「かんぱーい!!」




酒は飲んでも呑まれたら人生終わり





十一月中旬。年末にしてはまだ早い時期。
でも、今ここで忘年会が開かれている。とは言ってもスナックお登勢でだ。

そんな少人数しか入らないスナックお登勢で開かれている忘年会のメンバーはなんとあの真選組の人たち。
もちろん隊員全員は無理なので非番の人や有給を取れる人のみの出席となっていた。
それでも結構な人数は居るのでずいぶん賑やかだ。

「ちょっと、総悟…!」
珍しく幹事の一人を務めている総悟を小声で呼び止めた。
「なんでェ」
「なんでココなの?いつも屯所とかでやってるんじゃないの?」
「屯所だと非番じゃねー奴まで紛れ込むんだってよ、だからココになったんでェ」
「それにしてもだよ、もっと違うとこあったでしょ?居酒屋とか、キャバクラとかさ」
「お前、天下の真選組にキャバクラ行けってか?どんだけ俺らのことナメてんだよ」
「行ってんじゃん!近藤さんめちゃくちゃ行ってんじゃん!一番偉い人が通っちゃってんじゃん!」
「今回は売上げに貢献してやったんだよ、有り難く思え」

ニヤリといつものように怪しく笑う総悟はまだ何が企んでいるんじゃないかと勘ぐってしまう。
当の本人は私のことなどお構い無しにドンチャン騒ぎをしている輩の中へ混じっていった。

「お登勢さん、すみません…」
「アンタがまさか真選組とも絡んでるとはねえ」
タバコを吹かした店の主、お登勢さんは私をチラ見した後また客である真選組の賑やかな方を見ては総悟を目で追っていた。

「半分身内みたいなものでして…ご迷惑掛けて本当にすみません」
「気にすることはないよ、この分なら今月は売上げも良さそうじゃないか、この輩は羽振り良さそうだしね」
「じゃんじゃん飲ませましょう!」
迷惑をかけてしまったのではないかと思った私は少しでも売上げ貢献しようと隊士の人たちにお酒を注ぎに行った。

「おー!名前さん!注ぐばかりじゃなく飲んでくれよ!今日は無礼講だ!」
近藤さんはもうすでに出来上がっていた。
この分じゃ例のように全裸になるのも時間の問題な気がする。
ビールを勧められて、私はお仕事ですので…と断りかけたが、この楽しそうな雰囲気の中でそんなセリフを言ってしまったら空気の読めないつまんない女だと思われるのは確実。

この商売はお客さんに勧められたらとりあえず一杯いただくのがマナー。
それをお登勢さんから教わったので今まで無難にやってこれたのだ。
いくら顔見知りの皆さんとは言え、あくまでもお客さんに変わりはない。

「じゃ、じゃあ…一杯だけ」
そう言った途端、隊員の人たちからお酌攻めが始まった。
俺が注ぐ!とかいつも沖田隊長がお世話になってるから!とか色んな人たちがお酌をしてくれ、グラスに隙が出来るとそこにはビールがなみなみと注がれる、といった繰り返しになった。

お酒が強くない私をよそに隊士の人たちは次々とビール瓶片手に寄って来る。
近くに居た近藤さんに助けを求めようと思ったら私にお酌をした後に更に酔っ払ったのか、一番奥のソファに全裸で横たわって居るのが見えた。
いくらなんでも早すぎやしないか近藤さん。


「お前らソコまでにしとけェ」
助けを諦めていたとき、人を掻き分けて入って来た救世主様は意外にも総悟だった。
こういうときの総悟は人の困るところを後ろの方で観察して満足そうに笑っているのに。
珍しいこともあるもんだな、とまるで他人事のように思えるのは私も結構お酒が回ってきた証拠だ。

「この女はなー、じきに局長の女房になる女だ、テメェらが気軽に酌なんかしてんじゃねェその腕斬り落としてやろーかァ」
この無駄にデカイ態度と据わった目。
総悟も結構酔っ払っているようだ。
呂律も怪しい。

周りは総悟の言葉を真に受けたのかずいぶん盛り上がっていた。
口々に局長もついに所帯持ちか!とか、局長名前さんといつの間にそんな仲に?!と酒の力もあってかかなり話が大袈裟に進んでいる。
私はと言えば、まあお酒の席だからいいかぁ、とちょっと回らなくなってきた頭と呂律のせいもあって強く否定はしなかった。

それからまたお酒を勧められたり勧めたり、三十分程経っただろうか。
いよいよ私も酔いが限界近くに来たのが分かる。
これ以上はマズイと体が教えてくれる。足元がフラつく。目が回る。地面も回っている。地球が揺れている。

「オイ、お前もっと飲めェ」
「総悟も、もっと飲めぇい」
頭の中では分かってる。
完全に総悟に絡み酒をしている。
総悟も私に絡み酒をしている。お互いもはや飲み比べのようなことをしていた。
お酒の強くない私が勝てるはずもないのに。
その時、店の戸が久しぶりにガラっと開いたので店に居た者たちは一斉にそちらに注目。

「あー土方ひゃんだ…」
私だけではなく、隊士の皆さんが一通り土方さんに絡んでいく。
「なんだよ、もうこのザマかよ」
仕事で少々遅れて来た土方さんは自然と私と総悟が座っていたソファにドカリと座り、タバコに火を付けた。

「テメェ土方ァ、何をコイツの隣に自然と座ってやがんだマヨクソヤロー」
「お前らもだいぶ酔ってやがんな、ったくまともな奴いねーのかよ…」
「わ、私は大丈夫れす」
「めっちゃ噛んでんじゃねーか」
「だ、大丈夫です!…ビールでいいですか?」
「いや、自分でやるからお前は座ってろ」
新しいグラスとビール瓶を持って来ようと立とうと試みたものの、頭がふわふわしてどうにもならなかった。
土方さんには悪いけどここはもうセルフサービスでお願いしよう。

「すみま、せん…」
「気にすんな、どうせコイツらが無理矢理飲ませたくちだろ、悪かったな」
いちいち紳士な土方さんに会う度にドキドキさせられる。
今はお酒の方の動悸かもしれないけど、土方さんはいつでも紳士で大人な対応をしてくれる人なのだ。

「バカマヨ副長さんよォ、名前を口説くんならこの俺を通してくれねーと首が跳ねますぜィ…」
「わぁったからお前ももう飲むな!んで大人しく座ってろ!」
総悟は相変わらず土方さんを目の敵にして機嫌悪くグラスに入った日本酒を煽った。

「近藤さーん!アンタが寝てる間に名前がマヨネーズヤローに口説かれてますぜェ!ここはもう真選組副長をこの俺にするしかねェですぜ!」
「関係ねぇ話すんな!」
三人して近藤さんの方を見てみると毛布を掛けられた裸の近藤さんが横たわっていた。

「どいつもコイツも…」
頭を抱えた土方さんはタバコを消してビールをグイッと飲み干した。
「大変ですね…」
土方さんの空いたグラスにビールを注ぐ。
「ま、中間管理職はこんなもんだよ…」
次のタバコに手を付けた土方さんに私はライターの火を渡す。
快く火を受け取ってくれるようで土方さんは私が灯す小さな火に向かってタバコを近づけた。

伏し目がちにタバコに火を付ける姿はなんとも色っぽい。
そして土方さんとこんなに近い距離は初めてだった。
睫毛が長い、前髪がサラリと溢れ流れる、肌が綺麗なのがこの距離だとよく分かる。
火を付け終わると後ろから体重が一気に掛かったのでもう少しで土方さんに向かって倒れそうになる。

「ちょ!なに総悟!重いよっ!」
重さの正体はもちろん隣に座っていた総悟。
おんぶする形になり、私は男一人分の重みにただ耐えた。
「お前ェ、浮気してっと許さねェぞ」
総悟は低い声で私の耳元でそう囁くと、次に私の耳を強めに噛んだ。

「ギャァァァ!」
「おまっ…!」
耳を抑えて飛び跳ねる私は土方さんに助けを求めてダイブした。
それを見事にキャッチしてくれた土方さんは私を守るようにして総悟から距離を置かせた。

「なんでェ土方さん…ジャマすんなら真っ二つにしちまいやすぜェ」
「総悟てめぇ飲みすぎだ」
耳が熱い。
噛まれたせいか、はたまたお酒のせいか。
「アンタにゃ関係ねェだろ」
総悟の目が完全に据わっている。
この感じだと更に総悟の機嫌を損ねそうだ。

私は今完全に土方さんに守られている状態だった。
肩を抱かれ、前のめりになって間に入る土方さんの少し後ろに私は耳を押さえて座っている。
「お遊びも大概にしとかねぇと、そのうち冗談じゃ済まなくなるぞ」
「俺とコイツの関係を知らねェアンタがとやかく言ってんじゃねェ」
「知らねぇが、今回はやり過ぎだ」
「うるせェ、そいつは俺のだ」

ほら、やっぱり始まった。
総悟の発言はいつものことだ。
たまに総悟は私のことをオモチャのように、まるで所有物のように言うときがある。
こう言う人間だと理解しているので私自身は何とも思わないのだけれど、周りの人たちが聞いたら結構異常なのだろうと思う。

「総悟…お前」
「土方さんいいんです!酔っ払ってるだけですから!」
酔いのせいにして私はなんとか誤魔化そうとした。
すると揉めている私たちに気付いた他の隊士さんたちが総悟を宥めに来た。
周りはいつもの土方さんと総悟の小競り合いだと思っていて、総悟もなんとかそれ以上機嫌を損ねずにその場は済んでいった。

そしてまたその後、カウンターに移動した総悟と懲りずに飲み比べが始まってしまう。
ろくに仕事もせず私はただ酒を飲んでいるに過ぎない状態で、頭の片隅にお登勢さんごめんなさい、と思いながらいつの間にか意識を飛ばしていた。




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