「さむーい!」





雪が溶けるまで





お腹は満たされたけれど心はポッカリとしたまま。
それでも総悟と居る時は穏やかな自分で居られた。じんわりと温かい飲み物のように内側から温めてくれるのが総悟の存在だ。

ファミレスから出ると強風と同時に雪がチラついた。
「総悟!雪!」
「どーりで朝から風が強いと思ってたんでェ」
「積もるかな?」
「これじゃどーだろうなァ、夜にガッツリ降りゃ積もるだろーけど」
「この感じだと積もらないか…」
雪はチラつく程度で一粒が小さかった。
牡丹雪ならば沢山降れば積もるのだろうけど、このペースじゃ雨みたいに地面が濡れておしまいだろう。

「積もったら屯所で雪合戦でもするか」
「いいねそれ」
「腕が鳴るねェ、雪の中に何入れてやろうか…」
「…総悟絶対普通の雪合戦想像してないよね?それ絶対土方さんをこの機会に抹殺する計画立ててるよね?!」
「そろそろ俺も出世しとかねェとなァ」
「上司消すとかリアルだからやめて!?」

その後も屯所への帰り道に土方さんの悪口を言ったり、近藤さんのストーカーっぷりを聞いたり、私たちの話は尽きなかった。
総悟と毎日一緒に居るのは何の違和感も無かった。

今となっては自然と化しているくらいだ。
まだ屯所に住み始めて十日ちょっとだと言うのに、随分前から一緒に過ごしているような感じで一緒に居るのも当たり前のようになって居た。

近藤さんや土方さんはそんな総悟に対して名前さんに甘えているんだろう、と言っていた。
私も総悟に甘えている。居心地がいいからかワガママだって平気で言う仲だ。
総悟の存在は本当に大きかった。

その日の夜、雪は降り続いた。
しんしんと降り続き夜の屯所はとても冷えた。
それでもあの長屋に比べると比ではなかった。
ひとりじゃないと言う気持ちと、隣の部屋では総悟が寝ている。安心して毎晩ここで暖かく眠れているのだ。


「おーい、起きろォ」
「ん、な…に?」
枕元でしゃがみ込み私を覗くのはもちろん総悟だった。こうやってたまに人の部屋に勝手に入ってくるのだ。
まだ目覚ましは鳴っていない、いや、今日は私は休みなはずだ。しかも六日ぶりの休みだ。
ゆっくり寝ててやろうと思ってたのに。

「雪、積もってんぞ」
「…ふーん」
「雪合戦すんだろ?」
「誰も朝一の寒い時間にするなんて言ってないし…」
「昼になったら雪溶けるぞ、大して積もってねェから」
「…」
「今しかねーぞォ、もう今年は積もらねェかもなァ」
「…あーもー!分かったよ!」

私はがばりと起き上がり、パジャマの上からトレーナーを一枚着込みその上にコートを羽織った。
「手袋も忘れんなよー」
総悟の言われるままに分厚目の靴下を履き、マフラーを巻いて最後に手袋を装着した。
スッピンだし寝癖は付いたままだし、何より完全に寝起きなのに私はもう屯所の庭に居る。

「真っ白だね…」
「十センチも積もってねェなこりゃ」
「充分雪合戦出来るでしょ」
早速植木の上に積もっていた雪を掻き集め、その塊を総悟に投げてやると薄い栗色の髪の毛をふわふわの雪玉がかすった。

「…ドヘタクソ、この距離で当たらねェってどーゆーことでェ」
「寝起きだからコントロールまだ定まらないの!」
「雪玉ってのはなーこうやって作るもんなんだよ、よーく見てなァ」
そう言った総悟は雪を素手で握り始め、体温で少し溶けた雪玉にまた雪を詰め込みギュッギュと音がなる位に固めていた。

「ちょ、総悟、それはいくらなんでも固めすぎじゃ…それもうほとんど石だし」
手を赤くしながら総悟の雪玉は野球ボールくらいの丁度手に収まるいい形になったが、もはや雪玉とは呼べない代物になっていた。

「おー、丁度いい的が来たぜェ」
そう言って私の後ろの方を見た総悟はニヤリと笑って雪玉を振りかぶっていた。
「え!?ちょ、ダメだって!危ないって!」

止めようと思った時には総悟はもう雪玉を野球投げしており、その石のような雪玉は的に向かって物凄い速さで投げられた。
私はその雪玉を目で追うように的になったものを見てみると、やはりそこには朝稽古を終えたばかりの土方さん。

「土方さん危なぁぁい!!」
私の叫びより先に土方さんの目の前を雪玉が通りすぎ、ドスンと言う重い音と同時に屯所の廊下の壁に穴が空いた。

「…ってめ、総悟ぉ…」
「ちっ、朝一発目だとやっぱコントロール狂うなァ」
そう言いながらまた総悟は雪を握り始めた。
「ちょ、もうやめなよ!これ以上壁に穴開けたら怒られるよ!?」
「今度風穴開けるのは土方の腹だから大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないし!」
「ほう、いい度胸だなぁ、やれるもんならやってみやがれってんだ…」
「土方さんもやめて!売られた喧嘩買わないで下さい!」

屯所ではよくこのやり取りがされる。
周り曰く、私と言う止めにかかるポジション役が出来たので助かっているそうだ。
二人が本気なのかそうでないのかくらいは分かっているけど、たまに総悟は本気なんじゃないかと思う時もあるし、土方さんに至っては瞳孔が開いていてとても恐い。
損な役回りだと思いつつも、賑やかな屯所は万事屋に居た時のようでとても楽しかった。

こうやって毎日楽しく賑やかに過ごせたならば、この大きな傷も時間が経てば治っていくのだろうか。
このどこか満たされない気持ちはいつかは埋まっていくのだろうか。

この雪が溶けるように、私の心の塊もいつか溶けて消えて春が訪れるのだろうか。




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