あぁ!夢じゃない!




返却日すぎてますよ




すごいクマだねぇ、スナックお登勢に出勤するなりここの店の主にそう言われた。
本日二度目だ、この目の下のクマにツッコミを入れられるのは。
一度目はコンビニの店長。もちろん昼間もガッツリ仕事をしました。
しかもそんな日に限ってスナックお登勢の出勤日だったりする。

「大丈夫かい?」
「オマエ、ヤル気ナイナラ帰レ!仕事ナメンジャネーヨ小娘ガ!」
優しいお登勢さんの隣で猫耳付けた妖怪が何か言っている。
私はお登勢さんにだけニコリと笑って大丈夫です、単なる寝不足ですからと軽く説明しておいた。
「無理するんじゃないよ、昼間も働いてるんだから」
「寝不足ダト?!コノアバズレ女ガ!」
「うるさいんだよアンタはさっきから隣でギャーギャーと!」
さすがのお登勢さんも隣でキャサリンが挙げる奇声に近い小言に腹が立ったようだ。それでキャサリン本人は少しの間は大人しくなる。

お登勢さんはきっと銀さんから何か聞いているのだろう。
私にとても親切にしてくれて、何かと気にかけてくれる。
「何かありましたら私にもお申し付けください、名前様」
奥からたまさんが出てきて私に笑いかけてくれる。
「ありがとう、たまさん」
「たま、と呼んでください名前様」
「いやいや、だめだめ!たまさんのが先輩だから!」
「ソーダヨ、先輩ナンダカラモットコキ使エバイーンダヨ!コンナアバズレ女!」
「キャサリン先輩は黙っててくださいませ」
「コノポンコツロボットガァァァ!!」

週末ともなればなかなかの賑わいを見せるスナックお登勢。
ほとんどが昔からの馴染みの常連さんたちで初めは戸惑ったものの、みんな人情派な人達ばかりで今じゃスッカリ私も馴染んでしまった。


「やっと落ち着いたねぇ」
そう言ってお登勢さんはタバコに火を付け一服を始めた。
夜中の一時を過ぎるとお客さんはたちまちまばらになっていく。
終電もあるし飲みつぶれる人もいるしでお客さんも減ってくる。
閉店時間は決まっていないものの、店はだいたい夜中の二時頃に閉店する事が多い。

「大繁盛でしたね」
「アンタのお陰で新規の客も増えてきたしね」
「私は何も…」
「別嬪担当がいるとやっぱ盛り上がりが違うよ」
素直に喜んでいいものか悩むところだ。私は特別綺麗な顔はしていない。至って普通だ。中肉中背だしこれと言って取り柄もない。
まあキャサリンよりはマシかな、なんて思っていると物凄い殺気を感じたので私はそっちを向かないようにした。

残りのお客さんは三人。常連さんたちだからみんなそれぞれ好き勝手に飲んでいて、心地いい空気が店には流れていた。
「アンタ、いい人は居ないのかい?」
「え?!」
洗っていたコップをもう少しで落としそうになる。
「キャサリンじゃないけどさ、寝不足ってことは夜な夜な男と会ってるとかじゃないのかい?」
「そそそそそんな不純なことしませんよ!」
「不純て…アンタいい歳だろ、そういうのあっても普通だと思うけどねぇ」
「残念ながら浮いた話はないです…」
あははっと笑って誤魔化していると、たまさんがススっと隣に来て私が洗ったコップを乾いた布巾で拭き始めた。

「私は銀時様と名前様はお似合いだと思います」
「っ…!」
サラリと放たれたたまさんの言葉に絶句してしまった。
いつもの私ならそんな訳あるかい!とツッコミを入れるところだが、昨日の出来事で私の全てはその人に盗まれたままだった。
「たまですら感じ取ってるんだねぇ、あたしもそう思ってたとこだよ」
お登勢さんですらこんなことを言う。
からかうにしてもタイミングが悪すぎる。
自覚した後ではもう前のように軽く否定することも出来ない。嘘を付けない性格の自分が嫌になる瞬間だ。

「あ、いや、その…!」
「最近のアンタら、いい感じじゃないか」
「どどどどどうしてそんなことっ…!」
「ま、あんな出来損ないの男、強くはオススメできないけどねぇ」
いい奴だけどさ、とお登勢さんはその後に付け足してふっと笑った。
新八くんといい、なんだろう、この、周りから固められて行く感じ。

私なんかが銀さんに釣り合う訳もない。
銀さんは月詠さんとかお妙さんとか、ああいった綺麗で強い女性がお似合いなのに。
有るわけ無い。私の気持ちはともかく銀さんの気持ちはまず有るわけ無い。
銀さんはみんなに優しいし、みんなの銀さんだから!
そんな頭の中での葛藤中、店の入口である引き戸がガラッと音を立ててあいたので私は我に返る。
閉店間際に来るのはあの人物しかいない。

「ああ、銀時」
「おー、ババァいつものくれぇ」
「アンタ他の店で飲んで来たね」
「今日はパチンコ大勝ちだぁ、これ先月の家賃なー」
クシャクシャになった一万円札を何枚か無造作にカウンターに置いた銀さんは、話す度に語尾が気だるそうに伸びる。
あきらかに酔っ払っている様子だ。

「最近真面目に家賃払うじゃないさ、稼ぎ方はともかく」
「家賃滞納するなんて男として終わってるだろぉ、いや人間として終わってるねー」
「じゃあアンタはとっくに人として終わってるよ、半年滞納したことあるんだからね、忘れたとは言わせないよ」
お登勢さんがそうツッコミを入れると銀さんは聞いていないフリをして出されたお酒をグイッと流し込んだ。
そんなやりとりを横目に黙々とシンクに入った大量のコップを洗う私は、銀さんの方を見れないでいた。
昨日の今日だ。あんな帰りかたした手前、普通には接しれない気がする。いや、確実に無理だ。

気まずい気持ちを抑えきれないまま店は閉店した。
銀さんはその後にまた何杯か焼酎いちご牛乳割りを飲んで更に酔ったのか、カウンターに突っ伏していた。
いつもはこのまま店が終わると銀さんが家まで送ってくれる。
でも今日はこのまま帰ろう、とカバンを持ってそそくさと店を出ようとする。

「お、お疲れ様でした、お先に失礼します」
小声でお登勢さんたちに挨拶をするとたまさんが銀さんを徐ろに揺すり始めた。
「銀時様、名前様がお帰りになります」
「たたたたたたまさん!いいから!起こさなくていいから!寝かせといてあげて!」
「なに言ってんだい、ほら!銀時!起きな!女を一人で帰らせる奴こそ人として終わってるよ!」
「おおおお登勢さんもいいですから!」

私の悲痛な叫びも聞き入れられず、たまに揺すられていた銀さんは目を覚ましてムクリと体を起こした。
そしてそのままフラフラと歩いて私を素通りし、そのまま店の戸をガラリと開けた。
「おら、行くぞ」
そうぶっきらぼうに言った銀さんは目を合わせる訳でもなく、先に店から出て行ってしまった。

「お疲れさん、そーいや今日は綺麗な満月が出てるよ」
お登勢さんはニヤリと意味深に笑っては店を出る私にそう告げた。
やっぱり十五夜は週末だったんだ、なんて心内で思いながら先を歩いていた銀さんに追いつくために私は小走りした。


「きょ、今日が満月みたいだね…」
しばらく歩いてから微妙な距離と沈黙に耐えられなかった私は何でもいいから話を振った。
「おー、そーだなぁ」
銀さんはまだ酔いが回っているのか生返事だ。
酔っ払っていてくれて若干助かったと思った。シラフで顔を合わせるにはまだ早すぎる。
と言っても意識しているのは私だけなんだろうけど。

「お前さー」
ドキマギしていると今度は銀さんが口を切った。
「な、なに」
「めっちゃ意識してねぇ?」
「……す、するよ!!!」
「なんでだよ、別に大袈裟なことなんも言ってねーだろ」
銀さんにとってはそうかもしれない。
そりゃ神楽ちゃんと一緒に住んでるからまた一人同居人が増える、程度でしょうよ。

よくよく考えると私だけどうしてこんなに意識して考え込んでいるんだろう。
銀さんにとっては単なるひとつの案でしかなかったのに。
どこかで変な期待しているのは私だけだろうか。
そうだ、銀さんは誰にでも優しくて親切であたたかい人だった。この人は誰にだってそうなんだ。

「か、返してよ…」
「あ?」
「返してよ!」
昨日持っていった私の全てを返してくれ。
このままじゃ元の私に戻れないじゃないか。
私は強めの口調で、立ち止まった銀さんの後ろから捲し立てた。

「え、俺なんか借りてたっけ?」
そう言って振り返った銀さんの顔を見て、今日初めて私たちは目が合った。
その時に私はもう悟ってしまった。
ダメだ、私はこの人のことが好きだったんだ。
今までのあれは単なる照れ隠しだった。認めたくなかった。無理だと分かってたから。
この人のこと、会った時から好きだったんだ。

月が眩しい。
こんな私を照らさないで欲しい。
今とても見られたくない顔をしているから。






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