「風呂、先に入っていいからな」





意識しないようにすると余計意識する





そうぶっきらぼうに言った土方さんの表情は伺えなかった。
彼は煙草とライターをズボンのポケットに突っ込むと、ホテルのロビーにある喫煙所までわざわざ足を運ぶようだ。

「じゃあお先にいただきますね……あ、土方さん」
呼び止めたつもりだったが、何と無く不自然極まりなかったのはきっとこの空気のせいだろう。
「な、なんだよ」
土方さんも変に意識しないで下さいよ、と今の状況で軽口を叩けたらどれだけ楽になれるだろうか。
今、土方さんに向かってそんな冗談を言える空気でもなかったのはさすがの私でも分かる。
いや、むしろ空気は読める方だと自分では思っている。

「この部屋、喫煙大丈夫ですよね?わざわざ行かなくても…」
「…空気読めよ」
少し振り返った土方さんはチラリと横顔が見えただけだったけれど、明らかに眉間に皺が寄っていた。
ほんのさっきまで自分で空気の読める女だと思っていただけに、その言葉が私の胸を貫き大きなダメージを与えた。

きっと土方さんなりの配慮だったのだろう。
風呂に入っている時に男が同じ部屋に居たんじゃ私が落ち着かないと思ってくれたのか。
さすがフォローの鬼。
銀さんや総悟にも見習って欲しいものだと土方さんには感服するばかりだ。

「すみません…ありがとうございます…」
申し訳ないです、とペコリとすると土方さんはまたドアの方を向いていた。
「帰ったらインターホン鳴らすから、開けてくれよ」
「分かりました!」
気合いを入れて返事をすると土方さんがふっと笑うのが聞こえ、少し後にドアが閉まりオートロックの音がカチャン、と聞こえた。

部屋に取り残された私は、安心と同時にどうしたもんかと口に手を当てて悶えてしまった。
銀さんには悪いけど、あの土方さんとツーショットタイムがこんな長いことあるなんて。
一夜を共に過ごすなんて!どうにかなったらどうしよう?!いや、何もないと思うけど!確実無いと思うけど!

でも妄想するのはタダだし!妄想するくらいなら銀さんも許してくれるよね!いやいや、そもそも妄想なんだから誰にも言わなきゃバレないし!
だいたいあの色気の塊が隣に居るんだから、そういう妄想したって人として正常な反応だと思うし!

途中から変な言い訳のようなことを思いながら、いつもより念入りに体を洗ってしまう自分がいた。
私は年頃の男子か!と自分のしたことに少し羞恥を感じつつ、広めのバスタブに軽く浸かりさっさと上がって髪を乾かしているとあっという間に三十分が過ぎようとしていた。
そろそろかと思えばタイミングを図ったかのように簡易なインターホンの音が部屋に響いた。

「はーい!」
ドライヤーを仕舞い、いそいそとドアに向かった。私は鍵を開けてドアを軽く押し開くとそこには土方さん。
やはりどうもこの状況にドキドキとしてしまうのは女子として仕方ないのだろう。

「お前なぁ…」
部屋に入ってくるなり彼は大きく溜め息を付いた。
側を通り過ぎて行くと煙草の匂いがして、その匂いが私の鼻をかすめていく。
それが余計に土方さんの存在を意識させた。

「すぐにドア開けんのやめろ」
「え?土方さんがインターホン鳴らしたら開けろって言ったんじゃないですか」
「そうだが…いや、そうじゃねぇ、もし今のが俺じゃなかったらどうすんだ」
「え…」
「チェーン付けて開けるべきだろ」
「土方さんだと思ったので…」
「それならせめて俺だと確認してから開けろ」

そう言いながらソファに腰掛けた土方さんは小さめのテレビモニターの電源を入れた。
テレビには今日の爆破事件のことがどこの局でもずっと流れていた。
「やはり過激派か…」
小さく呟いた土方さんの言葉にドキリとする。
過激派と言えばきっと高杉さんが絡んでいる気がしたからだ。
一瞬そんな事を考えているとソファに座る土方さんと目が合った。

「こう言う奴らが部屋に入って来たらお前、一溜まりもねぇぞ」
確かに。高杉さんが部屋に入ってきたら身の危険しか感じないだろう、いろんな意味で。
「はい、気を付けます…」
「分かれば良し」
どっこらしょ、と土方さんはソファから立ち上がると風呂場の方へ向かった。
私も気を遣って部屋を出るべきかどうか悩んでいると彼はそれに気付いたのか、風呂場のドアを閉める前に立ち止まった。

「そんな格好で女が外でウロウロすんじゃねぇ」
えっと、つまり、これは部屋に居ろって事なんだろう。
多分そう解釈してもいいはずだ。
言われてみればホテルの浴衣姿でこの物騒な世の中、しかも夜遅くにウロついてたらどうなるか分かったもんじゃない。例えそれがホテルの中だったとしても。

やっぱり土方さんは色々とスマートな部分が多い。それをとても自然にやってしまうのだから、それはそれはさぞかしおモテになることだろう。
きっと土方さんは分け隔て無く皆に優しい人なんだと思う。だからモテる。
これは帰ったら銀さんに教えてあげよう、そう思いながら私はベッドにダイブした。


「あー…疲れた…」
主に精神的に。
土方さんと居ると幾分緊張する場面はまだある訳で。
仕事であちこち回ったのもあってか、体も思ったより疲弊していた。

「銀さん…」
呟いた私の声は顔を埋めたふかふかの羽毛の枕へと吸収されていく。
心の中でごめんね、と言う気持ちと会いたいと言う気持ちが波のように押したり引いたりと交互に想いを膨らませる。

ふわふわのベッドに気持ちまで宙に浮いた感じがしたと同時に、私は深い眠りの中に落ちていた。



top
ALICE+