昨日はまんまと朝までコースだった。




何でもないようなことが幸せ





あまり歳のことは言いたくないけど、私は世間で言うピチピチの部類ではない。なのに、昨日はどれだけ嫌がっても銀さんはやめてくれなかった。
実際、正直に言ってしまうとそこまで嫌がった訳ではないのだけれど。
本気で嫌がれば銀さんはやめてくれる人だってことくらいは知ってる。

私が本気で嫌がってないことを察していた銀さんは、そのまま調子に乗って朝まで頑張ってしまいました、と言うことだ。
銀さんはいいよ、お仕事休みなんだから。
毎日休みのようなもんなんだから。

私が明日仕事だと言っても若いから大丈夫大丈夫、とまるで他人事。
若いと言っても銀さんと大して年齢も変わらない私が徹夜でそのまま出勤する体力なんて持ち合わせていると思っているのか。

当の銀さんは私の出勤に合わせ家を出て、そのまま朝一でパチンコ屋に寄ると言っていた。
どんだけマダオなんだあの人。
そして私はただいまお仕事真っ最中なのです。

眠くて怠くてしんどいはずなのに心はどこかウキウキしている。
なんだかんだ言って私も乙女と言うか、女だなーって思ってしまう。
そりゃあ好きな人と一晩一緒に居て、愛し合ってテンションが上がらない方がおかしい訳で。

「おい」
「…あ!すみません!」
テンションが上がっているとは言え、眠さのあまり仕事中にも関わらずボーっとレジの肉まんを見つめてしまっていた。
目はかろうじて開いていただろうけど脳みそは完全に寝ていた気がする。

「希矢素絶ワンカートンな」
「あ、土方さん…」
待たせていたお客さんはなんと偶然にも土方さんだった。
このオーラに気付かない私はよっぽど眠かったんだろう。
土方さんは愛煙しているタバコをワンカートン私に頼むとコチラをジッと見てきた。

慣れたとは言え、仕事中こうも急に現れるとやっぱりまともに顔が見れない。
そしてやっぱり私は照れてしまう。
赤面していないだろうか、と心配しながらタバコを袋に詰める。

「吸いすぎないようにして下さいね…」
「嫁かよ」
土方さんのツッコミにキュンとしてしまう。
なんとなく言ってみたのに、土方さんの返しがかなり不意打ちすぎて私のトキメキが反応してしまった。
土方さんの口からまさか嫁って言葉が出てくるとは思いもよらなかった。
母親扱いは何度もドエスコンビにされて来たけど、まさかの嫁扱いは今までにない待遇だ。

「よ、嫁、ですか…」
「いや、単なるツッコミだからそこは流せよ」
「あ、すみません…」
いちいち反応してしまった自分が恥ずかしい。
これが銀さん相手だったらこんな感じにはならないだろう。
これが総悟なら更に被せて鬼嫁の如く説教を始めてやるくらいだろう。

土方さんは本当にギャップがすごい人だ。
ここまで二枚目のイケメンキャラなのにたまにとんでもないことを言うし、かと思えばその顔で女をイチコロで落とせる口説き文句を平気で言ってしまうようなところもある。
もちろん狙って言ってる訳でもなく、天然で言ってしまっている類いだろうと思う。
しかもモテるのに自分ではそれに気付いていないタイプだ。

「土方さん…」
「あ?」
「タバコとマヨネーズ、辞めるならどっちですか?」
「なんだよ急に」
「もし、愛する奥さんに言われたらどちらを辞めますか?」
照れたのを誤魔化そうとしたのもあり、土方さんが困るであろう会話をわざと振ってみた。

土方さんは財布からお札を何枚か出し、私はそれを貰ってレジからおつりを数えていた。
ジャリ銭のおつりをを直接手で渡しながら土方さんの顔をチラリと目だけで覗いてみる。

「どっちも辞めてやるよ」
目が合った瞬間そう言われた。
まるで私に言われた錯覚さえ起きてしまうくらい。
そのくらい真っ直ぐに言われて私の心臓がまた高鳴ってしまった。

「そそそそれで今までどれだけの女を弄んできたんですか?!」
それですよ土方さん!あなたの天然なところはそこなんですよ!
その顔でそのセリフは威力ありすぎだから!
「はあ?なんだよそれ、質問に答えただけだろうが」
「土方さんのそういうので世の女子たちは弄ばれてるんですよ!」
「意味分かんねーよ!俺がいつ誰を弄んだんだよ!」

レジで揉める私たちに気付いたのか、バイト仲間の人がこちらを見に来た。
今日は店長が居なくて助かったと思いつつこのままではマズイと思い声を静めた。

「ひ、土方さんはただでさえその顔なんですから…気を付けてくださいよ」
「だから何がだよ」
「苗字さん、もう上がる時間だよ」
様子を見に来たバイト仲間が腕時計を見ながら声を掛けて来た。
私も仕事場の掛け時計を見て、もうそんな時間だったのかと思いながら土方さんを見返した。

「上がりか」
「はい」
「…なんか食いに行くか」
「…え?!」
「用でもあんのか?」
「いえ…ない、ですけど…」
急すぎる!けどこのさり気なさすぎ、且つスマートすぎる誘いはさすが土方さんだ!
これがモテ男の実力か!言ってるそばから弄ばれそうだ!
しかし彼にとってはきっと何でもない誘いなんだと思うと少しテンションは元に戻った。

「総悟の奴がまた奢らせたりしてんだろ、礼と言っちゃなんだがたまには奢らせろ」
ほらね、やっぱり。フォロ方十四フォローさん得意のフォローだ。
総悟も律儀な上司を持って恵まれてるな、ちょっとは見習えよ、と思いつつも私はこの状況にかなり悩んでいた。

土方さんと食事に行くなんて、考えただけでも緊張する。
まともに食べられる気がしない。
絶対手震えたり粗相しちゃったりするよ。どうしよう。しかも眠い。

「と、とりあえず着替えて来ますね…」
私はバックヤードに一度引っ込んでユニフォームを脱いですぐパーカーを着込む。
着替えと言ってもコンビニの制服は上に羽織る程度のものなのですぐに終わる。
とは言え、この状況は土方さんを待たせている状態だ。
今更ご飯は無理です、なんて言える立場じゃなくなってしまった。
一回家に帰りたかったな、せめて着物ならよかった、とか色々考えてしまう。


「お待たせしました…」
コンビニのゴミ箱付近に置いてある簡易な喫煙スペースで土方さんはタバコを吸っていた。
「早かったな」
「特に着替えるものもないんで、あ、吸ってて大丈夫ですよ」
私が来たことによって土方さんはタバコを消そうとしていたので、私は慌てて止めに入った。
まだ付けたばかりであろうタバコをわざわざ気を使って消そうとしてくれていたのだ。

「んじゃこれだけ…」
そう言ってタバコをまたふかし始めた土方さんはとても様になっている。
イケメンは何をやってもイケメンだな、なんて思ってる自分がだんだんミーハー女に成り下がっている気がしてちょっと自己嫌悪に陥った。

「寒くねぇか」
「大丈夫ですよ、土方さんは?」
「俺は全然…しかし随分涼しくなったもんだな」
茜色に染まり、もうすぐ陽が沈みそうな空に向かって土方さんのタバコの煙が漂った。

「そうですね、十月も後半になると朝晩は急に寒くなりますよね」
気候は日本にいた頃とほとんど同じだ。と言ってもこちらの世界に来て七ヶ月ちょい、本格的な冬はこっちに来てから経験はしていないので少々不安だ。
あのボロい隙間風だらけの長屋で冬を越せるかとても心配になる。

「お前、前は髪長かったが…それ寒くないのか」
「このくらいの方が首にかかって寒くないんですよ」
「なるほどな…」
「結んでる方が首元寒くないですか?土方さんも昔髪長ったでしょ」
若かりし日のポニーテール土方さんは私の中でかなりツボだったし、初めて見たときは結構な衝撃を受けたもんだ。
ポニーテールの土方さん。略してポニ方さん、可愛かったなぁ。

「なんで知ってんだ」
「はい?」
「俺の髪が昔、長かったこと」
やばい、やってしまった。
つい七ヶ月前にポッと出てきた女が自分の昔の髪型を知ってるなんて気持ち悪すぎる。
これは疑われる。ストーカーと思われるか、身元を不審がられるか。

土方さんのよく行っている店の前に到着。
ここの外観も知ってる。土方さんのいつも食べてる土方スペシャルも知ってる。
それが総悟に犬のエサと呼ばれてるのも知ってる。
知ってることがありすぎる。

「と、とりあえず中に入りません、か…?」
どう言い訳しようか、とにかくその言い訳を考える時間を少しでも稼ぐため、店に入ることを催促した。
「あ、ああ…」
明らかに不審がっている土方さんに対し、私は頭をフル回転させた。
どうやったらこの人を丸め込めるのだろうか。

対面して座ったら、刑事に事情聴取される風になって本当のことを話してしまいそうだ。
相手はそもそも本物の警察官だし、ましてや土方さん相手に適当に誤魔化すことは出来ない気がする。どうしよう。

私は頭がパンクしかけたまま店の引き戸をガラリと開けた土方さんの後ろを着いていく。
すごく逃げたい気持ちでいっぱいだ。
のれんをくぐって見たことのある定食屋に入る。と、そこには何処かで見たことのある、いや、確実に見たことがある何かがそこには居た。

まっ白くて無駄にデカくてとても目立つ物体と言うか生物と言うか着ぐるみ。
そして隣にはサラサラとした黒髪ロングヘアーの中性的な美形。
私が「あ」と言う言葉を発するのとほぼ同時に土方さんの声が大きく響いた。

「てめぇ……桂ァァァ!!!」
やっぱり桂さんだ。
あの桂さんだ、そしてエリザベスだ。
私の感動をよそに土方さんはさり気なく私を壁の方へ誘導して、桂さんたちに向かって抜刀した。
「苗字悪い、飯はまた今度だ」
小声でそう言って、裏口から逃げようとする桂さんとエリザベスを追い掛けて行く。

「行くぞエリザベス!」
蕎麦を口に頬張り、髪をサラサラとなびかせて逃げていく桂さん。
エリザベスは例の看板らしき物を手に持ち「桂さんこっちです」と言っている。

これはとてもレアだ。
銀さんたちと知り合って行動を共にすることもかなり多い私でさえ、桂さんとはなかなか会えずにいた。
銀さんは多分テロリストに近い桂さんと会わせると厄介だと思ったのか、そういった場に私を極力居合せないよう気を使ってくれていたのだと思う。

店に取り残された私はレアなものを見た余韻に浸っていた。
「すごいもの見ちゃったな…」
「何見たんだよ」
「…あれ、銀さん…」
入口には銀さんがポツリといつの間にか立っていた。



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