俺ァ何やってんだ。



沖田総悟の憂鬱



昨日、名前に告げ口をした。
万事屋の旦那を遊郭で見た、と。
事実は事実だった。巡廻中に吉原の遊郭に入っていく旦那を見かけた。
昼間だったので女を取ってるとは思えなかったしどうせ百華の類いだと予想はついた。が、何だか物凄く腹が立ったのだ。

ただそれを名前に言うのに結構悩んだ。
アイツは一体どんな顔をするだろうか。
傷付いた顔をするだろうか、そんなことを何故言うのかと俺を責めるだろうか。
これはある意味、俺の賭けだったのかもしれない。

報告すると思ったより名前は冷静だった。
むしろ俺が思い出して名前よりムカついていたからかもしれない。
あの日、あの場所で旦那を捕まえて問い詰めておくべきだったのかとも思う。
そしたら今頃ハッキリしていたのかもしれない。
俺は名前のことになるとどうも他人事には思えなかった。
それは何故だかいまいち分からないが、俺は少なくとも家族だと思っているからだと思う。
きっと近藤さんに近いものだと思う。

そして名前が旦那とそうなったと知った時、なんでこうも女は訳の分からない男ばかり好きになるんだと率直に思ったのも本音だ。
幸せになって欲しいと思う半面、なんでそいつなんだよと思うのはこれで二度目だった。


「よう、旦那じゃねェですかィ」
偶然を装ってパチンコ屋から出てくる旦那を捕まえた。
俺なりの探りを入れるつもりだった。
「お、そういちろう君じゃねーの」
何を機嫌良くしてるんだか。
呑気な旦那を見ていると更に腹が立った。

アンタが呑気にパチンコなんてやってる最中もアイツは色々考えちまってるって言うのに。
「今日は大勝ちよ、なんか甘いもんでも奢ってやろーか?」
そう言って俺の前を悠々と歩く旦那を一瞬だけ斬り殺してやろうかと思った。

「いやァ、仕事中なんでやめときまさァ」
「いっつもサボってんのに珍しいな」
「マヨネーズ野郎がうるせェんで」
「今に始まったことじゃねーだろ」
俺は旦那につられてヘラヘラと笑って見せる。
腹の奥からはドロドロとしたドス黒いものが湧いて出て来るのが分かった。
ダメだ、これ以上は旦那に気付かれる。そう思った時にはもう遅かった。

「沖田くんさぁ、ずっと殺気垂れ流しだけどどうしたの?」
ああ、やはり気付かれた。
心の中で舌打ちをしてどう誤魔化すか考えた。
いや、それすら面倒だ。フォローなんて俺の性分に合わねェよ。
一瞬だけ名前を浮かべて謝った。
俺のせいでお前の全てを奪ったら本当に申し訳ないと思う。だがそれでお前が一人になることはねェ。
お前には俺が居る。そう頭の中で勝手に割り切った。

「旦那ァ、アンタの行動……バレてやすよ」
「は?」
眉間にシワを寄せたものの本気にしていないのか、どこか他人事ようなニュアンスで返答してくる旦那に更に腹が立つ。
「昼間っから遊郭に出入りしてるなんざ、目立って仕方ねェ」
「遊郭って…ああ」
だからなんだと言わんばかりだ。
相手が俺だからか。もっと危機感感じろよ、例え女を買っていなかったとしても重大な問題だってことにいい加減気付けよ。

「名前も知ってますぜ」
「…え」
「せいぜい土下座でもして許して貰えよ」
普段旦那に向かっての言葉使いは気にしている方だった。
でもこの時はそんなの気にしていられない程の感情が俺の中には渦巻いていた。
早く俺の前から消えてくれ。
じゃなきゃ、今にも俺はアンタを斬り捨ててしまいそうだ。

「アイツを最後まで大事に出来ねェなら、早々に俺に返してくだせェよ」
この時の旦那の顔と言ったら。
やっぱりな、と思ったのか驚いたのかは定かじゃなかったがいつもの余裕の表情はどこへやらだ。
好かれていることにアグラをかいて、あんまり名前をナメてると痛い目見るからな、と警告したつもりだった。

「お前、やっぱり名前のこと」
「俺のことはどーでもいいんでさァ」
俺は旦那の言葉を遮り、背を向けてこの場から立ち去ろうとした。
そうでもなきゃこのまま色々話してしまいそうだったからだ。
「あともうひとつ警告しといてやりますよ」
「あ?」
「アンタが他の女に現を抜かしてる間に名前は今日他の男のモンになりやすぜ」

高杉晋助…
今なら名前を奪ってやってくれても構わねェ。
アイツを泣かせるような目の前のこんな男ならいっそお前にくれてやった方がどんだけマシだろうか。
どこかアイツをこの旦那の居ないところへ連れていってやってくれ。

「何言ってんだよ…」
そりゃさすがの旦那も驚くだろう。
名前が旦那以外の男を選ぶだなんて誰が予想できたか。
正直俺だってしてなかった。でも今は状況が違う。
「旦那はあの百華の女を贔屓にしてんでしょ?誰がどう見てもそう見えるもんなァ、なら名前だって他の男に行っちまっても文句は言えねェはずだ」
少し振り返ってニヤリと嗤ってやった。

さァ、旦那、どうする?
信用ってもんは長年かけて積み重ねるもんだ。
その土台が一度でもズレを生じるともう元には戻せねェ。
どれだけ頑張って支えても、それは一時の応急処置にしかならないんだ。いずれ必ず崩れる日が来る。
だからと言って土台を直そうとすれば上から崩れてしまう。
結局のところ、遅かれ早かれ崩れるのには変わりない。
それがどんなに小さい歪だったとしても。


あぁ、雨だ。ポツリポツリと雫が落ちて来る。
こんな時に雨かよ。
今度は俺が呑気に笑ってしまう。
旦那は俺の言葉にずいぶん驚いて、慌てるように走って行ってしまった。
きっとアイツの元に行ったのだろう。
なんで俺は旦那に報告しちまったのか…
今になって笑いが込み上げてくる。

黙ってりゃ良かったものをわざわざ教えてやるなんて、俺もどこかで罪悪感なんてものを感じていたのだろうか。
それとも名前と旦那の仲をこれで最後にして欲しいと思ったからなのか。


「おーい総悟!またサボってたなー全くお前って奴は」
マヨ野郎じゃなくて良かったと心底思う。
こんな時にヤツが来たら八つ当たりで本気でブった斬ってしまいそうだったからだ。

「近藤さん…」
「ほら、雨降ってきたから車乗れ、戻るぞ」
近藤さんも名前も、俺の家族だ。
愛おしくてたまらない。傷付けた奴は殺してやろうとさえ思う。
なのに、たまに俺がぶっ壊してやりたくなるこの感情はなんだ。

俺の愛情は……
とてつもなく歪んでいるのだ。
この人たちを愛する権利すらない程に歪みまくっている。
それでも俺はアイツが大事なんだ。
もう二度と失いたくないと思う程に。



top
ALICE+