身を引く、なんて聞こえはいいけどこれは結局逃げなのだ。




負のスパイラル




昨日、総悟から気になることを聞いた。
告げ口するみたいであまり進まないが、と言葉を濁されたけれど何となく総悟のバツの悪そうな顔を見て予想がついた。

旦那、遊郭に出入りしてんぜ。
総悟は私に言うか迷ったみたいだが、もし万事屋の旦那に限って他の女とってことになってたとしたら、俺は間違いなく旦那を斬るだろうなァと心中穏やかじゃない総悟を見て私は少し冷静で居られた。

多分月詠さん関係でまた出入りしているんだろう。
それは分かってるし理解している。
でも私に一言くらいないのか?と、疑問を持ってしまうと心の奥底に眠っていた月詠さんと銀さんの妙な関係……要は月詠さんは銀さんに片想いしていると言う事実関係にモヤモヤとした感情が積もる。

別に銀さんが浮気とかそういったことをする人だとは思えない。
でも、私に何も言わないってところが気に食わない。
相手は銀さんに気があるってのに、なんも知らない風で銀さんは月詠さんに接して、優しくする。それが気に入らない。
そう思ったけれど、私も今まで同じようなことをやっている。
そして今は高杉さんと銀さんに内緒で数回会ったと言う完璧な隠し事まである。

自分がそんなことをしているのに銀さんに文句を言える訳がない。
お前だってそうだろ、と言われたらそれまでだ。
そう分かっていても気持ちは着いていかないし、胸の中のドロドロとしたものは大きくなる一方だった。
こう言う時は考えれば考える程、負のスパイラルに陥る。


仕事を淡々とこなしている間も少しうわの空だった。
考えるだけモヤモヤとするだけなのに。
聞かなきゃ良かったと思いながらも、知らずに過ごして行くことを考えるとそれもそれで嫌だった。
今の私はどうすることも出来ない。
銀さんに聞いてしまうべきか?黙っているべきか。
どっちにしても私は私じゃいられなくなる気がする。

私はその日、万事屋には行かなかった。
初めてドタキャンをしたのだ。
仕事の帰り道、電気屋から漏れて聞こえて来たBGMが失恋ソングだったことにやけに反応してしまう。
そんなことにまで敏感になっている自分に何だか虚しさを感じた。
まだ真実だと分かっていないのに。気持ちだけが先走ってしまう。

気持ちがグルグルとして定まらない。この感情はなんなのか。
銀さんが憎い?いや違う、自分が嫌だ。
自分も同じようなことをしておいて銀さんを責めている自分がとてつもなく嫌だ。
だけど心の奥底に、どうして私に黙ってるんだと理不尽な気持ちが込み上げる。
今度顔を合わせた時に銀さんを嫌いになったらどうしよう。
嫌いになるなんてあり得ないのに、でも顔を見れない。怖いのはきっと自分の心が醜いからだ。
きっと銀さんはそんな私をすぐ見抜いてしまうだろう。

こんな汚い心を持った私を見たら銀さんはどう思うだろう。
そう余計なことばかり考えてしまい布団に潜っているのが嫌になった私は、フラフラと外を歩くことにした。


気付けば二週間前に一度だけ来た地下の薄暗いバーの前に居た。
普段なら絶対一人では入らないところに私は何の躊躇もなく入ってしまう。

「…よぉ」
扉を開けた瞬間、後ろから声が聞こえた。
店の中に居ると思った人物はどうやら私の後をつけていたようだ。
「また、つけてたんですか」
「人聞き悪いこと言うなよ、偶然だ…」
クツクツと嗤う高杉さんを見て私は何故か一人じゃないんだなぁ、と妙な安心感を感じてしまった。

「ほう、吉原の遊郭…か」
口角を上げて嗤う高杉さんはどことなく面白そうだな、と言う顔をして私の話を聞いていた。
私も何を思ったのか高杉さんに相談する程、心身共にまいっていた。
「笑わないでくださいよ…ほんと、自分が嫌になります…」
「お前はずいぶん都合がいいな」
「え…?」
「悪いと思っているくせに、また俺に会いに来てんだろ」
確かにそうだ。ここに来る前に、誰でもいいから会いたい話したいと思って結局ここに来た。
心のどこかに店に来たら高杉さんに会えるかと思ったのも事実だ。

「無自覚なのも怖ぇが、自覚があんのに行動すんのも考えもんだな」
高杉さんはわりとまともな解答をする。私はそれに驚いてしまい、相談しておいて終始ポカンとしてしまった。
「やっぱり、おかしいですよね…」
「俺なら理解してやらなくはねぇがな」
いつものカウンターの席、肩肘を付いてこの前みたいに私の髪を撫でる。

「そんな男はやめにして、そろそろ俺に乗り換えるのもひとつの手だと思わねぇか」
こんなときに口説かれるとコロっといってしまいそうだ。もちろんダメだとは分かってる。
それでも勝手に空いてしまった心の穴の埋め方をまだ知らない。
グラグラとしてしまっている感情ではもうまともな考えが出来ないでいた。

「明日、江戸を出る」
「え…」
「ついて来い、悪いようにはしねぇ」
「…」
「俺はお前を連れてくならすぐに孕ませて一生俺の横に置いとくつもりだぜ」
現実的なことを言われて心臓が反応する。
それはつまり、子供を作って夫婦のようになると言うことだろう。
相手が高杉さんなだけに心配事は尽きないだろうけど、普通に考えればそれもひとつの女の幸せだと言うことも事実だ。

「明日の夜だ、その男から身を引く、いや…そいつを捨てて俺のところへ来い」
「高杉、さん…」
「なんなら今夜、早速孕ませてやろうか?」
「っ…」
軽く耳を指で撫でられて、熱が集まる。
高杉さんについて行ったらどうなるのだろうと一瞬いけないことを考えてしまう。
こう見えて高杉さんは何気に優しかったりする。
まだ会って三回程なのに。それでこの人の何が分かるのだろうか。
けれど私の中では高杉さんは悪い人と言う認識はこの時はすでに無かった。

明日の夜、港に来い。
高杉さんとそう約束して、私はまた地上に戻ったのだった。



top
ALICE+