今日は月が綺麗だ。





先輩ポジションじゃなくなった日





「お、今日満月?」
「十五夜って今週末じゃなかったっけ?」
「そうなの?」
「いや、ごめん、分かんない、うちテレビないし」
「結野アナなんて言ってたっけなー」
「毎日欠かさず見てるわりには内容全く入ってないんだね…」
銀さんのことはよく知ってる。銀さんが結野アナ大好きだってこともよく存じてます。
何よりこの半年間でもっと銀さんを知った。

「お前、月に帰ったりしねーの?」
「……え?は?……え?…月?……ごめん、聞こえなかった……なに?」
「いや、めっちゃ聞こえてんじゃん!月とか完全に聞こえてんじゃん!」
「誰が月なの?セーラームーン……?」
「そんなテンパるなって!」
私も大概支離滅裂なことを言ったみたいだけど、銀さんがまず意味不明。月に帰るって、セーラームーンじゃなくて…かぐや姫?

「お前、別世界から来たって言ってただろ」
ドキンと久々に心臓が嫌な跳ね方をした。
まさかここで今更その話が出るとは思わなかったから余計に驚いた。
半年近くその話には触れてない。銀さんもとっくに気にしてないと思ってたのに。

「その話はもういいんだよ…」
「帰りてーとか思わねーの?」
「私はこっちで生きてくって決めたからね」
帰る術なんか知らないし、考えることもやめた。
ある意味放棄した。考えることを。

江戸じゃなくて日本に居た頃の私は毎日つまらない人生を送っていた。
気ままに一人暮らしをして仕事をして適当に友達と遊んで。
親から連絡が来る度に結婚を急かされてはイラついて。
同じ毎日を繰り返して私はこの先どうなるんだろう、なんて寝る前に布団の中で漠然と考えては眠りについた。

それがどうだろう。
こちらの世界に来てから私は解き放たれたように毎日が楽しい。
仕事はもちろんどの世界も同じでつまらないことだらけだけど、銀さんたちと過ごす時間が何よりたまらなく楽しいのだ。

この世界は永遠に続かないのかな、なんて最近布団の中で考えることもある。
それくらい理想とする毎日がここにあった。
初めは不安だけしかなかったけど、それを全て楽しみに変えてくれたのは他の誰でもない。
坂田銀時だ。

「銀さん、ありがとね」
気付くと私は銀さんにお礼を言ってしまう癖がついていた。
「俺はなんもしてねーよ」
「銀さんに会わなかったら、私死んでたよ」
「だろーな」
会話にならない会話をしながら、空を仰いで月を見た。
銀さんがいつもと違う道に入り、河川敷の方に向かったので後を着いて私も歩いた。

ビルの隙間を抜けると眩いネオン街から少し離れた河川敷に出る。
そこはかぶき町とは思えない程静かだった。
最低限の明かりしかない河川敷は大きな月の光が充分と言うほど私たちを照らしていた。

「俺はお前がいつか月に帰るんじゃねーかと思ってたわ」
「帰らないよ」
「そっか」
素っ気ない会話。
この話題はあまり出して欲しくなかった。
この世界でしっかり生きている私にとって勝手かもしれないけど、その話はいつの間にかタブーと化していたのだった。


「そーいや銀さん」
「ん?」
話題を変えよう。と私は急いで何か話のネタがないか頭をフル回転させた。
「あー、あの、あれ、新八くんがね、私らが付き合ってるんじゃないかって疑ってたよ」
我ながら最悪の話題をフッてしまったと思ったが時すでに遅し。

「どいつもこいつもそーゆー話題が好きな奴らばっかだな」
「…銀さんもね」
「俺はアレだよ、みんなの思ってることを代弁したまでですー」
「別に総悟は友達だって、銀さんと神楽ちゃんみたいな感じだよ」
「なるほどねぇ」
完全に墓穴を掘ったと後悔しつつも頑張って平然を装ってみせた。

こうやって遠回りして散歩しながら銀さんと話す時間は私にとって物凄く幸せタイムだ。
今日お月様が綺麗に見えてて良かった、なんて考えていると銀さんがふと立ち止まった。
そしてとんでもないことを口にした。

「お前、俺んち住んだら?」

風が吹いた。それもかなりの強風。
私はそれによって吹っ飛んでいくんじゃないかと思うほどの強風が吹いた。
でも銀さんの髪や服は全く揺れていない。
そう、私だけにその風は吹いたのだ。
体の中身を全て持っていかれた感じだった、この目の前の男に。
いわゆる、ハートどころか中身ごとゴッソリ盗まれたのだ。

目の前の男との距離、約二メートル。
微妙な距離を保ったまま立ち尽くし、ポカーンとする私を見て銀さんは更に言う。

「お前んちテレビも風呂もねーんじゃ不便だろ」
「え……?」
「最初はなんとなくお前のこと疑ってたってゆーか?別世界から来たとか言うからなんかちょっと信用しきれなかったけど?まぁ半年経ってお前のこと理解してきてのこれだから、どうよ?」

銀さんと一緒に住む?え?なに、これ、夢?くそ長い夢ですか?ゲームですか?乙女ゲーですか?一緒に住んだらハッピーエンドで終わっちゃう感じですか?
グルグルグルグルと頭の中に渦が巻く。
思考が追いつかなくて私も銀さんに負けず劣らず、この後とんでもないことを口走ってしまう。

「こっ…!困りますっ!!!」
私はそう叫んで河川敷をダッシュで駆け抜けた。
後ろの方で銀さんが何か言っていたけどそんなのは知らない。
そのまま自分の住む長屋にスライディング帰宅してすぐ布団に潜り込んだ。

あれは一体なんだったんだろう。
明日の朝起きて全てが夢オチでしたとかほんとマジでやめて欲しい。
布団に潜り込んだまま悶えては気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
それでも動悸に似たこの感情は収まることを知らない。

てゆーか、中身全部銀さんに持ってかれたままだよ!
私はその夜なかなか眠りに着けなかった。




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