まっすぐ帰りたい、なんて思ってる時ほど何かあるもんだ。




急がば回れ




厄介、と言うには失礼かもしれない二人に出会った。
桂さんと同じ扱いにしてはいけないか、と思いながらその二人に気付いて近寄った。

「やぁ、暫くぶりだね」
「こんにちは、名前さん」
小柄で左目には隻眼、男性の格好をしているけどどことなくあどけなさが残るその顔と華奢な体つき。
会うのは何度目だろうか、何度かこうやって顔を合わせて話したことはあるけど二人きりで話したことはないような間柄だった。

「お久しぶりです、九兵衛さん、お妙さん」
お妙さんももちろん顔見知り。
何度か万事屋で会ってるし、新八くん伝いで志村家の道場にもお邪魔したことはある。
しかしここ最近あまり会う機会がなく、この二人とは久しぶりの再会となった。

「いつも仲がいいのね、銀さんと名前さん」
お妙さんが私たちの並ぶ姿を見てフフと笑った。
「あ…」
手を繋いでいたのを忘れていた私は慌てて銀さんの手を振り解いた。
「おいおい、気にするような相手じゃねーだろ」
「あら、それってどう言う意味ですか、銀さん」
一瞬にしてお妙さんが暗黒モードに入った。何か気に触ったようだ。

「え、あ、いや、アレだよ、身内なんだから別に気にすることねーって意味だよ、深読みすんなよ」
「身内だからこそこう言うことは隠してくださいよ、身内のイチャついてるとこなんざ見たくねーんだよコッチは」
「妙ちゃん、落ち着いて…!」
暗黒オーラを纏っているお妙さんを九兵衛さんが必死に止めているのがなんとも微笑ましい。

この二人のことはなんとなくだけど、ある程度のことは知ってるつもりだ。
女同士でもいいじゃないか、と思っていた私だったけど関わりを持てば持つほど二人の仲にはいろんなものが渦巻いていて、そう簡単に解決出来るようなものではないし周りがどうこう言うことでもないのが分かった。
みんな何かを抱えて生きているんだ。

「お付き合い、始めたのね」
そういえばお妙さんたちには面と向かって報告などはしていなかった。
そもそもここ何週間か私はこの二人に会ってなかったし、銀さんは会う機会はあったかもしれないけどいちいちそんなことを周りに報告するような人でもないし。

「そーなの、俺もついに身ぃ固める日が来たっつー感じ?」
「け、結婚するのかい?!」
「ち、違います!しません!」
いち早く反応を見せたのは意外にも九兵衛さんだった。
銀さんも軽くそう言った冗談を言わないで欲しい。
いつもの軽いジョークとは分かっていても、私はその度に反応してしまう心臓を持ち合わせているんだからたまったもんじゃない。

「そーよ九ちゃん、結婚なんてする訳がないじゃない、こんなプー太郎に名前さんをお嫁にあげるなんて私が許さないわよ」
にっこり、と笑ったお妙さんはまるで蝋人形のように冷たい明らかな作り笑顔だったので私まで背筋がゾッとしてしまった。
「お前なんで名前の母親気取りなんだよ」
「新ちゃんに聞いていろいろ心配してたんです」
お妙さんが知っていた原因はやはり新八くんだったようだ。
「あのお喋りクソメガネ…」
銀さんは舌打ちをしてバツが悪そうな顔をした。

「銀さん、その歳でデキちゃった婚なんてやめてくださいね?名前さんにそんなことしたら私が許しませんからね?」
「安心しろ、どんなに焦ってもゴムだけは」
「黙れェェ銀さん黙れェェ!なんつー話をこんな人が行き交う場所でしてんの?!恥を知れ!」
「ゴムだと?!何うえチン〇にゴムを付けるんだ?!それはうっ血しないのか?!腐り落ちたりしないのか?!」
「ちょ!なんの話してるの九兵衛さん!」
なんかもうツッコむところが多すぎてさばき切れない。
やっぱりこの二人が絡むと厄介だった。いろんな意味で厄介だった。
そして周りの人がこちらをチラチラ見て通り過ぎていく。視線が痛い。

「ぎ、銀さんもう帰ろう」
袖をクイクイと引っ張り私はここから早く立ち去ろうと銀さんを促した。
「おー、腹減ったしなぁ」
「お妙さん、九兵衛さん、またご飯でも行きましょうね」
とりあえず社交辞令だけでもしておこうと、私はそう言ってペコリと頭を下げた。
「ええ、是非今度お話を詳しく聞かせてね」
本当に笑っているのか怪しい笑顔でお妙さんはニコリとしてくれた。
これは社交辞令では終わりそうもないと予感した。

「じゃあ、また」
九兵衛さんは無表情ながら会釈を返してくれ、お妙さんの隣に付いて歩いて行った。
やっと開放された。
なんとも言えないこの脱力感。
今日みたいな体力がない日に限って何かと重なってくるのは何故だろうか。

「銀さん、今日ご飯当番変わって貰ってもいい…?」
「え?別にいいけど」
「ちょっと仮眠させて欲しい…」
「そんな究極なのかよ、大丈夫か?」
「銀さんは眠くないの?」
「パチンコ屋の休憩所で仮眠とった」
「マダオ…」
私のツッコミにどんどん元気がなくって来たので銀さんはきっと楽しみにしていたであろうケーキ屋にも立ち寄らず、そのまま万事屋に帰宅してくれた。


「おかえりなさい名前さん、お仕事お疲れ様でした」
万事屋に着くと新八くんが出迎えてくれた。
いつもの光景だけどこれが毎回嬉しかったりする。
誰も居ない電気の付いていないワンルームの部屋に一人で帰る寂しさを、ほんの八ヶ月前には毎日していた。
それが今や仕事から疲れて帰って来てもこうやって新八くんや銀さんや神楽ちゃんが暖かく賑やかに迎えてくれる。

実家を出て一人暮らしを始めた頃は一人って気楽でいいなぁ、なんて思ったり日増しに独りが慣れてきてはいたものの、やっぱり家族っていいなぁとこう言うときに痛感させられる。
そして玄関を上がって居間に行けばまた二人の家族が暖かく迎えてくれるのだ。

「おかえり名前!今日はなんか廃棄あったアルか?!」
「ワオン!」
賑やかなこの二人だ。どんだけ疲れて帰ってもこの癒し系の二人を見たら自然と笑顔になってしまう。
「あ、ごめん今日は持って来なかった」
「なんだー肉まんないアルか…」
「最近寒くなったからよく売れるんだよねぇ、なかなか廃棄出ないの、ごめんね」
残念そうな神楽ちゃんを見て申し訳ない気持ちが芽生える。

「お前は肉まん肉まんうっせーな、コイツの肉まんばっか当てにしてねーでたまには自分で買え!」
銀さんがまるで父親のように神楽ちゃんにピシャリと言った。
「じゃあ小遣いくれヨ」
お返しにと言わんばかりに神楽ちゃんが大ダメージのある一言を放つ。
銀さんは案の定一言も返せないようだった。

「はーい、名前ちゃん今お布団敷いてあげるからね」
銀さんはそう言ってそそくさと私を誘導しながら神楽ちゃんとの話を反らす。
後ろでは神楽ちゃんの小遣いくれコールが始まっていたが、銀さんは気にすることなく布団を押し入れから出していた。

「どうしたんですか?名前さん気分でも悪いんですか?」
新八くんが神楽ちゃんを宥めながらも銀さんと私に問いかけた。
「ううん、ちょっと寝不足で…」
「昨日頑張りすぎちまってよー」
「銀さん余計なこと言わない!!」
「あはは…」
せっかく心配してくれた新八くんが明らかに赤面している。
そしてススっと居間と銀さんの部屋を隔てるふすまを閉めて居なくなってしまった。

「銀さん、ああいうこと人前で言わないでよね」
上着のパーカーを脱いで敷いてもらった布団に早速潜り込んだ。
銀さんの匂いがして安心と同時にすぐに眠れそうだった。
「別に本当のことだからいいだろ」
「恥ずかしいから、私が…」
「言いふらしといた方がいいんだよ」
「言いふらすって…」
銀さんは私の横に座り込んで頭をヨシヨシと撫でてくれた。
大きな手の暖かさと安心感にどんどん瞼が重くなるのが分かる。
意識が遠のきフワフワした感覚に陥った。
そこに微かに響いた低く甘い銀さんの声。

「悪い虫が付かねぇよーにな」
銀さんは心配症だなぁ、と口に出すことなく私はそのまま瞼を閉じた。
私が銀さんの他の人のところに行くわけないよ。
この世界で私が生きていくには銀さんが居ないとダメなんだよ。
そのくらいの存在なんだから。

脳内でそう考えていると私はいつの間にか夢の中に堕ちていた。
夢に堕ちる寸前に微かに銀さんが、無理させて悪かったな、と言って額にかかる髪をサラリと解いてくれたのを感じた。



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