「銀さん!温泉に行こう!」





お泊りする時は周りから固めるべし





三月に入り三日目。
今日はひな祭りの為、万事屋に遊びに来ていた。

「えーいいナー銀ちゃんいいナー私も温泉行きたいアルー私も温泉入ってお肌ツルツルスベスベになりたいアルー」
今日の主役、神楽ちゃんは私と新八くんが作ったちらし寿司を頬張りながら銀さんを羨ましそうな目で見ていた。

「神楽ちゃんも行く?」
見兼ねた私はつい神楽ちゃんまで流れで誘ってしまう。
「いいアルか?!」
「バカヤロー!二人で行くってクリスマスの約束だろうが!お前なぁ、コイツをすぐ甘やかすな!」
銀さんは私が買ってきた日本酒をチビチビと飲みながら、くだを巻き始めた。
それに対し歓喜していた神楽ちゃんの顔は一瞬にしてまた曇ってしまう。

「そうだよ神楽ちゃん、僕たちはもうプレゼント貰ったでしょ」
新八くんは私の湯のみに温かいお茶を煎れ直してくれながら神楽ちゃんをたしなめる。
いつものことだけど、やっぱり新八くんはお母さんみたいだ。

「クリスマスっていつのこと言ってるアルか!もう世間は三月アル!バレンタイン終わってホワイトデーの時期アル!名前チョコレートかクッキーくれ!なんなら温泉でもいいネ!」
「結局行きたいアピールかよ!」
「ウッセーこのメガネ!チョコひとつも貰えなかったからって八当たりすんじゃないネメガネ!」
「ハァァ?!誰がチョコ貰ってないなんて言った?!誰がひとつも貰ってないなんて言った?!」
「どうせお前みたいな童貞メガネ、アネゴからひとつ貰ったくらいだろ!」

神楽ちゃんの最後の一時で新八くんはさっきまでの勢いを完全に鎮火しておとなしく座っていた。
この感じだと神楽ちゃんの指摘した、お姉さんであるお妙さんからひとつ貰っただけなのが的中したようだ。

残念ながら今年のバレンタインに私はここに居なかったので今回はスルーしていた。
新八くんはもちろん、銀さんにだって何もあげてない。
今からでもチョコレートをあげるべきかと思える程に新八くんは結構ヘコんでいた。

「身内にしか貰えないメガネなんてメガネとしても最低クラスアルな!ほんとオマエはダメガネアル!メガネの風上にも置けないダメガネアル!もうそのメガネ取ってタダのゴミになればいいネ!」
「メガネを侮辱すんなァァ!メガネだって頑張ってるんだよ!メガネだってメガネだってメガネだってみんなみんな生きているんだ友達なんだよ!てか最後辺りの言葉どういう意味だよ!僕がメガネ取ったらゴミみたいな言い方すんな!」
「黙れェェ!!メガネメガネうっせーんだよお前ら!」

ヒートアップしてきた神楽ちゃんと新八くんの争いにさすがの銀さんも我慢できずに口を挟んで怒り散らしていた。
私はこのやり取りを見るのは結構久々で、とても微笑ましく感じながら隣で呑気に傍観していた。

「じゃあ、また今度クッキーでも焼いてくるから、ね?」
フォローのつもりで私が提案すると、神楽ちゃんは意外にも眉間にシワを寄せた。
「クッキーなんかじゃこの私は騙せないアル、温泉行きたいアル、名前と枕投げしてキャッホーしたいアル!」
「神楽ちゃんワガママ言わないの!」
新八くんはまたお母さんのように神楽ちゃんを宥めるが、どうやら機嫌は戻りそうもなかった。

いつもなら食べ物の差し入れ予告に神楽ちゃんは手放しで喜んでくれるのに、今回はそうもいかなかったらしい。
「名前、引越してから全然ここに来ないネ…寂しいアル…」
彼女は肩を落とし、小動物のようにシュンと丸くなっていた。

神楽ちゃんの言う通りだ。
真選組に住み込みで働くようになってからと言うもの、ここでお風呂を借りることもなくなりお泊まりも全然無い。
以前は毎日のように夜はここに居て、みんなで食卓を囲んでテレビを見てはケチを付けたり笑っていたりしたのに。
今はもっぱら週二の休みを利用して万事屋に遊びに来るくらいだ。

「お前しょっちゅうポリ公んとこ遊びに行ってるクセに何が寂しいアルーだよ、ほぼ毎日名前に会ってんじゃねーか」
銀さんはお猪口に入った日本酒をぐいっと飲み干し、神楽ちゃんを軽く睨んでいた。

「銀ちゃんは寂しくないアルか?!風呂上がりの名前見れないの寂しくないアルか?!風呂上がりの名前があの税金泥棒たちにイヤラシイ目で見られてると思うと腹立たないアルかっ?!」
「ちょ、神楽ちゃん変な言い方しないでよ…」
「隣の部屋にはあのドエス馬鹿が寝てるアルよ?!何されるか分かったもんじゃないアル!銀ちゃん、名前が夜な夜なムチやロウソクでイジメられててもいいアルか?!同じドエスとして銀ちゃん悔しくないアルか?!」
「いや、されてないから!てかさり気なくライバル意識持たせるのやめて?!」

神楽ちゃんは勢い余ったのかどんどんと話をややこしくしていった。
まぁ傍から見れば男所帯に女一人住み込みだなんてかなり怪しいし、変な話だとは思う。
だから銀さんも面白くないと思ってるのは当然私も分かっていた。

「だから私も温泉行くアル!!」
「おいィィィ!?全然関係ねーしっ!!結局お前は温泉行きたいだけなんだろ!さっきの話完全に意味ねーだろ!」


夕方、銀さんが屯所まで私を送ってくれるのも慣れた道になりつつあった。
以前とは帰り道は逆になったものの、いつもの河川敷を通って行く。

「ずいぶんあったかくなって来たね」
「おー、もう三月だもんなー」
私はここに来て一年になった。
まだ一年と言えばそうだけど、あっと言う間の一年だった。その間に沢山色んなことも起きた。

何より自分でもここにこんなに馴染めるなんて思ってもいなかった。
自分の順応力にも驚きだが何より周りの人が優しすぎるせいか、ここに馴染めるのも早かったし居心地も良かったんだと思う。

「温泉どこがいいかなー、銀さんリクエストある?」
「いや、お前に任せるわ」
「それじゃお登勢さんに相談しよーっと」
「頼むから次はまともな旅館にしてくれって前置きしといてくれよ…」
「スタンド出ないとこね」
「なんでもお見通しだな…」
銀さんがその辺はビビリだってことは知ってる。
本人もバツが悪かったのか頭を掻きながらそっぽを向いてしまった。

「神楽は絶対断れよ」
「え?」
「アイツ絶対最後まで温泉行きたいって駄々こねるからな、怯まず断り続けろ」
「それもそれで可哀想だけど…」
「ばっか!お前っせっかくのハネムーンにあんなでけぇガキ連れてくつもりかよ?!勘弁してくれよー、ただでさえお前との時間減ったっつーのに何が楽しくてあいつら連れてかなきゃなんねーんだよ」
「ハッ、ハネムーン?!」
「神楽連れてったら自動的にメガネがついて来んだろ?そしたらお前、もれなくメスゴリラまでついてくんじゃねーか!」
「誰がメスゴリラなんです、銀さん?」
「うおっ!!」
河川敷を歩く私たちの後ろにはウワサをしていたお妙さんが居た。

「メスゴリラってもしかして、私のことじゃありませんよね?」
美しい笑顔で笑うお妙さんは相変わらず後ろに暗黒オーラを纏っていた。
「メスゴリラ?!聞き間違いだろ?!お前の聞き間違いだろ?!んなこと一言も言ってねーよ!な?!名前ちゃん?!」
わ、私を巻き込むな!と、コッチまで冷や汗をかいてしまう。

「お、お妙さんこれからお仕事ですか?」
私は何とか話題を変えようと試みる。
この空気は耐えられなかったし、何よりこのままでは銀さんの顔面に拳を喰らうのは目に見えていた。

「ええ、これから一稼ぎ」
世間的にはキャバ嬢なお妙さんだけど、その歳で一家を背負って立ってるなんて凄いと思う。
水商売だからどうとか偏見はないけれど、大変だろうなぁとは常々思う。

「いつもうちの近藤がお世話になってます」
色々思いを巡らせていると、つい普段思っている本音がポロリと出てしまった。
いつもうちの上司がストーカー紛いのことをして困らせてすみませんと言う、その気持ちが一番大きいけれど。

「いいえ、とてもいいカモ…お客さんだから多少のことは目瞑ってるのよ」
「お前今完全に“カモ”って言ったよね?思ってても言っちゃいけないフレーズ言っちゃったよね?」
「やだわ銀さん、聞き間違いじゃございません?」
あっけらかんとしているお妙さんは本当に悪気はなかったらしい。

「あ、そうだお前に頼みがあるんだよ」
「嫌です」
「まだ何も言ってねぇし!」
銀さんはその後、お妙さんと作戦会議と称して話をしていた。
どうやら温泉のことについて、神楽ちゃんをどうにかして欲しいといった相談なようだった。




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