それは突然すぎたある日の出来事。





動き出す歯車





「ちわー、万事屋でーす」
昨日、春一番が吹き屯所の瓦が何枚が吹き飛んでいった。
その修理にやって来たのが万事屋の三人だったのだ。

「おいおい、誰でェよりによってこの三人よこしたのは」
総悟は玄関に仁王立ちをして三人を迎えていた。
「お前んとこの地味ザキだよ」
「山崎…あのアホよっぽど俺に殺されてェみたいだなァ」
私はそのやり取りを雑巾がけの途中にただポカンと見ていた。
あれだけ会いたかった銀さんが、すぐそこに居る。目の前に居るのだ。

新八くんは少し挙動不審で、私のことと銀さんのことをチラチラとうかがっていた。
神楽ちゃんはいつも通りで、早速総悟にイチャモンを付けて言い合いを始めていた。

当の銀さんはチラリと私を見たものの特に驚くこともなく、すぐに目を反らされた。
私もずっと銀さんを見ていられなくてソワソワしてしまう。
どうして今になって。こんな所で会うことになるなんて。

「業者より格安でやってやるんだからむしろ感謝してくれてもいいと思いますけど?総一郎くんよぉ?」
「まぁしゃーねーなァ、んじゃ庭の方の屋根なんで宜しく頼んまさァ」
「格安でやってやるんだからナ、高級茶菓子出せアル!」
「うるせーチャイナ、テメェは毎日のように来て菓子貪り食ってんだろーが」
「か、神楽ちゃん!ダメだよ今日はお仕事だから!ね?」
新八くんが神楽ちゃんの背中を押して庭に連れて行き、銀さんはそれに続いて庭に向かって行った。

心臓が破裂しそうな程に脈を打っていた。
約三週間ぶりに見る銀さんは何も変わらなかったけど、どこか他人のようにさえ見えてしまった。
あぁ、もう他人なのだと気付き心のどこかで落胆してしまう。

「おい、名前」
「な、なに?」
「大丈夫か?」
総悟は気遣いのつもりなのだろう、私のことを気に掛けてくれていた。
「だ、大丈夫、少しビックリしただけ」
苦笑いとも取れる笑みを浮かべた私を見て、総悟は小さい溜め息をついた。

「俺ァこれから山崎のヤロー探し出してちょっと埋めてくらァ」
「ちょ、何もそこまで…!私なら平気だから」
そう言ったのも束の間、総悟はサッサと屯所を出て行ってしまった。
随分とご立腹していたのだろう、今後起こるであろう事態に山崎さんの安否を案じた。


「すんませーん」
ドキリと心臓が鳴る。
声の持ち主はもちろん銀さんの声だとすぐに分かった。
バクバクと心臓が動く。頭の中は真っ白だった。

「は、はい!」
精一杯の返事をして銀さんの方を振り向いた。
「あの数だと明らかに瓦が足りねぇんだけど予備とかねぇの?」
普通すぎる銀さんにどうしていいか分からなかった。私はとにかく銀さんの目が見れなくて、視線は廊下の木目をなぞりキョロキョロしてしまう。

「あ、た、多分倉庫にあると思います!持って来ますね!」
「あー、女一人じゃアレだから俺も行くわ、ドコ?」
「こ、こっちです…」
なんだこの図は。
つい一ヶ月前までは仲良くやっていた私たちが、今なぜこんなにも他人行儀なのか。
廊下を歩く足取りが重い、今すぐ消えてしまいたいと思う程に気持ちは沈みきっていた。

「ここです…」
倉庫の鍵を開け、重い扉をガラリと開けた。
埃っぽい倉庫の中に青いビニールシートが被されていた瓦のストックがあった。
「これだけあったら充分だな」
埃を被ったビニールシートを慎重にどけ、瓦を持てそうな程の重さに重ねた。

「何枚くらい必要ですか…?」
「なぁ」
急に銀さんの声のトーンが変わった。
さっきの他人行儀な会話とは真逆の声色。
しゃがんで瓦を数えていた私の手が止まってしまう。

「あからさまに他人行儀だなぁお前」
「た、他人じゃないですか…」
「敬語とか今更やめろよ」
もうどうしていいか分からなかった。
ただ泣いてはいけないと自分に言い聞かせて気持ちを奮い立たせるので精一杯だった。

「まぁいいわ、確かに今はもう他人だもんな」
「そう、ですよ…」
「…んじゃ、おねーさんって今彼氏いんの?」
「え…?」
「こんなとこ住んでるらしいけど、誰かの嫁候補?」
「た、単なる住込み、です…」
「ふーん」
会話の意図が分からない。
銀さんは何が聞きたいのか、何を思っているのか分からない。だいたいこんな会話をして何になるのか。

「別れて一ヶ月足らずで、もう他のとデキてたらなんかムカつくもんなぁ」
「…」
それはこっちだって一緒だ。
銀さんこそ今頃月詠さんや他の女の人とヨロシクやっててもおかしくないと思ってた。
それならそれで物凄く腹が立つし悲しくてそれこそ泣きたくなる。
でももう私たちは他人なのだ。お互い何をしていようと口を出せる間柄ではなくなったんだ。

「最近どーよ」
「え?」
「最近だよ、なんかおもしれーことあったかっつー話」
屯所にいると何かしらあって毎日楽しい。
前は雪合戦をしたし、凧揚げもした。山崎さんとバトミントンもよくやる。

先日は近藤さんと総悟と土方さんとババ抜きをやっただけなのにかなりモメた。主に総悟が土方さんに絡んでただけだけど。
そうやって毎日忙しくて騒がしくて楽しい。
はずなのに。

「分からない…」
「分かんねーって、何が」
楽しいのに寂しい。
一番大事なものだけが無くていつもそこだけに風穴が空いて冷たい風が吹いている。
周りは暖かいのにそこだけが寒くて、怖い。

「ま、まだ慣れないの、この男所帯に…」
「あー、そーゆーことね」
「銀さんは、どう…?」
「俺はまぁ、そこそこ」
「…そこそこ?」
「そこそこ寂しい思いしてますよ」

まさかのセリフだった。
サラリと言われたその言葉の真意は分からない。
少なくとも私の存在は銀さんの中に留まっていたのだろうか。それとも単なる独りになって寂しいと言うだけのことだろうか。

「なぁ」
銀さんはしゃがんでいた私の隣に座り、私の顔を覗き込んだ。

「どーやったら俺とやり直してくれんの?」

その言葉に私は驚いて銀さんの方を見ると、そこには深い漆黒の瞳があった。
相変わらずその目には光が無かったけれど、どこか吸い込まれそうな深い深い黒。
私の好きな黒と銀のコントラストがそこにはあった。



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