「おはよ…今、何時?」





眠り姫と四人の小人





「ワン!」
「あ、名前!おはようアル!」
「もう起きちゃったんですか?」
「どうせ腹減って目ぇ覚ましたんだろ」
私がふすまを開ければ口々に三人と一匹…いや、四人が違うことを話し出す。
しかし寝起きの私には何も頭に入ってこない。

「まだ一時間チョットしか経ってないネ」
「神楽がやかましいからだろ」
「やかましくないネ!銀ちゃんのがやかましかったアル!名前!私は静かにしてたアル!ほんとアル!そうダロ定春!?」
「ワオン!」
起きて早々賑やかなのも悪くないな、頭ではそう思ってても頭がついて来ないでいる。
何も返せないでいる私を三人はただ見つめていた。

「明らかにボーっとしてんな、お前…」
「名前さん、もう一度寝たらどうですか?ずいぶん疲れてるみたいですし…」
新八くんの心配は嬉しかったけど、何となく目も冴えて頭も起動し始めてきつつある。
何よりお味噌汁のいい匂いが私の空っぽである胃を刺激したのだ。
「ご飯…みんな食べた?」
「さっきお先にいただきました、名前さんのもすぐ用意しますね」
そう言った新八くんはすぐに台所へと行った。
なんて気の利く子なんだ。嫁にしたいくらいだ。

「今日は卵かけご飯と味噌汁と野菜炒めアル!」
「野菜っつーか、もやしオンリーだろ」
床に座り込んでご飯を待つと隣に定春が寄り掛かってきてくれた。
あったかくて手触りがいいのでモフモフしているとまた少し眠くなる。
誰かが用意してくれるご飯のこの有り難さ。
実家に住んでるときも有り難いとは思っていたけれど、言い方は悪いけど親と他人では有り難みも違ってくるってもんだ。

他人とは言え、万事屋のみんなは少なくとも私にとっては家族みたいもので。
毎日のように自然と一緒に過ごせる相手。
血縁者でもないのにこんな存在が出来るなんて今までの人生で考えたこともなかった。
私は人間関係なんて一番面倒臭いと思っていた部類だった。
出来るだけ深くは関わらない、当たり障りのない関係が一番だ、関わって良かった試しなんてなかったから。
それに相手に気を使うくらいなら初めから独りのが楽だ。

しかしこちらに来てからと言うもの、私のその考えはガラリと百八十度変えられてしまった。
今までの“一人のが気楽だ”と言う考えは何に対しても居心地が悪かったからなのだろう。
向こうにいた頃の私はよっぽど擦れてたな、と今の自分が過去を嘲笑える程だ。


「お待たせしましたー」
湯気が出るご飯を目の前に置かれて、唾が出た。
空腹が限界に来ていて体が悲鳴を上げていた。
「ありがとう新八くん!いただきます」
手を合わせて箸を持つ。
卵かけご飯を見て私はここに来た日を思い出した。
あの時は不安しかなかったな、とか人目をはばからず泣いちゃったな、とか少し思い出したくない出来事が多かったりする。
ご飯を口に入れて更に気持ちが蘇った。

「みんな、ありがとね…」
ご飯を噛み締めて、飲み込んで、その後自然に言葉が出た。
「え、名前、どっか行っちゃうアルか…?」
「え?」
神楽ちゃんがとても心配そうに私を覗き込んでいた。
変なトーンで言ってしまったのでそんな風に聞こえてしまったのかと、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。
興味本位で銀さんの方を見てみると意外にもバッチリ目が合ってしまい余計にどうしていいか分からなくなった。

「あ、いや、違うくて、あの…」
沈黙を避けたくて、しどろもどろに言葉を続けた。
新八くんも定春も心配そうにコチラを見ている。
「…わ、私……ここに住んでもいい…かな?」
「いいアル!!」
有無を言わず即答で神楽ちゃんが返事をしてくれた。とは言っても実際ここの主は銀さんであって、その主がイエスと言わない限りは無理な話。
でも銀さんと言えば、私に過去に二度「一緒に住むか?」宣言をしている訳であって。
断る理由が無いと言えば無い。

「んだよ、急に」
銀さんは思ったより平然としていた。
しかも若干冷たいような気がしないでもない。
なんだよそのテンション、と言ってやりたい本音はとりあえず今は心に閉まっておいて。
「疲れて仕事から帰ってきて、みんなが出迎えてくれておかえりって言ってくれると…元気になるの」
まだ完璧に働いていない頭を頑張って奮い起こしては言葉を続けた。
本音を紡ぐだけだ、考えることは何もないと思いながら。

「起きてすぐみんなにおはようって言われるのが、こんなに幸せなんだな…って思った」
「名前さん…」
「新八くん、いつも美味しいご飯ありがとう」
隣に座った新八くんに笑いかける。
新八くんは今だに少し心配そうに私を見ていた。

「神楽ちゃん、いつも笑わせてくれてありがとう」
神楽ちゃんにも笑いかけると、照れたのか目を反らされてしまった。
「定春、いつも癒してくれてありがとう」
定春は大きな頭で笑う私の頬にスリスリしてくれた。

「銀さん、いつも幸せをくれてありがとう」
銀さんは、私と同時にふっと一緒に微笑んでくれた。
「私は、万事屋の一員…ううん、家族になりたい」
本音だった。
いつか総悟にも言ったこの言葉。あれももちろん本音だった。

私はこの世界で独りだ。結局独りだった。
だから家族が欲しかった。家族と呼べるものが欲しかった。
それは誰でも良い訳じゃない。
本当に心を許せて愛せる者にしかこの感情は持てないから。
今ここに、家族になって欲しい人たちが四人も居る。

「なんか、みんなを養っていくのもいいかなーなんて…」
アハハ、と笑って少し誤魔化してみる。
さっきは少し気恥ずかしいことを言ってまった気になった。
やっぱりこの季節は無駄にセンチメンタルになってしまう。

「おま、養うってどんだけ男前宣言っ…!」
「名前!銀ちゃんをお嫁に貰うってことアルか?!こんなの貰っても何もイイコトないネ!」
「そうですよ名前さん!そこまでこのマダオな銀さんを甘やかしたら駄目ですよ!銀さんが本格的にプー太郎のヒモ男になってしまいますよ!」
「でも、名前が大黒柱になったら豆パンや卵かけご飯の毎日から抜け出せるネ!」
「た、確かに…!でも神楽ちゃんそれじゃ銀さんの甲斐性ってもんが…!」
「こんなマダオに今更カイショーなんてモン、一ミクロもないアル!」

「お前らさっきから黙って聞いてりゃ勝手なことぬかしやがって!」
「あわよくば家賃払って貰おうとか思ってますよ!銀さんはそういう人ですよ!いいんですか名前さん!?」
「うっせぇクソメガネ!だいたいテメーはさっきからどっちの味方なんだよ!」
「名前さんに決まってるでしょ!」
「そうネ!名前に決まってるアル!」
「おい!名前!お前からもなんかフォロー的なもんないのかよ?!ってめっちゃ飯食ってるゥゥ!!」

神楽ちゃんと新八くんにバッサリと言われた銀さんは、お前ら最悪だな!と言いながら最後には不貞腐れていた。
私はそれを見ながらご飯をガッツいて食べては三人のやりとりに笑っていた。


ご飯を食べ終えて、いつものようにお風呂を借りた。
お風呂から上がり髪を乾かして居間へ行くと新八くんはすでにおらず、どうやら先に帰ってしまったようだ。

「あれ、新八くんもう帰ったの?」
「明日お通ちゃんのサイン会で徹夜で並ぶんだとよ」
ソファに寝転ぶ銀さんに問うと、すぐにそう答えが返ってきた。
「アイツも飽きないアルなー」
酢昆布をかじりながら神楽ちゃんは音楽番組を見て、かなりリラックスした姿で寝転んでいた。

「そっか…途中まで一緒に帰って貰おうと思ってたのに」
「名前もう帰るアルか?」
「今日はちょっと疲れてて…明日またゆっくりお邪魔させて貰うね」
「そうアルか…外寒いから風邪引くなヨ! 」
「うん、ありがとね」
そう言って私は荷物を持とうとすると、銀さんがヒョイとそれを奪って玄関に行ってしまった。

「今日は時間早いから大丈夫だよ、銀さんも疲れてるでしょ」
「早いっつっても暗いだろ」
銀さんはブーツを履いて準備万端のようだ。
銀さんだって仮眠を取ったと言ってもほとんど寝てないはずだ。
さっきソファに横になってたときもアクビばかりしていたみたいだし、とても眠そうだったのでなんだか悪い気がする。

「あの…今日はうちに泊まらせないから、ね?」
「分かってるよ、別にその為に送ってく訳じゃねーし」
「…ありがと」
「行くぞー」
神楽ちゃんに改めてバイバイして、私と銀さんは外に出た。
夕方の寒さより更に寒さが増していて風が冬のように冷たく感じる。
夏のときとは打って変わって、足取りは自然と早くなっていた。

「あ、そーだ銀さん」
「んー?」
「薬局寄ってっていい?」
「おー」
ネオン街に紛れてある薬局に入り、私は目当ての物だけを購入して店から出てきた。
「早!何買って来たんだよ?」
「ちょ、見ないでよ!」
銀色の袋を覗き込んで銀さんは「あ」とした顔をした。
「んだよ、ゴムかと思ったのに」
「んな訳ないでしょ!デリカシーないんだから!」
「つーかお前って周期通りくる派?」
「ほんとデリカシーなさすぎ!!」
私の買った生理用ナプキンを見ては女子に言うには失礼すぎることを連発してくる銀さん。

そろそろ来るなーと思ってたら先ほどシャワーを浴びているときにちょうど来たのだ。
周期通り来るタイプなので予備を持っていたものの、家にも残り少ないことを思い出したのでこのタイミングで買うことになった。
しかしそれを銀さんに見られることになるとは予想外だった。

「しかし、デキてなかったかー」
「は?」
「ガキだよガキ」
「ガキって…」
「まぁ生でやっちゃったとは言え、外で出した訳だしそう簡単にできねーか」
簡単にできる人だって世の中には居る。
でも逆に欲しくて欲しくてどれだけ頑張ってもできない人だっている。
それを知っていたから私は銀さんに対して何も言い返さなかった。

「デキちゃった婚は駄目だってお妙さんに言われたばっかでしょ、約束破ったらぶん殴られるよ」
「ぶん殴るだけじゃ済まねぇ気がするわ…」
「女を敵に回すと恐いんだから」
「覚えときます」
冷えてしまった手をパーカーのポケットに入れようと思ったら銀さんの手に包まれたので、少し驚いた。
今日はやけに銀さんの外でのスキンシップが多いな、と思いながら私はその手を握り返してみる。

「銀さんの手、あったかいね」
「心もあったかいからな」
「それ逆でしょ、手が冷たい人が心のあったかい人でしょ」
「そりゃ冷たい奴への同情で仕方なくそうなったんだよ、手が冷たい上に心も冷たいとか言われたら救いようねーだろ」
「…一理あるから何も言い返せない!くそ!」
「因みに銀さんは手だけじゃなくて下に付いてるアームストロングダイナマイトキングも熱々だぞ」
「サイテー…」

センチメンタルな秋の夜も銀さんといるとブチ壊しだ。




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