銀さんからやり直そうと言われた時は死ぬかと思った。





やまない雨には傘を





死ぬ程嬉しいとはこのことだろう。けれど、これでいいのだろうか。
いや、あれ程別れたことに後悔したのだから早くヨリを戻してしまいたい。
また銀さんとたくさん笑い合いたい。一緒に居たい。

でも私から言い出したことなのに、これでヨリを戻して何かがあの時と変わるのだろうか。それだけが疑問だった。
銀さんのことが好きだと言うことは勿論、あれから何も変わらなかった。
しかし私の中のものは宙ぶらりんのままだったのだ。


「銀さん…?」
「おー、やっと会えた」
買い出しに行く途中、河川敷を歩いた。季節を感じるのはここが一番だったからだ。
たまに息抜きにここに来るものの、思い出すことは銀さんとの楽しかったことばかり。息抜きのはずがいつも悲しくなってしまうのだ。
しかし今日は状況が違う。
昨日、やり直すにはどうしたらいい?と聞かれた相手が土手で寝そべっていた。

「昨日お前があれから逃げるから、どーしたもんかと」
「に、逃げたんじゃなくて…!気持ちの整理が…」
「整理も何もあるかよ、俺のことどー思ってんのか、ただそれだけだろ?」
「そんなの…中学生の付き合い方だよ」
「ひでぇな、せめて高校生にしろよ」
銀さんの隣に座り、暖かいの陽射しとまだ寒い風にさらされる。

「好きだけではどうにもならない事だってある…」
「なんだよ、お前そんな難しいこと考えてんの?」
「難しいってゆーか…」
自分でもよく分からない。やり直せばいいと思っている反面、これでいいのかと思う気持ち。
考えれば考える程に分からなくなる。

「まぁ俺もなんでフラれたのか今だに謎なとこあるしな」
「別にフった訳じゃ…」
「お前がもうダメだって言ったんだろ」
「そう…だけど…」
「ま、原因は俺だけどさー」
「私にもあるよ…」
二人して川の方をじっと見ていた。
時折強い風が吹き、さらさらと草の擦れる音がした。

「なぁ、マジでどうしたらお前とまた付き合えんの?」
「っ…」
そこまでダイレクトに言われるとさすがに恥ずかしくなり、どう返していいかも分からない。
「私なんかより、もっといい女の人がいるでしょ…月詠さんとか…」

また余計なことを言ってしまったと思った。
私はどこまで根に持っているのか。
何もないと言われたのに、どうしてもずっと気になっていて心のどこかに引っかかりぱなしだった。
きっと私は私のこう言ったところが嫌なのだ。

「だーかーらー、アレはなんでもねぇって」
「…ごめん」
「いや、お前が謝ることでもねぇけど…ほんと、マジでなんもねぇからな?」
「うん、分かってる、これは単なる私の妬みだから」
「妬みって…」
「綺麗な人見て、羨ましいなーを通り越してのヒガミと妬み…月詠さんは綺麗で強いからいいなーって、銀さんの隣に居ても違和感ないしお似合いだし」
「んなもん見た目だけの話だろ」
「見た目でもお似合いだったの…それが嫌だった、見てるだけで嫌だった…!」

今になってようやく全てを曝け出した。
力強く握った拳が震え、爪が食い込むのが分かる。
私のドロドロとした汚い部分。吐いてしまうと少しスッキリしている自分がいたと同時に、こんな自分に嫌悪感も湧いた。


「なるほどねー…」
銀さんはそう言って私をチラリと見た後、小さく鼻で笑った。
「お前って俺にだけ寛容すぎて、何かこう、腑に落ちなかったんだよなー」
半ば嬉しそうなのは気のせいだろうか。
こんな重い話をしているっていうのに銀さんはどこは浮かれているようにも見えた。

「もうちょっと俺にそーゆーギスギス?ドロドロ?したもの見せて欲しいと思ってたんだよ」
「っ…」
「簡単に言えば本音とか、ヤキモチ的なやつ」
「ヤキモチにしては重すぎるでしょ…こんなの…」
「重いの上等」
「そのうち嫌になるよ…」
「俺ってよっぽど信用ねーんだな」

銀さんじゃない。
私がダメになりそうなのだ。こんな自分じゃ銀さんにまともに向かい合えないと思ったからだ。
だからこんなことになったんだ。

軽い傾斜の土手で寝そべっていた銀さんは体を起こして私の方を向いてアグラをかいた。
「なんか、俺もお前に関しては結構寛容みたいなんだよなー」
「…?」
「沖田くんみたいに歪み倒してるドエスの嬢王様でも許せるって感じ?」
「…それって…総悟みたいな子が好きってこと?」
「ちっげぇぇ!!名前ちゃんストレートに捉えすぎだから!あくまでも例えばの話!例えお前がドエスでも愛せるってこと!分かる?!」
「あ、うん…」
「ピンと来てねーだろ」
「うん…」
「ようするに、どんなんでもお前がいいってことだよ」

その言葉の意味をストレートに捉えると、私の堪えていたものが全て出てきてしまった。
ずっとあの日から泣けなくなっていた。ずっと堪えて居た。
それから泣くのを忘れていた。
こんな私でも認めてくれるのか。


「マジで高杉に持ってかれてたらどうしようかと思ったわ」
「…っ…」
「新八に居場所聞いた時にどんだけ乗り込んでってやろうかと思ったか」
泣いて言葉にならない私の頭をポンポンと撫でて銀さんは優しく笑ってくれていた。

「俺なりにタイミングとか諸々見計らうつもりだったけど…昨日お前の顔見た瞬間そんなもん全部ブッ飛んだわ」
銀さんはハハっと笑い飛ばしたかと思うと私を腕の中に閉じ込めた。
その銀さんの温もりで私のドロドロとした塊が溶けていくような気がした。

「頼むから、もう居なくなるなよ…」
その言葉にただ頷くことしか出来なかった。
ずっとこの気持ちは銀さんに持って行かれたままだったのに。
どうして離れようとしたのか今となって馬鹿げた話だとさえ思える。

この腕に、この胸に。
この声に、この存在に。ずっと焦がれていた。なのに手放してしまった。自分の汚い感情にどうしようもなくなってしまった。
自分のした浅はかな決断にとてつもない後悔をして、それでも見捨てないでいてくれた銀さんに感謝と反省を。


銀さんはと言えばその後、項垂れて「断られたらどうしようかと思った…」と珍しく弱音を吐いていた。
そんな銀さんを見て私はまた泣けてくるのだった。


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