「病み上がりでしょ?!」




貴方を好きな理由




銀さんがインフルエンザになってから四日が経過していた。
毎日仕事前と仕事後に様子を少し見に行っていた私は四日目である今日も仕事帰りに野菜スープやちょっとしたご飯を作ってあげようと、大江戸スーパーで買い出しをして万事屋に寄ったところだった。
それが今は銀さんの部屋で組み敷かれている。

「四日も一人でこの部屋で引きこもりだったんだぞ?俺の気持ちが分かるか?」
「分かんない、私インフルエンザなったことないし」
「そういうこと言ってんじゃねーよ」
「分かってるよ、この状況で私も純粋無垢な天然の乙女じゃないから分かるよ、要は溜まってるからヤらせろってこ」
「そこまでハッキリ言えとは言ってねー!逆にもっと恥じらいを持ってくれ名前ちゃん!」

私の言葉に途中被せてきた銀さんは私の上でギャーギャーと納得のいかないことを嘆いていた。
私だって、本当は寂しかった。
四日も銀さんにまともに触れられなかったのだから。せいぜいお粥を部屋に持って行ったときに銀さんの顔をチラリと見た程度だった。
近寄ろうとしても当の銀さんはうつるから近寄るな、帰れと冷たくあしらってくるものだから私としても面白くなかったのが事実だ。

「病み上がりなのに、大丈夫なわけ?」
「熱もねぇし吐き気も下痢ピーも無くなったし、今日に至っては一日ゴロゴロしてただけだったわ」
「ゴロゴロしてるのはいつものことでしょ」
「俺一応病み上がりなんでもう少し優しくしてくれませんかね…?」
「病み上がりの人はこんなことしません」
ぴしゃりと私が正論を言うと目の前の銀さんは黙ってしまった。

「ま、それもそーだな、まだウイルス残ってて感染させちまってもアレだしなー…折角昼に風呂入ったのになぁ…」
ブツクサ言いながらも銀さんは私の上から退いた。
でも銀さんの熱が一気に遠くなるとこちらも寂しさがグンと募ってしまう。
やっと銀さんと接触出来ると言うのに。
自分からそれを拒否してしまうようなことをしてしまい、今更ながら後悔してしまう。

「銀さん…お腹、空いてる?」
「昼飯遅かったからまだ大丈夫だけど」
「それじゃ、先に…お風呂借りる、けど…」
なんとなく伝わるだろうか、この感じ。
私としてはすごく遠回しにご飯の前に布団で待ってて的なアダルトな意味合いを含めたのだけど、銀さんは果たして気付いているだろうか。
「おー」
そう軽く返事をされて少し心配になるが、お風呂を早く済ませてくるとその予感は的中。
銀さんはソファで私が買ってきた最新号のジャンプを読んでいた。

読み始めると読み終わるまでその場から動かず、ずーっとジャンプと睨めっこし続ける銀さんはこうなるとほんと手を付けられない。
今更ジャンプをソファの後ろに隠しておくべきだった…!と学習してももちろん遅く、諦めに似た溜息が漏れてしまう。

それでも今回ばかりはジャンプに対し、私は挑戦状を叩きつける。
「銀さん…」
隣に座り銀さんの脚に手を置いて見せる。私なりに女の色気と言うものを使っているつもりだ。
「んー?」
一応返事はしたぞ程度の適当な返事をしてきた銀さんは脚を組んでソファに持たれかかったまま、ジャンプを持ち上げる形で相変わらず凝視して読んでいる。

筋肉ばった男の人の膝を撫でる。
銀さんの脚はスラリと長い。寝巻きの生地は布越しとは言えダイレクトにそれが手のひらに伝わってくる。
それを感じた私はジャンプに夢中になっている銀さんをよそに一人で赤くなってしまっていた。

「銀さん!」
「なんだよ」
応答はしてくれるものの、こっちすら見ようとしない銀さんに私はまた少し寂しさを覚えた。
「銀さんに今、お願いがあるの!」
「なに」
なんの漫画に夢中になっているかは知らないけど、生返事すぎるよ…銀さん。
「今すぐジャンプを置いて私に十分…いや、五分下さい!」
「…」
え、もう無視ですか?!
やはり私はジャンプに劣るのか!?

「お前さ、言うことが男すぎるっつーかなんつーか、思考が男だよな」
呆れられたように笑いながら銀さんはジャンプを仕舞いテーブルに置き、私の頬に触れてきた。
想定してなかった急な行動に私は少し固まってしまっていた。
「五分でいいから、とかマジ女の口から聞くと思わなかったわ」
自分の発言を確認されると恥ずかしくなる。
確かにそんなニュアンスのことをさっき言ったばかりだ。

「銀さん…ジャンプ、途中でしょ?いいの?」
「お前なー自分の女が誘ってくれてんのにそれを無碍にしてまでジャンプ取る程ジャンプ狂じゃねーよ」
そう言われてようやく銀さんの唇を四日ぶりに味わった。
少し触れられただけなのに、それはまるで四日分溜められた熱の様に一気に放出された程熱く感じた。

「ぎ、ぎん、さ…っ」
布団に運ばれて一気に服を剥ぎ取られた。
風呂上がりと言うこともあって身体が余計に熱い。
外は雪のチラつく寒さだと言うのに、この部屋はやたらと熱かった。


「ぎん、さん…」
「ん?」
上下に揺さぶられながら久々に感じるこの熱に酔いしれていた。
「寂し、かった…っ」
「ん、俺、も…っ」
動きが速くなるにつれて銀さんの余裕の無い表情が更に私を欲情させる。
頭の片隅では病み上がりの銀さんにこんなことさせちゃって大丈夫かな、と微かに思いながら。
でもそんなものはまた一瞬で吹き飛んでしまうのだ。
目の前には銀色の髪がふわふわと揺れ夢心地。
気持ちとは裏腹に身体はぞわぞわと頂点に達しそうな高揚感。

出来ることならずっとこうしていたい。
このまま溶けてひとつになってしまいたいとさえ思う。
一心同体になってしまいたいなんて、結構究極の愛の形な気がするのは私だけだろうか。
「はっ…」
この銀さんの息使いが、声がたまらなく好きだ。
汗の匂いも、肌の質感も。
眉間に寄るシワも、漆黒の黒い瞳も。
首から肩にかけてのラインも。
腕の筋張った筋肉も。
引き締まった胸板から腰にかけて、薄く割れた腹筋に最近お肉が少しついたところも。
全てが愛おしいし美しい。

いつか銀さんに言われたことがある。
「お前ってさ、男のハードル低すぎねぇ?」
「え?どのへんが?」
「いや、俺選んでる時点で」
「銀さんってハードル低いの?!」
「決して高いとは言えねぇだろ…」
「私にとって銀さんは雲の上で夢のまた夢だよ」
「え、そんな遠い存在だったの俺」
「うん、ほんと遠すぎて絶対あり得ない存在だった」
「お前って俺にすげぇ寛容だもんなー、なんか心広すぎて逆に心配になるんですけど」
「そうかな?」
「女はすぐ安定とか求めるもんだろ?お前にはその思考が皆無だよな」

そんなことはない。
私だって元居た世界に居たときはそう言うことにこだわっていた類いだ。
お金はあるに越したことはないし職業だって世間的に立派だと嬉しい。見栄が張れるから、と言うちっぽけな理由からだ。

でも銀さんは銀さんだ。
銀さんだから好きなのだから。
私は知ってて好きになったのだから、寛容と言われてもピンと来ない。
もちろん、銀さんの外見も好きだ。
初めはそればかりだったけど、関わっていくうちにやはり魅力に気付かない方がおかしい。
そのくらい坂田銀時と言う男はいい男だったのだ。

「私は銀さんの存在が好きだからね」
「え、それって哲学的な難しい話?」
「単純に銀さんの存在が好きなの」
「へぇーそりゃどーも」
聞いてきたくせに銀さんは照れたようでそっぽを向いてしまう。
私もあまり面と向かって好きだと言えるタイプではなかった。
人に気持ちを伝えるのも得意な方ではなく、人見知りなところもあるのか昔からこういうことは苦手だった。

この世界に来てからと言うもの、その性格は徐々にだが変わりつつある。もちろんいい方向に。
為せば成る、そんな考えが私には芽生えた。
それを教えてくれたのも銀さんだった。
元の世界の面倒臭い人間関係や、やりがいの無い仕事。
優秀な人ばかりが持て囃される格差社会。
それでもやっていかなければいけないと言う世の中。
無情にも時間だけが過ぎて行く。
何もせず、何もないままに時間は進む。
自分が何をしたいのかすら分からなくなる日々。
それが今、この世界には無いような気がした。

毎日が楽しい、充実している。
ここに来て、世界が変わったのか私が変わったのか分からないけれど、一日一日が有意義であることは確かだった。

この先どうなるかなんて考えたことはなかったけど、最近ふと思うときがある。
銀さんとの未来を。
恐れ多いとは分かっている。でも、それでも私は女だ。単なる女。
この世界に来て私はもう少しで一年になる。




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