クルクル廻る



歯車の行方




二月始め。寒さはピークを迎えていた。
長屋の薄い壁も隙間風も容赦無く、部屋の暖房器具では間に合っていない状態。
最近、大枚はたいて購入したコタツでなんとかこの冬は乗り越えて行けそうだけれど、この長屋でまた来年の冬を迎えると思うと今からゾッとしてしまった。

「引っ越したい…」
お登勢さんに紹介してもらったこの長屋は立地もなかなか良く家賃もお手頃だ。申し分なしだったけど、この寒さは想定外だった。
この寒ささえ無ければ!あとお風呂があれば完璧なのに!と少し欲が出る。
でもここにもしお風呂があったなら、万事屋に出入り出来るような関係性に発展していなかっただろう。
全てのことが万事屋と繋がっているということを思うと、これ以上は何にも文句は出なかった。


「おーい、いるかー?」
長屋のドアがドンドンと叩かれると同時に銀さんの声が聞こえた。
ドアを開けるとそこには愛しい人。
「あれ?今日仕事依頼あったんじゃなかったの?」
「大した仕事じゃなくてよー、昼で終わっちまった」
「そうなんだ」
そのまま銀さんはブーツを脱ぐなり部屋に入ってくる。

「万事屋行かないの?ここ寒いよ?」
「帰ってもガキ二人と犬がいんだろ」
「いつもいるじゃん」
コタツに入り込んだ銀さんは背中を丸めてぬくぬくとしている。
「たまには大人二人でゆっくりすんのもいいだろ」
「…うん、コーヒーでも飲む?」
「おー」
お湯を沸かしてインスタントコーヒーと砂糖ををカップに入れる。
冷蔵庫から牛乳を取り出して銀さんのはコーヒーと牛乳を五分五分にしてコーヒー牛乳にしてあげる。
甘めのコーヒー牛乳は銀さんにいつも出すものだ。

「どうぞ」
「おー、サンキュー」
ズズズと音をたててコーヒー牛乳をすする銀さんの斜め前に座り、私もコタツに入った。
決して大きくないコタツの中で足と足が当たったので銀さんの方を見てみると、目が合った。
「な、に」
ドキリとしてしまった。毎日銀さんと居てもこの気持ちは変わらない。
銀さんの顔を見ると心臓が跳ねる。
相変わらずいい男だなぁ、なんて言葉には出さないけど常に思っているのだ。

「お前、いつ引っ越してくんの?」
「え?」
「なんかそんな感じのことちょっと前に言ってたろ」
「え、あ…うん…」
まさかここに来て今更とも言える展開。
三ヶ月程前に確かに私は万事屋に住んでいいかと尋ねたことがあった。
しかしあれから話は進んでいない。
言い出しっぺとは言え、まだ時期じゃないなーと思っているうちに結構な時が経ってしまっていたのだった。

「神楽のヤツ、ちょいちょいその話題出すんだよなー」
神楽ちゃんはウェルカムで、早く引っ越して来て一緒に住みたいと言ってくれているようだ。
「ぎ、銀さんは…?」
神楽ちゃんはともかく、銀さんの反応がとても気になるとこだ。
何故かと言うと、銀さんはこれに関しては今まで特に何も言ってこないからだ。
過去に何度か一緒に住むか的なことは言われたにも関わらず、いざその話になると話が進まない。
そんな銀さんに対して、私は少しの疑問と苛立ちを感じていた。

「お前次第だろ」
ほら、こうやってまた微妙な返事をする。
素直じゃないのは知ってるけど、でもこれはとても大切なことだ。
こんな風にないがしろな反応をして欲しくないのが本音だった。
「あたし次第って言ったって、銀さんの問題でもあるんだよ?銀さんの家に住むことになるんだから、そんな他人事みたいな言い方しないでよ」
軽く責めるつもりが、キツイ言い方になってしまう。
今までの私の唯一の不満が爆発してしまった。

「付き合う前の話だけど、酒飲みに行った時の話覚えてるか?」
「どの話…?」
何か変なことを口走ったのかとギクリとした。
いつもお酒は程々にしている。けれどほろ酔い状態でたまに口を滑らせる時もなくはなかった。

「同棲したら別れる時に面倒だって、お前言ってたろ」
「…ああ、なんかそんな感じのこと言ったような…」
一度昔付き合ったことがある人と半同棲みたいなことになったことがあった。
私のアパートに彼の荷物が増えて、彼が新しく大きめのテーブルを買ってくれたりした。
しかし、別れる際にその荷物の片付けやテーブルをどうするかと結構な言い合いになった。
私にくれたものだったはずが、返せと言われたりたかだかテーブルひとつで別れ際に言い合いになってしまった苦い記憶がある。

多分、私の言った“一緒に住んだら面倒だ”の発言はその記憶の話を教訓にした内容だったのだろう。
その話をまだ銀さんと付き合う前にほろ酔い気分で愚痴ったことがあった。
家具ひとつで小さい男でしょ?って思い出話に笑った私に銀さんは「別れて正解だったな」と笑い返してくれた。なのに、だ。

「そう思ってんのにうちに来られてもな、って話」
「…別に、誰も別れるのを前提に一緒に住もうと思ってないよ」
「そりゃそうかもしんねぇけど、別れる時面倒だなーって思われてると思うとなんか同棲も興醒めだよなぁ」
コタツに肘を付いてコーヒー牛乳が入ったマグカップを見つめ、相変わらずだらけている銀さんは淡々と冷たい言葉を吐いた。
そんなのただの挙げ足取りじゃないか。
その人と銀さんは違うんだし、今そんな話をしたところでどうにもならないのに。
そう思ってても反論までは出来なかった。

何より銀さんがこんなことを言うとは思いもよらなかった。
普段何も気にしていない風なのに、わりと人の発言には敏感だったりする。
新八くんいわく銀さんは名前さんに限っては結構ねちっこいですよ、だそうだ。
言われてみれば、あの頃から銀さんは私の発言に少しながらも敏感だったのかもしれない。

「いや、違ぇな…」
「え?」
「そういうこと言いたかったじゃねーんだ、キツイ言い方したな……悪い」
結構このパターンも多かったりする。
たまに銀さんは自分でも言ってることが分からなくなることがあるようだ。
「どうしたの…?」
「なんでもねぇよ」
私はこれ以上何も聞けなかった。
いや、聞きたくなかったと言うべきだろうか。
それは私にやましいことがあるから。
こんな時は人に問い詰めるような真似は出来ないのだ。

やましいと言っても高杉さんとは何の事実もない、ただ銀さんに嘘をついていると言うやましさ。
それだけで充分程の罪悪感を感じている。
隠し事はしないと約束した。けれど私は結局守れていない。
自分は一体何をしているんだろう。

好きな人に嫌われたくない。
その気持ちだけでくだらない隠し事をし続けている。
この時から私たちの歯車が少しずつ狂ってきたのかもしれない。



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