あなたのフェチってなんですか?




世の中だいたい職場恋愛





ここの生活にもずいぶん慣れて来た。
住み込みと言うこともあって、真選組隊士の人たちと他愛もない話をすることも増えた。
隊士たちは女性と話す機会がなかなか無いようで、まあまあいっちゃってる歳で色気のない残念部類のこんな私ですら、ちゃんと女性扱いしてくれる。

「名前さんは男のどこに色気感じますか?」
原田さんにそう聞かれた瞬間に思いをよぎるのは、もちろん恋人である銀さんのこと。
「えーと…」
銀さんの色気と言えばまずはあの佇まい。生々しく言ってしまえば、あの体のラインだ。

“THE男”といった体つきの銀さんは服を纏っていてもその色気は垂れ流し状態だと思う。
見ているだけて白いご飯が食べれそうな程だ。
逞しい胸に程よく付いた筋肉。身長だって理想的。
もちろん脱いだ時なんかはもっとヤバイ訳で…と、色々思い出したら顔が土砂崩れをおこしかねないのでその辺で思考を止めた。

「色気…そうだなぁ、やっぱり雰囲気とか、かな」
「それって生まれ持ったもんじゃないですか!何かこう…ないんですか?部分的なものとか、仕草とか!」
「うーん、強いて言えば腕とか手とか筋張ってて綺麗な手の人とか…」
無難にそう答えれば原田さんや他の数人の隊士たちが自分の腕や手を見比べ始めた。

「あと首筋とか綺麗だったり、足首が細めだったり」
「なんか典型的な美男子って感じッスね…」
原田さんたち隊士は自分にその要素が備わっていないことを悟るとガッカリして肩を落としていた。
「いや、色気って言うから…ほら、その人の良さとかあるし、一概に色気があるからモテるとかじゃないと思う」
「ですよね!!」
ガッカリしていたのも束の間、隊士の人たちに活気が戻る。なんて単純なんだこの人たち。

「こんなところに居たのか」
ここで真打ち登場と言ったところだろうか。
色気の代名詞とも言う人が現れた。
「あ、副長お疲れ様です」
「お疲れ様です土方さん」
おう、と周りの隊士と私に軽く挨拶をすると土方さんはいつものようにマヨネーズライターで煙草に火を付けた。

「もしかして私のこと探してました?」
「まあな、急ぎじゃねぇから休憩が終わってからでいい」
白煙は春の優しい風に吹かれて飛んでいく。
暖かい陽射しが差し込む玄関先で、ワイワイと話し込む私たちの隣で土方さんは一服をしていた。
その姿を横目で見て、やはり色気と言うものはこの人の為にあるんじゃないかと思える程に何をしても様になる土方さんだ。

「原田さん、色気と言うものはああいうことを言います」
私は土方さんを指差してそう言うと、隊士の皆が一斉に土方さんの方を見た。
「副長は別格っスよ…」
「あれこそ持って生まれた天性ってやつだろ…」
「色気の見本が歩いてるようなもんだよなぁ」

口々に言う彼らもどうやら土方さんの異常たる色気にはさすがに気付いているようだ。
男同士でも色気ってものは分かるものなんだな、と私はまたひとつ賢くなった。

「んだよテメーら、ジロジロ見てんじゃねぇぞ」
切れ長の目付きで睨まれるとその凄味は増す一方で、この眉間のシワとマヨネーズの件さえ無ければこの人は本当に完璧なんじゃないかと思う。
「なんか土方さん、不良みたい…」
つい思ったことが口から出てしまう。
ジロジロ見てんじゃねぇ、だなんて漫画で出てくる不良のセリフによくあるからだ。

「副長は元不良みたいなもんスからね」
「そうそう、今はこうやってデケェ面して警官やってるが昔はゴロツキもいいとこでさァ」
原田さんの話に割って入って来たのはやはりと言っていいものか。
上司イビリ、悪口大好きの総悟だった。

「だぁれがゴロツキだっ!ぶっ飛ばすぞテメェ!」
「事実じゃねェですか」
まぁ確かに土方さんの過去は知っているけど、あれは随分な一匹狼の不良だったと私も思う。

「口さえもう少しうまけりゃ、女取っ替え引っ替え出来るのになァ、残念なマヨネ…副長さんでさァ」
「お前今絶対マヨネーズって言おうとしたよな?俺のことマヨネーズって言おうとしたよな?」
いつものように怒りに満ちた土方さんを宥めるのは私の役回りだ。
このやり取りもずいぶん板についたもんだと自分でさえ思う。

「そうだ、名前、今晩俺の部屋にきなせェ」
「え?いいけど…」
また総悟の部屋でトランプでもさせられるのか、ゲームの付き合いでもさせられるのか、色々頭によぎったけどとりあえずいつも通りに難なく返事をした。

しかし、いつもなら二人の時にされるその会話。
今回ばかりは周りに他の隊士が居たのにも関わらず、ついいつもの癖で誤解されるような会話をしてしまったことに後になって気付く。

「やっぱり名前さんと沖田隊長って良い仲なんすね…」
隊士の一人がポツリとそう言うと、周りに居た数人の隊士もザワつき始めた。
「いやっ…そんなんじゃ」
「あーバレちまったかァ、まぁ隠すつもりもなかったけどよ、あんま他の奴らに言いふらすなよ」
「ちょ…!総悟!?」

ここに置いてもらうことになった時、周りに事情を話すのが面倒だったと言うこともあり、隊士の人たちには“総悟のお気に入り”と言う理由を無理矢理付けた。
数ヶ月たった今になってその噂は雪だるま形式に膨れ上がり、やれ総悟の彼女だ、やれ総悟の婚約者だ、祝言はいつだのと話だけが勝手に先走っている状態だった。

私も強くは否定しないものの、そう言った仲なのかと問われれば否定はするのだけれど、面と向かって聞いてくるような隊士は今までに一人も現れなかった為、現状に至る。


休憩が終わり他の隊士の人たちは持ち場に戻る中、総悟は機嫌良く私の隣に座っていた。
「私もそろそろ戻ろ…って、そーいや土方さん私に用事あったんですよね?」
少し離れたところに座って何本目かの煙草に火を付けた土方さんは、眉間にシワを寄せてこちらをチラリと見た。

「俺の机に置いてある封書、全部閉じて出しといてくれ、あと朝言ってた書類の件だが明日の昼までに頼む」
「封書と書類ですね、分かりました」
私はそう軽く復唱すると腰を上げ、総悟にじゃあまた夜にねと言って仕事に戻った。

二人を残して大丈夫かと一瞬躊躇ったけど、長年の付き合いである二人は私の居ないところでは喧嘩はしないと思う。
いつもは止める人が居るからああやって喧嘩が出来るのだろう。そんなことを思いながら二人を背に廊下を進んだ。


「なーんか名前と夫婦みたいですねィ」
「どこがだよ」
「空気が」
「なんだそれ…そういうお前こそ、相変わらず入れあげてるじゃねぇか」
「土方さんに言われたくねェなァ」
「はぁ?何言ってやがる、俺は仕事で隣に置いてるだけだ、お前と一緒にすんな」
「よく言うぜェ、今度の武州への募兵に名前も連れてくつもりじゃねェんですか」
「…近藤さんに聞いたのか」
「チッ、やっぱりか」
「てめぇ…この俺にカマ掛けやがったな」
「万事屋の旦那に言っとかねぇとなァ、うちの副長さんは隙あらば名前に手ェ付けるかもってなァ、あー怖い怖い」
「だったらどうだってんだ」
「…おいおい土方さん、アンタ否定しねぇんですか」




top
ALICE+