「はぁぁ!!寝てたぁぁぁ!」




チャンスの時こそヘマをする




パチリと目を覚ました後、頭に浮かんだのはここはどこかと言うこと。
そしてすぐに昨日の出来事を思い出し、自分の今置かれている状況を把握した。と同時に第一声が先程の叫びだった。

「うお!な、なんだよ…」
微妙な距離に並べられた大きめのベッドがふたつ。隣のベッドには土方さん。
黒髪のイケメン越しに見た窓の外はもうすっかり明るくなっていた。
土方さんに視線を戻すと、私の声に驚いたのか起き上がって不審な顔をしてこちらを見ていた。

よく見るといつもの完璧なイケメン土方さんではなく、寝癖が少し跳ねていてまだ瞳孔も開いておらずカーテンから射し込む朝日が眩しいのかダルそうに目は細められていた。
普段ひとつ屋根の下で暮らしているとは言え、こんな寝起き直後の土方さんを拝めるのはかなり貴重だった。

そしてよく考えるとこの状況はつまり、私たちは一夜を同じ部屋で過ごしたと言うことだ。
いや、正確に言えば私は終始寝ていたので目の前の土方さんと一夜を過ごした気分なんかひとつも味わっていなかった。
なんて勿体無い事を!と頭を抱えたくなる程、このおいしい状況を逃してしまった事を少し後悔した。

「お、おはようございます…」
「おう…どうした、何か夢でも見たのか?」
「い、いえ…そういうのじゃない…です…」
おいしい状況だなんて。銀さんが聞いたら浮気と断定されるだろうな。
いいや、だいたい屯所でいつも近くの部屋で寝泊まりしていて風呂上がりの土方さんを何度だって見てる訳で。
今更ギャーギャー言うのもおかしいと言えばおかしいのだ。

「すみません、私…爆睡してましたよね…」
確認するのも恥ずかしかったけど、少しは弁解しておきたくて昨夜の事を聞いてみた。
「ああ、俺が風呂から出たらすでにイビキかいて寝てたな」
「イッ!?イビキかいてましたか!?すっすっすみません!」
「冗談だよ、本当は死んだように寝てたもんだから、息してるか心配になったくらいだ」
ふと気付くと布団の中にいる事に気付く。
昨日は確かダイブして、うつ伏せになったまま寝落ちしてしまったような気がする。
まさか。まさか。

「布団引き抜くの大変だったんだぞ…」
「本当にすみませんでしたぁぁ! 」
私は一体上司に何をやらせてるんだ。
本当なら土方さんを隣にして緊張して眠れない夜を過ごすかと予想していたのに!
土方さんがほんの数分お風呂に入っている時間で油断して眠りこけてしまうなんて!
勿体無い!じゃなくて、恥ずかしい!
いろんな感情が交差しながら私は悶えていると、土方さんの携帯が光っているのが視界に入った。

「土方さん、それ、着信鳴ってませんか?」
「ん?あ、音消したまんまだったな…」
携帯を取り、土方さんが電話に出るとここからでも聞こえる声が電話口から響いていた。

「やっと出やがったなニコチンマヨ中毒野郎!今名前とどこに居るんでェ!」
「…ホテル、だな」
「副長さんよォ…会ったら覚悟しといてくだせェよ…」
「総悟、てめぇさっきから何を想像してんのか知らねぇが残念ながら部屋は別だ、それよりとっとと車出せ」
「言われなくとも今ザキとそっちに向かってらァ!詳しい場所言えってんだ土方死ねバカヤロー!」

土方さんは終始ケロっとしながら総悟の電話に対応していた。
そして要件だけを言うと電話口から漏れる総悟の声を無視して電話を切った。

「想像以上だな」
「荒れてましたね…」
「部屋は別々ってことにしとけよ」
「はい…」
「領収書も全部抹消しとく、証拠となるもんは残すなよ」
「自腹切るんですか?なら私も半分…」
「変な気は遣うな、すぐアイツにバレるぞ」
そう言った土方さんはベッドから降り、掛けてあった隊服に手を伸ばした。
「俺は先にロビーに居る、アイツらが来たら部屋に電話するからお前は遅れて後で来い」
「分かりました…」

その後すぐに準備した土方さんはロビーの喫煙所で総悟たちが来るのを待っていたようだった。
部屋の内線が鳴り受話器を取ると土方さんが“手が付けられねぇからさっさと降りて来い”と電話口で溜め息を付いていた。


急いでホテルのロビーへ向かうと総悟にいきなり腕を掴まれる。
「お前、何もされてねェだろうな?!」
「何想像してんの…」
「何って、ナニだろ!」
「土方さんが私を相手にすると思う?ていうか腕痛いから離して」

冷めた表情で総悟を見据えてやればそれ以上何も言わなかった。
しかし納得した顔はやはりしておらず、とても不機嫌そうな総悟は山崎さんが運転する真選組のパトカーの後部座席にドカリと乗り込み、窓を開けて私に“さっさと行くぞ”と促した。

「ちょっと、土方さん忘れてるよ」
「あんな奴、置いてきゃいいんでェ」
「そんな訳には行かないでしょ、まだ電車動いてないみたいだし置いてったらシャレにならないよ」
「名前さん、副長なら喫煙所行くって言ってましたよ」
運転席に居る山崎さんにそう言われ、私はホテルの喫煙所に向かうとちょうど土方さんは喫煙所から出てきたところで、ばったりフロント前で鉢合わせした。

「もう二人とも車に居ますよ」
「ああ…ところでアレはどうだった」
「納得してないみたいです…総悟は無駄に勘が鋭いと言うか…」
「お前の事となると異常なまでな執着を見せるからな…アイツ」

苦虫を噛み潰したような顔で土方さんは車の方を見ていた。
車に向かって並んで歩いていると、土方さんの腕に少しだけ私の肩が当たった。
いつの間にか土方さんとこんな距離で歩くようになったんだと自分でも少し驚いた。

「なんでェそこの御両人、夫婦みたいに仲睦まじく歩いちまって」
車の窓を開け、そこに肘を乗せていかにも気に入らないといった表情で総悟が私たちに野次を飛ばした。
「一夜を共にしたのがバレバレでさァ」
「だからそんなんじゃないってば!」
「総悟、お前に一言言っといてやる」
「なんでさァ土方さん」

私が総悟に人をからかうのもいい加減にしろと説教してやろうかと思った矢先、割って出たのはちょっと本気モードの土方さんだった。
そのオーラに私と山崎さんは同時にヤバイ、と瞬時に感じ取って顔を見合わせた。

「俺とコイツになんかあっても、お前に口出す権限はあんのか?」
「権限だァ?」
「コイツ口説くのにお前の許可が必要なのかって聞いてんだよ」
「土方さん、アンタ…」
「万事屋に言われんのは仕方ねぇとして…お前に言える権限はなんもねぇだろ」
ピシャリと言い放つ土方さんの言葉はえらく冷たく感じた。
裏を返せば“もう少し距離を保て”と言っているようにも聞こえた。

「ま、まあまあ二人とも!それくらいにしといて帰りましょう!ね?名前さんもホラ、車に乗って下さい」
重い空気を何とか翻そうと、山崎さんがここ一番の明るい声で車へ誘導する。

それでも帰りの車内は重い空気が流れ、山崎さんと私の世間話が永遠と繰り広げられ、屯所に着く頃には二人して疲れ切ってしまっていた。




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