「何のための真選組だと思ってんだよお前」



束の間の団欒




昨日から体調不良の銀さんは結局インフルエンザウイルスに侵されていて、万事屋で一人隔離されていた。
今日朝病院に行ったそうで、帰りは病院に迎えに行ってあげて、お粥を作ってある程度看病して来た。
銀さんは終始うつるから早く帰れと急かし、半ば追い出された気分でもある。

そんな昼下がり、いつもの光景がここに。
総悟とファミレスでランチ中。
昨日の高杉さんとのやり取りは銀さんより先に総悟に報告した。
総悟は話すなり「よく殺されなかったな」と背筋も凍るような発言をした。
確かに、私も今ここで美味しいオムライスを食べられていることがとても奇跡に近いことだと悟る。
そのくらい危ない人だと言うことを昨日は少しだけ忘れていたのだ。

「しかし、お前を口説くなんてアイツもとんでもねェ趣味してやがんなァ」
「ちょ、なにそれ、どういう意味?」
「お前、自分が今モテ期だとか思ってんだろ」
「…お、思ってないし!」
「ぜってー思ってたなその感じ」
だって、普通はそう思うでしょ?!あの銀さんと付き合ってるだけでもとんでもない奇跡なのに、そこに高杉晋助が口説いてくるなんて!

どんな乙女ゲームのおいしいシチュエーションなんだってくらいキャスティングが凄すぎるでしょ?!
大人になってからというもの一度もモテたことないこの私が!彼氏いない歴結構長かったこの私が!恋人が出来ただけではなく、他の男性からもアプローチされてるなんて!アラサーも捨てたもんじゃないよ!

「と、とにかく!そんなことになっちゃってるんですけど、どうしたらいい?」
「どうしたらいいって、警察の俺に聞くか普通…」
「そうだけど…」
「捕まえて下さいとは言わねェんだなァ」
「総悟だって捕まえてやるとは言わないんだね」
なんと気の抜けた会話だろうか。
凶悪テロリストが手の届く所でウロウロしてるっていうのに、総悟はそんなに興味ないみたいな風だし私もそれほど高杉さんに捕まって欲しいとも思わない。
なのに何故総悟に言ってしまったかと言われると、私はやっぱり総悟を未だに警察官だと思って接してない部分があるからだ。

「真選組の沖田総悟じゃなくて、一人の男として聞いてるの」
「男だァ?」
「そ、そう…」
「んじゃ男として言わせて貰うがなァ…女口説くのは体目当てに決まってんだよ、毎回曖昧に逃げられると思うなよ?慣れた頃に酔わせてどっか連れ込んで押し倒していただきますしてやろうと常々思って生きてるんだよ男は」
「…」
「だからもう関わんじゃねェぞ」
「分かりました…」

まず高杉さんのがどうこうとかじゃなくて、総悟もそういう考えを持ち合わせているのだろうかと一瞬考えてしまった。
自分は総悟の中の“いただきますしてやろう”の部類の女子には分類されない立場なのは知ってるけど、もし総悟が私の知らない女の子を好きになったとして、総悟はそういったことを普通の男子と同じように考えているのだろうかと少々疑問にも思う。

「言っとくけどなァ、俺はそーゆーくだらねェ男じゃねェからなァ」
「え」
「テメェ俺もその部類の男とか思っただろ」
「おっ思ってません!」
「俺がそんな男だったらテメェなんかとっくに喰われてんぜェ」
「あたしを口説くなんてとんでもねー趣味なんでしょー?」
ちょっと嫌味を言ってみる。
「口説くんじゃねェよ、酔わせて取って喰うくらい俺にでも出来るってことだよ」
「どういう意味…」
「隙がありすぎなんだよお前は」
行儀悪く総悟は持っていたフォークを私に向けて来た。
そして銀さんにも言われたことがあるセリフをさらりと言ってのける。

「その歳で隙が多いって結構痛いぞお前」
「別に好きでそうなってる訳じゃないし…」
「まぁ天然でそれだから余計にタチ悪ィんだよなァ」
返す言葉もない。
私の変な隙は今に始まったことではないけれど、今回また隙を見せれば大変になことになり兼ねない相手だ。

「お前そろそろケータイ持てよ」
「いらないよ、今のとこ」
「俺が不便なんでェ」
きっと総悟は私を心配してくれている。それは分かってるけど、どうしても携帯を持つ気になれなかった。
半分は金銭的な面、もう半分は不便だと思ったことが今のところないからだ。
せいぜいバイトを休む時に公衆電話まで走らなければいけないくらいで、バイトなんて滅多に休まないし、これといってかかってくる人も居ないし。
何より住民票どころか戸籍すらない私が携帯を契約できるか疑問だ。

「なんかあったら万事屋の旦那になんて言えばいいんでェ」
「え…」
総悟のセリフに何となく戸惑ってしまう。それは一体どういった意味なのか。
深読みするべきことではないけれど、少し気になってしまった。
それってもしかして、私に何かあったら銀さんに合わせる顔がないってこと?総悟はそこまで私のことを考えてくれているのだろうか。

「旦那はインフルで死んでるってェのに、その間に他の男と逢い引きしてるなんざァ旦那にバレたら俺まで共犯扱いじゃねェか」
「そっちかい!」
「言っとくがお前が高杉のヤローに喰われたとしても俺は助けねェからなァ、自業自得だと思え」
総悟はたまにこうやって冷たい。
しかしながら、これは私に危機感を持てと言うことなんだろう。

「間違っても酒飲んで酔っ払って同じ布団で寝てましたなんてないように気ィつけろや」
「ちょ!あれは!総悟だからだよ?!他の男にはそういう隙見せないからね?!」
「どーだかァ、あんときゃ俺が隣に居たから俺がお持ち帰りしたが、他のヤローが居たらどうだったか」
「おっお持ち帰りとか言わないでよ!誤解を招くでしょ!総悟だから気を許して飲んでたの!だからあんなベロベロになったの!普段あんなことにならないからね?!」

正直銀さんを前にしてもあんなにベロベロに泥酔することはない。これからも多分ないと思う。
総悟には、酔って顔が真っ赤になって化粧が剥げてグダグダになってるとこでも割りと見せられる。
気心知れた相手だから平気なのだ。
女友達のような、弟のような存在。

「まあなんかあったら俺に連絡してこい、相手が相手なだけに旦那じゃ色々面倒くせェことになるだろうからなァ」
「うん、ありがと」
「でも、それこそ旦那にバレた時どうすんでェ」
総悟に言われてチクリと心が痛む。
嘘を付いてる訳ではない。でもこれは確実に隠し事だ。
しかし言ってどうなるのか、言って銀さんを危険な目に合わせるのか。紅桜の件が頭をよぎる。
あの頃は他人事だったけど、今は違う。
銀さんは目の前に居て、私の大切な人になっていて、かけがえのない人になっている。

わざわざ銀さんを危険な目に合わせろと?今はまだ何もない。高杉さんも私と銀さんの関係を知らない。
このまま平穏に過ぎて行くとは思えないけど、今はこのままでいいと思った。
何より私が高杉さんとこれ以上接触しなければいいのだから。

「銀さんを護りたいから…だから黙ってて」
今はこの気持ちしかなかった。




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