お酒に弱くても強くても飲みすぎはいけません。




呑まれた後の惨劇




「……っ」
やたら喉が乾いている。水が飲みたい。
「あれ、ここ…どこ?」
背中に温かいものが当たる。
それは確実に人だ。しかも多分これは男の人だ。
そして私の着物の帯が完全に外れている。
布団はかぶっていたけど胸の辺りが丸見え状態。
寝るときに苦しかったのだろう、帯だけが行方不明で着物はとりあえず着てる、何だこの状況は。
さりげなく胸元を直してユックリと体と顔を回してみる。
出来るだけ後ろの人に気付かれないように。

「あ…」
そこに居たのは薄い栗色の髪の少年だった。
すやすやと眠る姿はまだまだ幼さが抜けきれておらず、いつもの大きな瞳には瞼がおろされていた。
「良かった…総悟だった」
本音がポロリと口から出てしまった。
もし隣で寝ていたのが土方さんだったら…と思うと寝起きにも関わらず心臓が高鳴る。
ダメだ、そんなの想像するだけで緊張してしまうじゃないか。

誰にも言ったことがないし言わないつもりだけれど、私は最近土方さんをとても意識している。
それは恋心とかではない、多分。
もちろん銀さんとは違う感情なのは分かってる。
憧れに近い、そんな淡い気持ちだろう。


「総悟…総悟ってば…!」
何時かは分からなかったけど、とりあえず隣に寝転がる男を起こすことにした。
「…んだよ…うっせーな…」
私は上半身だけ起き上がらせて部屋を一通り見渡す。
どうやら来慣れている総悟の部屋だった。
布団はひとつ、その中で一緒に添い寝までしてしまう男女って一体なんなんだろうと心の中で少し疑問に思い可笑しくなる。

「ってなんでお前がここで寝てんだよ…」
「こっちが聞きたいんですけど…」
栗色毛に寝癖が付いた頭を起き上がらせる。
そしてまだお互い酒が残っているのが分かる。体はだるいし酒臭い。
「なんで総悟だけちゃんとパジャマ着てんの…?」
「……無意識」
「私にもなんか貸すべきでしょ…着物シワクチャだよ…」
「つーかお前顔すげェむくんでんぞ」
「総悟はなんでそんなにいつも通りなのか逆に不思議なんですけど…」
あれだけ飲んだのに何故いつも通りの綺麗な顔をしているのか、不平等すぎて少し腹が立った。

「俺は若いんで」
「ムカツク」
年齢を思い出させてだるい体がさらにだるく感じる。
年々お酒に弱くなってきてる気がする。そして年々次の日に影響する気がする。
「そういや、今何時…?」
そう思って時計を見るとまだかろうじて朝と呼べる時間だった。

「十時か…昨日何時に帰ってきたんだっけ?」
「さァな、途中から記憶にねェ、お前は?」
「私も…記憶全くない」
「お互いねェってどーよ」
私と総悟は顔を見合わせた。
私たちに限って何かあるはずもないだろうと言う感じだ。
「まぁ、お前相手に変な気起こすコトだけはねェだろーなァ」
「それもそれで凄く傷つく」
毎度のことながらやはり女としては見られてないようだ。

「でもマズイんじゃないの?私とは言え、女を泊めたなんて知られたら…」
「コッソリ出てきゃバレねェだろ」
「んじゃコッソリ帰ります…」
寝起きのまま身なりを適当に整えて、私は真選組を後にした。
途中で隊員の人に会いそうになったけどなんとか総悟が足止めしてくれたりして誰にも会わずに済んだ。
今日はコンビニの仕事は休みだけれど、夜からはまたスナックお登勢で仕事だ。
帰って二度寝して、仕事前に銀さんちでシャワーを借りようと計画を立てる。

結局、一緒に住みたいと言ったもののあれから何の進展もない。
神楽ちゃんや新八くんはいつ引越ししてくるの?!と顔を合わせる度に聞いてくるけど、言いだしっぺの私はなかなか行動に移せないでいる。
銀さんは特に気にする風でもなく、あれ以来何も聞いて来ない。
そんなこんなで今まで通りの変わらない日々を送ってきたのだった。


真選組の屯所を後にした私はお酒がまだ抜け切れていない体を引きずり、昼間はまだかろじて陽射しが暖かい十一月の太陽に照らされていた。
河川敷の並木道も少し赤く色付き始めていて今の私には川に反射する日光すら眩しい。
飲みすぎた、と反省しつつもお弁当でも作って万事屋のみんなと紅葉なんかもいいなぁと頭の半分では能天気なことを考えていた。
すると後ろからバイクの音。

この音は…と少しドキっとしてしまう。
いつも唐突に、いや、必然的に現れる銀さん。
そのタイミングはまるで狙ったかのようだ。
いつもどこからか見てるんじゃないかとさえ思うようになってきた。

「あれー?奇遇だなぁ、名前ちゃんこんなとこで何してんの?」
「ぎ、銀さん…」
ヤバイ。色々とヤバイ。
後ろめたいことは何もない、でも朝帰りと言うフレーズが私に変な罪悪感を持たせていた。
銀さんは原付きのエンジンを止め、私の隣をバイクを押しながら歩き始める。

「あ、朝の散歩…と言うか、買い物と言うか…」
「ふーん、散歩ねぇ…真選組に?」
「え?!」
つい大声で言ってしまった。
どうしてこうも銀さんは勘がいいんだろう。
「お前がこっちに用あるって言ったらだいたいソコ行ってんだろ、んで絶対この河川敷通るし」
否定は出来ない。
私のボロ長屋から河川敷に出ると真選組の屯所までほぼ一直線だった。
かぶき町のはずれとは言え、使い勝手のいいこの道はよく利用している。
言われてみればこの河川敷で銀さんに出会う確率も高かった。

「そういや昨日下でドンチャンだったらしいな」
下と言うのは銀さんちの下に位置するスナックお登勢のことだろう。
「あ、うん…」
「ババァから聞いた」
聞いたって何を聞いたんだろう。
そのままお開きかと思ったら真選組のみなさんが屯所で二次会だ!と騒いで私もそれに連行されて行ったことだろうか。
屯所に着いてまたドンチャン飲んで歌えや踊れやしてたら記憶が飛んだ訳で。
銀さんはどこまでお登勢さんに聞いたのだろう。

「昨日、夜中にお前んち行っても居なかったからさぁ」
「え?!あ、いや、あのその後二次会で少し飲みに行ったんだよね…!」
「朝まで?」
「ううん!朝になる前には家に帰ったよ!」
必死に嘘を吐いてしまう。
とにかくこれ以上総悟との誤解を招きたくない一心だった。

「うそつけ」
銀さんの声にドキリとする。
その声は低い声。
私のあまり好きなトーンではない響き。
「嘘じゃ…」
「早朝またお前んち行った」
「だ、だから散歩に…」
「酒飲んだ日に、朝の五時から散歩かよ」
「っ…」
ダメだ、完全に嘘だとバレてる。
まさか銀さんが早朝の五時にうちに来てたなんて思わなかった。

「心配だと思って見に行ったら案の定、お持ち帰りかよ」
「なっ…!」
そんな言い方しなくたって、と思ったけど嘘を吐いた私が悪い。
銀さんが疑うのも無理はない。
そう思って何も言い返せない。
「ごめん…なさい…」
私がそう言って俯いて立ち止まる。
すると銀さんの原付きのエンジンがかかった。
かかったとほぼ同時にそれは遠のく。銀さんは私を置いて帰って行ってしまったのだ。

頭の中はそれこそパニック。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、それしかなかった。
完全に怒らせた。それだけは明確に分かった。
あの銀さんが本気で怒ることなんてそうそうない。
なのに私はその銀さんを今、完璧に怒らせてしまった。

私は立ち止まって思考を巡らせる。
お酒が残る、この足りない頭で考える。
とにかく、すぐに謝らなきゃ。それしか答えは出なかった。
言い訳だろうと土下座だろうとなんでもする、殴られたって構わない。
銀さんに嫌われるなんてこの世の終わりだ。
そんなの耐えられない。
今まさに私は絶望だった。
このまま銀さんと二度と会えなくなったらと思うと死にたくなるほどには。


「あ!名前!いらっしゃいアル!銀ちゃんさっき帰って来たけどめっちゃ機嫌悪いアル!」
「名前さん、銀さんどうしたんですか?とてつもないオーラに一緒の部屋に居られなくて逃げて来ちゃいましたよ…」
万事屋に着くと台所に居た二人は口々にそう言い、とても心配してた。
それほどに銀さんの機嫌はすこぶる良くないらしい。

「ごめん二人とも、これでファミレスで時間潰してて」
私は新八くんの手に千円札を数枚握らせた。急な出来事にさすがの新八くんも驚いているようだった。
しかし彼の理解の早さは人並み以上で、何も聞かず神楽ちゃんと定春を連れて万事屋を出て行った。


「銀さん、入るね…」
そう言って居間のドアをあけると、銀さんはソファではなくデスクの椅子に座って壁の方を向いて居た。
顔も見たくないんだろうな、とズキリと胸に痛みが走る。
「…嘘ついてごめん、なさい…」
返事は返って来なかった。これ以上何を言い訳しよう。
そもそも言い訳なんてない。

なぜ嘘を吐いたのか、と問われれば言い訳は出来るけれど銀さんは何も言ってくれない。
これでは言い訳も出来やしない。
「心配させたくなくて、嘘つきました…本当にごめんなさい…」
心配させたくないなんて建前だ。
所詮私は私のために嘘を吐いたのだ。
こんな自分に反吐が出る。

「…これからお前の何を信じればいいんだ」
心に重くのしかかる銀さんの言葉。
よくやく口を開いてくれた銀さんは顔を見せる訳でもなく、私はただ無機質な椅子の背もたれを眺めながらその言葉の意味に押しつぶされそうになっていた。
そう、人間嘘をついたらそこから信頼の全てが崩れていく。
今まで築き上げてきたもの全てがゼロどころではない、マイナスの関係になっていく。
嘘とはそういうものなのだ。

軽い気持ちで、と本人が思っていても嘘をつかれてしまった側にはそんな小さな傷では済まない。
例えそれが“相手の為の嘘”と思っても、相手にバレてしまえば単なる汚くて卑怯な嘘でしかない。
それを知ってて嘘を吐いた私はもっと最低で汚い救いようがない。

「ごめん、な、さっ…」
泣くなんてもっと卑怯だ。
そう分かっていても我慢出来なくて目から涙が零れていった。
全てが崩れ堕ちていく。この涙のように下へ全て堕ちていく。
呆気なく全てが崩れ堕ちていく気がした。
こんな小さな嘘で、今まで全てを信じていてくれた銀さんの気持ちを踏みにじったのだ。
この世界の住人ではないことを、総悟とは男女ながらも親友だと言うことを、ずっと信用していてくれたのに。
私はそれをあんな小さな嘘で台無しにした。

「しょーもない嘘ついて、全部駄目にするつもりかよ…」
溜め息混じりに銀さんは言う。
もっともだ、この嘘ひとつで全部が駄目になる。
馬鹿げているけど人間は繊細だ。
それで駄目になるのが人間なのだから。
「ごめんなさいっ…ごめんなさいっ…」
これ以上の言葉が見つからない。
謝る以外に何も見つからなかった。

涙で床が滲んで見える。
そこに影が落ちたかと思うと銀さんの温度が私を包んでいた。
二度と触れられないと思っていたぬくもりに必死にしがみついた。
この人を失いたくない、ただその気持ちだけが私の心にリピートされる。

銀さん、言い訳させてください。




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