「一緒に飲みませんかィ?」




桜マジック




「ここはうちの奢りにしときやすんで」
とりあえず風呂に入ってひと段落…することもなく、乱入してきた真選組一同に怒っていた銀さんは総悟のその言葉にいち早く反応し、怒りを鎮めた。
奢りと言うキーワードに銀さんが弱いのを知っていて、総悟はわざとそう言ったのだ。

旅館の仲居さんに大量のお酒と食事を用意させて、私たちの部屋でドンチャンするつもりなんだろう。
誰がどう見ても二人分とは思えない量に嫌な予感しかしなかった。
この部屋でやると言うことは、朝まで…いや、この旅行から帰るまで銀さんと二人きりになることはないと予想される。

「ねぇ総悟…あんたら仕事しにここに来たんだよね」
「あ?そうだけど、別に護衛することなんて特にねェし」
仕事みたいなもん、土方さんに任しときゃいいんでェと耳をほじりながら適当なことを言う総悟に毎度ながら呆れてしまう。

「将軍様になんかあってからでは遅いよ?」
「なんかあった時には土方さんが自害して責任取ってくれまさァ」
鼻で笑いながらとんでもないことをサラッと言う総悟。
相変わらず冷血と言うか、興味の無いことに対して心底何とも思っていないと言うか…

「それに…」
「?」
「この一夜で旦那がお前に種付けしちまったらたまったもんじゃねェや」
「たっ…!?へっ変なこと言わないでよ!」
「あながち間違ってもねーだろィ、そのつもりの旅行じゃねェのか?」
「違うし!全然違うしっ!クリスマスのお返し的なアレだし!なんか色々あったし迷惑とか掛けた感じでのアレだし!!」

この時私は内心、旅行なんて誘うべきじゃなかったと少し後悔してしまっていた。
銀さんを含めて、ここまで盛大に勘違いしてしまう男共に、私の純粋な感謝の気持ちで計画した旅行を理解して貰おうってのがそもそもの間違いだったんだ。

「オイ!さっさと始めるぞ!」
「銀さん?!もう始める気満々?!」
半ばヤケクソ気味の銀さんはビール瓶片手に早く栓を開けろと催促している。
「よーし、じゃあとりあえずこの人数で始めますかァ」
「とりあえずって…」
「後で他の隊士らにも声掛けとくんで」
「仕事優先しなよ!」

結局日付が変わる頃には将軍様や松平のおじさんまで混じってのドンチャン騒ぎとなっていた。
銀さんも久々にかなり泥酔していて、土方さんと飲み比べをしながら終始小学生並みの口喧嘩をしていた。

「マヨ野郎!てめぇ側近だかなんだか知んねーけどなぁ、職場で名前にセクハラでもしてみろ!この俺が黙っちゃいねーからなぁ!」
「ああ?お前に何が出来んだよぉ…?一回捨てられたクセにでけぇ口叩いてんじゃねーよこのモジャ公!」
「ハァ?!捨てられてませんけどぉー?あれはちょっと距離置いてお互いの愛を確かめ合ったんですー!ま、俺のように可愛い嫁が居たらさぞかし羨ましいだろうねぇ多串くん?嫁どころか女一人いねぇよーな寂しいポリ公には男女の諸々は分かんねぇだろーよぉ、お〜可哀想にぃ〜」
「ハァ?!誰が誰の嫁だって?甲斐性無し、仕事無し、金無しの三拍子揃った半分ニート野郎に名前が嫁に行くとでも思ってんのか?!なんつー図々しい野郎なんだてめぇは!身の程をわきまえやがれ!そんなもんこの俺が許さねーっつの!」
「なんでテメーみたいなマヨ脂ばっか摂取してるイカレた野郎の許し貰わなきゃなんねーんだよ!?誰なんだよテメーは!親父か?!名前の親父気取りか?!テメーこそ身の程をわきまえろ!」

またしょーもないことで口喧嘩をしている二人は多分朝までこんな感じだろう。いちいち喧嘩を仲裁することもない。
巻き込まれる方がよっぽど面倒なのはよく分かっていたので、敢えて放っておくことにした。

「名前がうちに入ったからには色々と面倒なことになりますぜ旦那ァ」
日本酒の入った一升瓶を持った総悟が銀さんの隣にドカリと座った。
「ああ?」
「近藤さんもずいぶん名前を気に入ってますからねィ、そのうち自分の嫁にしたいとか言い出すのも時間の問題ですぜ」
「おいおい、ここにも身の程知らずがいたよ、ゴリラのくせに名前を嫁に、だと?まずは人間に生まれ変わってから出直せってお前らの大将に伝えとけ」
目の座った銀さんはお酒のせいもあってか少しばかり殺気だっていた。
総悟も分かってて銀さんを逆撫でするようなことばかりを言う。

「ハイハイ!やめやめ!」
さすがに総悟が加わるとややこしくなるのは目に見えていたので、仲裁に入る。
「名前…」
急に銀さんがしおらしくなったと思ったら腕を掴まれ隣に座らされた。
「ど、どうしたの?」
膝が当たる程の至近距離に座らされ、周りが見ていることもあって少し焦ってしまう。

「お前って…結局誰のもんだよ?」
「え?」
「俺のもんだよなぁ?」
「なっ…よ、酔ってるの?!酔ってるよね?!」
人前で一体なんてことを言い出すのか。普段の銀さんなら有り得ない。
こんな周りに見せびらかすような、子供染みた恋人ごっこのような恥ずかしい真似はまずしない。

「うるへーよ、お前は…お前の全部…俺の…」
それ以上言うな!と心の中で叫んでいると、銀さんはそのまま後ろに倒れてしまう。
「銀さん?!」
どうやらお酒が更に回ったのか、酔い潰れて倒れたらしい。
私は半ばラッキー、と安心してしまっていた。なんとなく総悟の前で私は銀さんのものです発言は控えたかった。

もちろん身も心も相変わらず銀さんのものだと自覚はあるけれど、まだ大人になりきれていない総悟の目の前でそれを晒すのは酷だと思ったのだ。
きっと総悟はお姉さんのそう言うところを過去に見ていたのだろう。だから土方さんを目の敵のように扱う。
相手は違えど、銀さんにその目が向けられるのも嫌だった。

「旦那ァ、朝までそのまま起きねェで下せェよ」
倒れた銀さんに向かって総悟はドス黒い満面の笑みでそう言うと、どこから持ってきたのか薄いブランケットを銀さんに掛けてあげていた。
「あれ、そういや土方さんは?」
銀さんのことで少し目を離した隙に土方さんの姿が見当たらず、周りに目をやってもその目立つであろう姿は見つからなかった。

「厠行くって飛んでったぜ?どーせゲロってんだろィ、アイツもとうぶん帰ってこねェだろうよ」
「全く……二人していい歳なのに呑む配分も分かんないなんて」
呆れて溜め息をつきながら銀さんの顔色の悪い寝顔に目をやる。
気分は最悪そうだけれど、私はどこか微笑ましさを感じてしまい苦笑いになってしまう。

「なぁ、名前」
「ん?」
「夜桜でも観にいかねェか」
「いいね」
銀さんと旅行に来たはずなのに、総悟とこの旅館の名物でもある桜を観に行くことになった。

少しおかしなことになっているのは分かっていたけど、状況もこんなだし相手が総悟なら別にそれはそれで有りだ。
私は何の戸惑いもなく、総悟と部屋を後にした。


旅館の通路を歩いて、少し裏手に回るとそこには大きな桜の木が一本、堂々と咲き誇っていた。
それを取り巻くように少し小さい桜の木が何本か囲んでいるように立っている。真夜中だと言うのに下から照らされた控えめの照明が更に桜色を際立たせていた。

「うわぁ、ライトアップされてるとまた違うね」
「昼間のは観たのか?」
「うん、チラッとだけど通り際に銀さんと観たよ」
「夜桜が売りだってのに、それ観ねェで酒に酔い潰れてるって最悪だなァ」
嫌味いっぱい笑う総悟は桜のライトアップされた間接照明に照らされて、いつもの薄い栗色の髪は綺麗に薄ピンクに染まっていた。

昼間はピンクと言うより白に近い桜の花は、まるで銀さんの髪色のようだ。
白濁の白に色んな彩が混じっているような。
桜を見ると銀さんの髪のようだと思える程だった。

まだ季節的に満開ではないものの、その花からは春の匂いがしてどこか懐かしい気を起こさせる。
「なぁ、名前」
「ん?」
「来年も桜、観ようぜ」
「ここの?」
「いやァ、どこでもいい」
暗い夜の帳にライトアップされた桜の木を見上げ、総悟はボソリと言葉を紡いだ。

「屯所近くの小せェ公園の桜でも、その辺の土手に咲いてる桜でも…どこでもいい」
「うん、いいよ」
笑顔で返せば総悟は何故か少しだけ困った顔をしていた。
一瞬疑問にも思えたその表情。
よくよく考えると、この桜の花のように真選組の隊士の命も儚いと言うことだ。いつ、どこで、どんな風に死んでしまうかも分からない。
普通に生きている人でさえ、その命はいつ無くなるか分からないのに。
真選組はその確率が、ぐっと上がる程危険な仕事に毎日のように就いているのだ。

来年の桜を見れるか分からない。
それでも私たちは約束をする。
「その時は、総悟の為にお弁当作るよ」
私はまた笑顔で総悟にそう言うと、今度は総悟も笑ってくれた。




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