「土方のヤローぶっ殺す…!」




仕事は選べないのが新人




お昼の休憩時におっかない言葉を発したのは案の定、総悟だった。
「いやいや、そういう意味じゃないから…だから総悟には言いたくなかったんだよ」
ため息交じりに私がそう言うと、総悟はさらに気に食わないような顔をした。

「じゃあなんだ、万事屋の旦那にだけじゃなく俺にまで嘘ついてマヨ野郎とデートすんのかお前は」
「だーかーらー!デートじゃないから!」
「そうだなァ、デートじゃなくて旅行だったなァ?」
「違いますぅぅ!誤解招く言い方やめてよ!日帰りだから!募兵の下見行くだけだから!仕事ですから!」
「お前がなんでそんなのに行かなきゃなんねェんだよ」
「私に聞かないでよ!」

武州での募兵は時々あることらしいけど、今回はいつもと別の場所で大々的にやるらしく、その下見で土方さんと私が担当に任命された。
「下見なんざ監察の山崎にでもパパッと行かせときゃいいだろ」
「だから私に言わないでってば!近藤さんの命令なんだから近藤さんに直々に言ってよ!」

これからまた銀さんに報告して散々文句言われなきゃいけないと言うのに、総悟に報告した時点でこのザマだ。
先が思いやられると言うか、すでに心身共に疲弊しまくっていた。

「お前さ、そもそも旦那にそんなの許して貰えるとでも思ってんのか?」
「仕事だからって言えば分かってくれると思うけど…多分…」
「仕事仕事ってな、やっていいことと悪いことがあんだろィ」
「破壊魔のアンタにだけは言われたくないわ!」

募兵の下見と言っても場所の確保、宿泊場所や交通手段など主に秘書のような仕事で、当日なんの問題もなくスムーズに出来るように努めるのが本来の仕事だ。
それを土方さんと行くのは私もいささかどうなのかと疑問に思ったけど、近藤さんの指示と言うこともあってまぁそんなもんなんだろうと思うしかなかった。

「そんなに言うなら総悟が土方さんの代わりに行くって近藤さんに直談判して来てよ」
どっちにしろ銀さんに報告したらすっごい嫌な顔をされるのは目に見えていた。
相手が土方さんであろうが総悟であろうが近藤さんであろうが、きっと銀さんは嫌な顔をしながらチクチクネチネチと姑のように愚痴り出すのだろう。


「はぁぁ?!あの野郎!ざけんなクソマヨネーズ!」
よりによってそんな日に限って神楽ちゃんは銀さんを連れて真選組へと遊びに来た。
「べ、別に土方さんが言い出したことじゃないんだから土方さんのせいじゃないよ」
「土方土方うっせーんだよ!お前はどっちの味方なんだよ!」
「味方も敵もないから…」
日帰り出張のことを銀さんに恐る恐る切り出すと、案の定ムカつきのあまり取り乱す銀さんが居た。

「銀ちゃん、名前は仕事で行くネ、銀ちゃんと違って名前はバリバリ働いてるアル、ちょっとは見習えヨ」
ちょっと論点がズレてはいるけど私の味方を唯一してくれる神楽ちゃんは、私が出した茶菓子を頬張りながら銀さんをたしなめていた。

「うるせー!ガキが口出すんじゃねぇ!」
「銀ちゃん大人のくせにみっともないアル、仕事って言ってんだから仕事ダロ、名前が浮気するとか思ってんならお門違いネ、だいたい浮気したのはお前ダロこのクソ天パ」
「勝手に俺が浮気したことにしてんじゃねーよ!いつまでそれ引きずってんだよ!」
「これだからガキは嫌なんでさァ、大人の男女ってのはなァ、いつ何時なにが起こってもおかしくねェんだよ」
「お前もガキダロ」

神楽ちゃんにツッコまれても無視をキメる総悟はこう言う時だけ銀さんと気が合うようで、またいつの間にかドエスタッグを組み始めてしまった。
また手が付けられなくなるのを予想した私は、さっさと仕事に戻ろうと縁側から腰を上げる。

「ちょーっと名前ちゅわーん!?どこ行くんですかー?!」
「…仕事だよ」
「俺を放って置いて仕事に戻るとかぁぁ!なんて薄情な子なの?!銀さんはお前をそんな子に育てた覚えはねーぞ!」
「育てられた覚えない」
面倒事はもう懲り懲りだと、私は銀さんを適当にあしらって仕事に戻ることにした。
後ろから銀さんがギャーギャーと叫んでいたけど、聞こえないフリをして土方さんの部屋を目指した。

程なくして土方さんの自室の前に到着して、いつものように声を掛ける。
「土方さん、居ますか?」
「…おう、入れ」
「失礼します」
襖を静かに開けて縁を踏まないように部屋に入った。
入って直ぐの所に膝を付いて座ると先程まで机を向いていた土方さんと目が合った。

「揉めてるようだな」
「あ…はい…少し」
きっとあの大きな声が丸聞こえだったのだろう。土方さんは持っていた筆を煙草に変えて、火を付けていた。
「総悟だけならまだしも、あの糖尿野郎もうるせぇんじゃたまったもんじゃねーな」
「…ほんとに、困ったもんです…」
何だか私の方が恥ずかしくなって来て、俯いてしまう。

銀さんの気持ちも分からなくはない。
逆の立場なら私もいい気はしないだろう。
でももしお妙さんと銀さんが日帰りで出掛けて行ったとしても、私はそこまでは心配しないと思う。
銀さんはともかく、お妙さんはまずそんな気ないだろうし、万が一銀さんが襲うような真似をしてもお妙さんに一撃だろうし。

私と土方さんだってそれと同じようなものだ。
例えばだけど、借りに今私が土方さんの事が大好きだとしよう。
でも土方さんには全くその気がない。
多分私が土方さんを押し倒したりしても、彼は顔色ひとつ変えないだろう。
土方さんにとって私はそう言うポジションなのだ。
それをいまいちあの男二人は分かっていない。

「土方さんから言ってもらえませんか?」
「近藤さんにか…?」
「いえ、あのドエスコンビに…」
「あのバカコンビが俺の話聞くと思うか?…だいたい何て言うんだよ」
「えーっと…まずは私に対してそんな気は一切無いって事とビシっと」
「そんな気?」
「女として見てないって事をこの際ハッキリ言ってやって下さい!あ、私なら大丈夫です、最初から分かってたんで気にしませんから」
言ってて悲しくなって来たけど事実なのでどうってことない。
女として見られてないのはもう総悟とのことでずいぶん慣れていた。

「女として…か」
「?」
「ん、まぁそれとなく言っといてやるよ」
「お願いします、助かります…」
その後私たちは二人して同時に溜め息をついてしまい、お互い苦笑いをするのだった。



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