも展開が早すぎやしないか?
さっきまで私たちケンカしてたよね?
それがずっと頭の中をリピートする。

銀さんが角度を変えてさらに唇を重ねてくる。
舌までは入ってこないものの、大人のキスすぎて私はただ固まってしまうことしか出来ないでいた。
「お前、もうちょっと力抜いてくんねぇ?なんかスゲーやりにくいんですけど」
「む、無理…心臓…い、痛い…」

唇が離れたので私は一気に息を吸って、そしてうるさい心臓を押さえた。
本当に好きな人に触れられるとこうなるのかと、知らないはずはなかったけど今までとは比べ物にならない程の感情が湧いて溢れ出る。

「なぁ、腕くらい回してくんねぇの?」
「え?」
我に返ると直立不動の私。
銀さんにそう耳元で囁かれてさらにドキドキした私は恐る恐る腕を上げて背中に軽く触れてみた。
するとお返しにと言わんばかりに銀さんは私を包み込むようにキツく抱きしめる。
男の人の胸板が、衣服を挟んでいるとは言えダイレクトに伝わる。
男の人の匂いがしてクラクラする。

あとは銀さんの肌の質とか、腰の細さとか、腕の太さとか、着物の厚さとか柔らかさとか。
普段では分からなかった新しい情報が次々と私の脳内を刺激する。

これはマズイ、本当に私は死んでしまうんじゃないか。
そう思いながら必死に自我を保とうとした。でなければ緊張しすぎて意識を失いそうだった。

「ぎ、銀さん…もう、無理っ…」
「え、なに、もう抱かれたいって?」
「ちちち違いますっ!!苦しいんです!」
「なんだ、発情したのかと思った」
「そそそれは銀さんの方でしょ!」
「バレたか」
「は?!てか、なに?!銀さんなんかいきなり積極的じゃないですか?!」
「一回気付いちまうと…なぁ?」
「なぁ?ってなに?!ニヤニヤしないでよ!」
「うるせぇよ、近所迷惑だぞ」
そう言われてまた口を塞がれた。

だ、だめだバレてる。
私が銀さんをあの日意識し始めてから、今までずっと好きだったんだと気付いたことを銀さんはきっと知っていたんだ。

「なぁ、布団敷いて」
「はぁ?!!なななななに急に!」
「急じゃねーだろ、この流れはそーだろ?」
「なななに考えてんの銀さん!」
「エロいこと」
「やだっ!!」
「やだって…お前、俺のこと好きなんじゃねぇの?」
「だからさっさとヤラせろって?!馬鹿じゃないの?!」
「ちっげーよ!今の状況考えてみ?流れ考えてみ?そんな感じだろ?!自然の流れだろ!」
「どこが?!ほんとやめて!」
「ヤダとかヤメロとかバカとか結構傷つくんですけど?!」
「傷つけ!!」
結局銀さんも単なる男か!
逃げようとした私の腰を後ろからガッチリとホールドした銀さんは結構マジっぽい。

「ヤダヤダヤダヤダ!!」
「おまっ!まてっ!暴れんな!」
「これ以上なんかしたら許さないから!」
「別に処女でもねーだろ!」
「違うけど!いきなりはイヤ!」
「違うのかよ!」
「この歳で処女のが引くでしょ!自分だって童貞じゃないくせに!女に処女求めるとか夢抱きすぎ!気持ち悪!」
「普段この感じで俺が童貞とかマズイだろ!どんだけスカしてんだよお前っつードン引くどころの騒ぎじゃねーだろ!?そして処女は求めてねーよ!そんなメンドクセーもん求めてねーよ!つーか話がズレてきた!なんの話してたんだっけ?!」
「知らない!とりあえず離して!」
玄関で揉める私たちは前回に引き続き完全にご近所迷惑だろう。
ごめんなさいお隣さん。





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