危険な男には要注意。




黄色点滅



「よう、また会ったなぁ」
まただ。またあの声だ。
今日も寒い。一月も下旬となれば雪のチラつく日も増える。
待ち遠しい春とは逆に、一番会いたくない人物に会ってしまった。

「た、高杉さん…」
「覚えててくれて光栄だな」
顔を上げて目が合えば前みたいにニヤリと嗤う高杉さん。
そんな彼は相変わらず狂気に満ちていたけれど、前回とは少し雰囲気が違っていた。
それが何かと言われたら詳しくは説明できないが、なんとなく前ほどは殺気を感じない気がした。

目の前に立たれて行き場を失う。
また裏路地なんて通るんじゃなかったと、とてつもない後悔が押し寄せるが時すでに遅し。
「どうだ、これから一杯付き合わねぇか」
質問系と言うよりは半ば命令系にも聞こえるその誘いは、一体何を意図しているか謎ばかりだった。
ましてやこの人からそんなセリフが飛び出してくるとは予想すらしていなかった私は、ただポカンとするしかなかった。

「え…?…え?」
「ついてこい」
そう一言言われれば高杉さんはくるりと踵を返して勝手に歩みを進めたので、何となくそれについて行かなくてはならない流れになる。
なんでこうも銀さんが居ない日に限って出会うのだろうか。
どこかに監視カメラでも付いてるのか、はたまた盗聴でもされているかと疑ってしまうほどタイミングが良すぎた。
いつもならこんな夜遅くの時間は銀さんがうちの長屋まで送ってくれる。
仕事から直帰する時は一人だけど、ほとんどはお風呂を借りている銀さんちからの帰宅になりつつあるので、なかなか一人で帰り道を歩くことがなくなっていた。

しかし今日に限って銀さんが風邪をひいた。
巷ではインフルエンザウイルスが流行しており、銀さんももしかしたらそのウイルスを持っているんじゃないかと言うことで、今日は万事屋の出入りすら禁止になっていた。
神楽ちゃんも新八くんの家で一時避難。
万事屋には可哀想だけど銀さん一人だ。
明日朝一で病院に行くと言っていた銀さんは、電話口でもツラそうなのがよく分かった。
明日、インフルエンザじゃなかったなら早速お見舞いに行こう。そう考えていた矢先だったのだ、この男と出会ったのは。



「邪魔するぜ」
そう言いながら高杉さんが入っていったのは地下の暗いところにポツンと構える一軒の薄暗いバーだった。
「あの…!高杉さん…!」
「気にすんな、今日は俺の奢りだ」
そうですか、ってそうじゃなくて!私はどうして今から高杉さんと飲むことになっているんだ?この状況どーゆーこと?!
高杉さんはそんなのお構い無しに、慣れたようにカウンター席の一番奥から二番目の席に腰をおろした。

入口に突っ立ていた私もなんとなく高杉さんの隣に座る。
どうしてこうなったんだろう、と頭をフル活用してみても分からない。
私たちまだ二度目ですよね、会うの。

バーのマスターらしき渋めのおじさんは高杉さんのことを知っているのだろう、行きつけのバーなのか驚きもせず注文も聞かずに高杉さんにお酒を出していた。
「お連れの方は…?」
「好きなもん頼め」
そう言われても、と戸惑ってしまう。こんな小慣れたバーなんて生まれてこのかた来たことないし雰囲気にも戸惑ってしまった。
かと言って飲まないです、なんて言える雰囲気でもないので断りづらい。

「同じもので…」
そう言うのが精一杯だった。
「あの…高杉さん…」
「なんだ」
ウイスキーなのかなんなのかよく分からないけど、琥珀色のお酒を飲みながら左隣に座っている高杉さんは右目で私のことをチラリと見た。
「なんで、私を…?」
「好みだったからなぁ」
「え!?」
静かな曲が流れた静かなバーに私の大声が響いた。
お客さんが居なかったことに安堵したものの我に返るととても恥ずかしくなる。

「お前の顔が好みだったから、連れて来たまでだ」
キャラに似合わず女を口説くのがストレートすぎやしないか高杉さん。
いや、この人が女を口説くのにストレート以外の何があるだろうか。これはこれで彼らしいのか。

「それだけ、ですか?」
「他に何がある」
逆に質問返しされてしまった。
私が銀さんの知り合いだと言うことを彼はどうやら本当に知らないらしい。
私はてっきり銀さん絡みで人質に取られたりなどするんじゃないかと思っていた。
それは今回のタイミングがあまりに良すぎたから勘ぐってしまうのは仕方ない。

「名前」
「は、はい…!」
名前を呼ばれてドキリとする。
この声で名前を呼ばれるときっと世の女子は誰でも心臓が反応するだろう。
「お前、俺と来い」
こい?濃い?鯉?恋?何を言っているのだろうこの人は。
そもそも言葉が少なくて何を言ってるのかいまいちよく分からない。
行くとしてもどこへ?何をしに?

「俺の船に乗れって言ってんだよ」
混乱していた私を尻目に高杉さんはテーブルに肘をついて私をのぞき込むように見る。
「船…ですか…」
「俺のこと、知ってんだろ」
「はい…」
「怖いか」
会って二度目でこんなことになるなんて。
これは、まさか、高杉晋助に口説かれていると言うことなのだろうか。

「そりゃ、怖いですよ…私は高杉さんのこと知ってるって言っても、何してる人なのかくらいで…」
「中身が知りたいってか」
「知らない人にはついて行っちゃダメって、小さい頃教わったんで…」
思ったより高杉さんとの会話は普通だった。
もっと独特の人かと覚悟していたけれど、淡々と会話は流れていく。
「あの、これって…もしかしてですけど…私…口説かれてるんです…かね…?」
調子に乗るな、とか自意識過剰だと言われてしまえばかなり恥ずかしい発言だったけど、なんとなく言えそうな雰囲気だったので高杉さんに向かって少し間抜けな質問をしてみた。

「それ以外に何がある」
思いっきりストレートで返された。
口説いてますけど何か?くらいの堂々とした返事だった。
私は想像を越えた高杉さんの返答に、返す言葉がなかなか見つからなかった。
頭の中ではモテ期襲来ですか?!小学校以来のモテ期襲来ですか?!と余計な思考が駆け巡る。

しかもこんなに堂々とアナタを口説いてますよ、なんて面と向かって宣言されたのは人生で初めてだった。イタリア人もびっくりだ。
聞いておいてなんだけど、案の定照れまくってしまった私はウイスキーだかなんだかよく分からないお酒をちびちびと口に運んで誤魔化した。

「わ、私…その…彼氏がいるので…」
精一杯の言葉はたどたどしくなった。
そんな私を見て高杉さんはククッと嗤いお酒を一口飲んで、また私を右目だけで見据えた。
「だからなんだ」
「え…」
それはまるで、恋人がいるからなんだ?問題ないだろ、と言っているようだった。
実際もそう言う意味合いだったんだろう、高杉さんはまた肩まで伸びた私の髪に触った。
その動きに身動き一つ取れず完全に固まってしまう。
目の前であの高杉晋助が私に向かって妖艶に笑みを浮かべているのだから。

「だからなんだって…」
「俺を選べばいい」
やっぱり高杉晋助だ、とここでようやく気付かされた。
俺様上等、天上天下唯我独尊の高杉晋助様だ。
「だ、だめですよ…私には…」
「どこのどいつだ」
「は?」
「その男、どこのどいつだ」
「い、言えませんよ!」
「言え」
「ダメです…っ!た、高杉さん、言ったら殺しに行くんでしょ!?」
なんとなく予想はついた。
どことなく総悟とやることが似ていそうな気がしたから。

「ほう…俺のことよく知ってんじゃねぇか」
知りませんよ!ただ近くに似たようなのがいて免疫があるだけです!と言いたかったけど、これ以上私の身の上を話すのはマズイ気がしたのでなるべく自分のことは話さないように気をつけた。


「わ、私そろそろ帰りますね…」
三十分程経った時、このままここに居ては本当に口説かれて連れ去られるんじゃないかと自分でも不安になってきたので意を決して帰宅宣言をした。
「また、会えるだろ…?」
「っ…」
立ち上がった私に高杉さんは煙管を手に持ち、座ったまま見上げてくる姿勢は完全に上目遣いで、その体勢でまた会えるか?なんて聞かれてしまっては誰が会えませんなんて言えるだろうか。
まるで花魁が客に媚びてるような色香にさえ思える。

「わ、分かんないですけど…高杉さん、またあの路地で待ち伏せしてるんじゃ、ないんですか…」
「路地で待つのはもう辞めだ、これからここで会おうじゃねぇか」
「出来ませんよ…私には恋人が居るって…」
「たまには違う男と逢い引きするのもいいもんだろ」
「よ、良くないですよ」
総悟で充分誤解されていると言うのにこれ以上揉め事を作りたくない。
しかも相手が高杉さんだと知ったら銀さんは一体どう思うだろうか。
有り得無さすぎて想像がつかない。

「酒の一杯くらい付き合えよ」
「約束は、出来ません…!では御馳走様でした、失礼します!」
これ以上高杉さんペースで口説かれてたまるか、と思い私は急いで地下のバーを後にした。

地上に上がって息を吸う。
まるで今まで海底に居たかのような感覚。
暗くて重苦しい、でもどこか綺麗で落ち着いてしまえる空間だった。
きっとこれが心地いいと高杉さんのものになってしまうんだろうと思う。
彼を慕っている人たちの気持ちが少しだけ分かった瞬間だった。


長屋に向かう途中、真選組のパトカーを何台か見かけた。
高杉さんはこの中でウロウロしているんだから、なんて怖いもの知らずな人なんだろう。
悪いことをしていない私ですらさっきまで過激派で有名な人と一緒に居た手前、パトカーを見る度にドキっとしてしまうと言うのに。
それについては桂さんのがよっぽど怖いもの知らずか。

そして明日、銀さんにこのことを話すべきか、私はその夜とても悩んでしまうのだった。




top
ALICE+