その夜、俺は夢を見た




坂田銀時の夢寐




ふわりとした空気感にたまにボヤける風景。
不思議な感覚に囚われながらも俺は脚を前に踏み出した。

そこは松陽先生に勉学や生き方諸々を教わった寺子屋だった。
懐かしいな、と思いながらも少し複雑な心境を覚えた。
何故ここにいるのか分からない一方、それでいいものだとも思えた。

不思議とあの頃と何も変わらない寺子屋に入り、辺りをぐるりと一周眺める。
するといつの間にか俺の目の前には俺そっくり…いや、あの頃の俺が居た。

「よう」
自然と、そして軽く餓鬼の頃の俺に声を掛ける。
「なあ、未来の俺って楽しい?」
軽く声を掛けたものの、まさか返事が返ってくるとは思わず驚いた。
それと同時にこの頃から俺の目は死んでたのか、と自分自身の昔の姿を見て若干の笑いがこみ上げる。
そしてその質問に答えるのに躊躇した。

「…いや、楽しいわ、すげぇ楽しい」
色々考えてそう答えることにした。
ここに至るまでのことを振り返ると全てが楽しいとは言えなかった。
けれど今は間違いなく楽しくやってると言える。

「何が楽しい?」
純粋な質問だった。
しかし何が楽しいなんて漠然とした質問はやはり子供じみた疑問だ。
「お前、将来いい女に出会うぞ」
「女かよ」
一丁前に舌打ちをして少し不機嫌そうな俺が居た。我ながら可愛くねぇ餓鬼だと思う。

「お前が大人になる頃には、まあそれなりに世界は変わってるんだよ」
詳しくは言わないでおこうとせめてもの計らいをして、縁側に腰掛け話を続けた。
「剣が総てじゃねぇ、たくさん大事なもんができるし…」
餓鬼の方を見ると、そこにはもう誰も居なかった。

「なんだよ、人がせっかく人生たるものを教えてやろうと…」
あの頃の先生みたいに。
そう思いつつ、俺は縁側から教室となっていた畳の部屋を見渡した。
あの頃のままなのに、そこに先生は居ない。
当然と言えば当然だが、寂しさで胸がチリチリと痛む。
あまり思い出したくない出来事だったが、忘れてはならない出来事でもあった。


窓側の一番後ろの俺の席。
そこに誰かが座っていたのに今更気付いた。
好奇心だけが先走り、俺は体を乗り出して誰か確認しようとした。
その人物はこちらを見てふわりと笑う。

「名前…?」
いや、違う。雰囲気は似てる。けれどその女はどこかが名前とは違う。
よく見ると別人にすら見える。でも目元は完全に名前だった。
名前のもっと若い時なのか、少女は十四、五程の年齢に見えた。

「お前…」
「ねぇ、そのいい女、絶対手放しちゃダメだからね」
唐突にそう言う少女は先程の柔らかい笑顔はどこへやら、視線はキツくこちらを睨むようにしていた。
そして名前のことを知っているようだった。

「俺は手放す気なんてさらさらねぇけど…」
「あと、お前も死ぬなよ、オッサン」
「ハァ?!オッサン?!」
なんつー女だ。顔はどことなく名前に似ているが口から出るのはまるで俺のように口が悪く感じも悪い。

「てめーなぁ、俺はまだ二十代っ…!」
瞬きをした瞬間、その少女は俺の席から消えていた。
「んだよ、どいつもこいつも人のことなんだと思ってんだよ話くらい最後まで…」
「楽しい?」
「うおっ!!ビビッたぁぁ!なんだよ、お前どっから沸いて出た?!」
俺の着物の裾を引っ張っていたのは、先程始めに会った昔の俺…とは少し雰囲気の違う餓鬼が縁側の外に立っていた。

その餓鬼は、餓鬼と言うより小綺麗な感じの子供だった。間違っても昔の小汚ねぇ餓鬼の俺ではなかった。
顔や髪、形は俺そのものだったが、瞳の色が違ったのと纏う雰囲気や空気が俺とは違い、子供らしい活気に満ち溢れていた。

「ねぇ、楽しい?」
さっきの口の悪い名前に似た少女とは違って、こっちの俺に似た子供は丁寧で穏やかに言葉を発する。
「何がだよ」
「僕らが居たら楽しい?」
「は?」
さっきからこいつらは何を訳の分からないことを。
だいたい俺のツラしといて“僕”とか使うなよ。小っ恥ずかしいだろ。

「お前そもそも誰なんだよ?」
「それは、言えない」
口を両手で抑え、その子供は拒否するような仕草をする。
その行為は見ていてなんだか微笑ましかった。
餓鬼なんて可愛いと思ったことは無かったが、自分に似ているとまるで血の分けた子のように思えてくる。
この不思議な感覚は何だろうか。

「にーに!」
これまたどこから沸いて出たのか、今度は一歳か二歳程のまだ足元のおぼつかない餓鬼が現れた。
その餓鬼は俺にそっくりの子供の傍に寄り、手を繋ぐ。
「お前ら兄弟か?」
「うん、そうだよ」
兄がそう言うと、後ろに隠れた弟は俺を警戒しつつも興味はあるのかチラチラと覗いていた。

髪はフワフワの天パのようだが、兄のように白髪色ではなかった。
茶色い髪に茶色い瞳。でも顔はやはり俺そのものだった。
「お前ら…もしかして…」
「ほら、あんたらもう行くよ」
聞き慣れた声に俺が振り向く。

そこに居たのはやはり名前…ではなかった。
二十歳程はいっているだろうか。
スラリと伸びた長身に細身の体つき。目元は涼しげな瞳をし、綺麗な黒髪が一つに結えられてそれは風に揺れていた。
姿形は名前ではなかったが、声は名前そのものだった。

二人の子供の手を引き、その女は去って行く。
その時、俺の子をどうする気だと一瞬問いそうになったのでかなり戸惑った。
「大丈夫、また会えるさ」
まるで心の中を見抜かれたように女にそう言われてドキリとした。

そして名前の声とソックリだが、低めのハッキリとした声に少々違和感を覚えた。
「その餓鬼共はともかく、お前は誰なんだよ!?」
大声で問うも、その女の姿は餓鬼共々もう無かった。


「久しぶり」
「んだよ今度は誰だよ!?」
後ろからまた声がしたので思いっきり振り返る。
もう誰が出てこようと驚くもんか。

「っ…」
驚いてやるもんか、と思ったばかりなのに。
そこには青年に手を引かれている、子供の頃の小さな名前が居た。
「つーか久しぶりってオメェは相変わらず誰なんだよ!」
久しぶりと言ったのは低い声の持ち主の青年だった。
今度はどこをどうみても俺には似ていなかった。まじで誰だよ。

「いやいやいや、もうお前は誰でもいいわ、それよりその子!名前だよな?!」
青年の隣にこじんまりと立っているのは紛れもなく子供の名前だ。
何故この子が一目見て名前だと分かったのかは自分でも分からない。けれど確信はあった。
顔は面影がある、雰囲気は名前のままだ。

「なんだよー、今より目ぇクリクリしてんじゃねーの」
自然と顔がニヤけてしまうがこの際気にしないことにした。
ここに神楽や新八が居たら、きっと変態だとかロリコンだとか言われてただろう。
あいつらが居なくて良かったと心底思う。

「お兄ちゃん…誰?」
「俺は坂田銀時、お嬢ちゃんは?」
ニヤニヤしながら小さい名前に話し掛ける俺は自分でも気持ち悪いと思う。
でも相手は名前だ。
小さい名前、もといチビ名前にでも嫌われたらかなり凹む訳で。
俺は精一杯、嫌われないようにだけ努めた。

「名前…」
「そうか、名前か、可愛い名前だな」
「それじゃ僕は後で迎えに来るから、では宜しくお願いしますね、坂田銀時さん」
青年はチビ名前の手を離し、名前を俺に託してその場から消えた。

チビ名前はおずおずと俺の傍に来ると、同じように縁側に腰掛けた。
年の頃は五歳程だろうか。
ピンク色のフリルの付いたワンピースを着てる名前は、行儀良く膝に手を置き少し緊張している風だった。
「小さくなっても可愛いなぁお前は」
思わず口から出てしまう。
しかし愛おしい人の貴重な過去の姿に出会えたのだ。こんな嬉しいことはない。

「大っきくなった私を知ってるの?」
一気に緊張が溶けたのか、目を輝かせてこちらに乗り出して来る。
「知ってるも何も…」
いやいや、こんな幼気な幼女に大人の事情や未来のことを無闇に言うもんじゃねーだろ俺。
そう判断した俺はニコリと笑って誤魔化して見せた。

黙り込んでしまったチビ名前は、かなり残念そうにしていた。
どこまで言っていいもんか悩んだが、後半からこれは夢だと気付いた俺はこの時すでに少しだけ悪戯心が芽を出していた。

「名前ちゃん」
「?」
「将来、俺のお嫁さんになって」
「え?」
「大きくなったら、銀さんのお嫁さんに来てくれよ」
「銀さんの、お嫁さん…?」
頭を撫でてやると、チビ名前の顔は一気に真っ赤に染まった。

その反応があまりに可愛くて抱き締めたい衝動に駆られたが、さすがに夢でもそれはまずいと自分の中の理性という制御が働く。
いくら相手が名前だとは言え、幼女はまずい。

「う、うん…いいよ…」
小さく頷いた名前は相変わらず真っ赤な顔をして照れ臭そうにしていた。
「そっかそっか、嫁に来てくれるか」
まぁ半分は冗談と言うか、何と無く言ってみたところはある。
どんな反応をするか少し楽しんだ部分は正直ある。
「じゃあ、銀さん…」
「ん?」
俺は目線を合わせるように少し屈んで名前の顔を覗いた。

「私が大人になるまで、ちゃんと…待っててね」
俺のハートにド太い矢が刺さった。
これがキュンとか言うやつか。
完全に今、この子供に俺のハートを持って行かれた気分だ。
なんつー可愛いことを言うんだコイツは。餓鬼のクセしてとんだ殺し文句を俺にお見舞いしてくるなんて、末恐ろしい。

「…あぁ、待ってる、ずっと待ってるから早く大人になってくれよ、銀さん楽しみにしてるから」
俺のその言葉にチビ名前は満面の笑みで返してくれた。
夢でもこれはラッキーだ。こんな幸せな夢ならずっと見てたい。



「銀さん?おーい!銀さん!」
パチリと目が覚める。
いい夢を見たときの寝起きはなんとも最高の気分だ。
「え、なんで寝起きでそんなニヤついてんの?まだお酒抜けてないの?」
不可解な顔をして俺を上から覗き込むのは大人になっても可愛いままの名前だった。

「いやあ、すっげぇいい夢見ちまってさ…」
「どうせ結野アナの夢かなんかでしょ?」
そう言うと名前はさっさと俺から離れて行き、荷物の整理していた。
「二日酔いで体は最悪だけど、今すげぇ気分いいんだけど…」
頭はガンガン、少しの吐き気とダルさはいつもの二日酔いのパターン。
でも夢のおかげでテンションだけは浮き足立っている。

「良かったね、いい夢見れて」
ペットボトルのミネラルウォーターを俺の頭の横に置いてくれる成り、心なしか嫉妬している名前が可愛いかった。
「結野アナじゃねーよ」
「じゃあ、パチンコで億万長者とか?」
「それはかなり魅力的な夢だな…って、ちげーよ」
俺は痛む頭を抑えながら体を起こし、ペットボトルに口を付けた。
カラカラに渇いた喉が潤い、それは頭の痛みを少しだけ忘れさせてくれた。

「すっげぇ可愛い子の夢見た…」
「銀さん、ニヤつきすぎて顔すごい気持ち悪いよ」
「もう何とでも言ってくれ」




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