「よぉ、久しぶりだな」




悲劇再び




梅雨の季節が終わろうとしているのにかぶき町ではずっと雨が続いていた。
じっとりとした夕方にはやはり小雨が降り続き、傘が無ければ外は歩けない状態。
私は仕事が終わって明日は休みだと浮かれる中、そこに現れたのは例の人で。

明日は皆で海へ行く予定で、前日から万事屋へ泊ろうと銀さんちに向かう途中の道だった。
色香漂う低音の声が耳に響く。
この声の持ち主は考えなくてもすぐに分かる。

振り返るとそこには菫色の美しい着物を纏い、同じ色の大判の傘を差した高杉さんが居た。
この人はこんな憂鬱な日にですら絵になってしまうのか、と頭の片隅で思考を巡らすと彼はいつものにやりとした妖艶な笑みを浮かべこちらに近付いて来た。

「お久しぶりです、高杉さん」
半分また会えてよかったと言う気持ち、また半分は今は真選組の人間である自分と高杉さんが会うのはかなりまずいんじゃないかと言う気持ち。
その後に銀さんの事を考えた。
どの道、高杉さんとこうやって会うのはいけない事だと即結論は出た。

「あの、高杉さん…」
「土産だ」
思い切ってもう会えないので裏路地で待ち伏せしたり私を探すのはやめて下さいと言おうとしたのに、その言葉は高杉さんの意外な言葉で遮られた。

高杉さんが私にお土産だなんて。
なんだかよく分からないけど、高杉さんが出張帰りのお父さんみたいだと思って少し笑ってしまうと、高杉さんは不可解な顔をしていた。

「あ、ありがとうございます」
すみません、と笑いながら高杉さんが差し出してくれた紙袋をチラリと見れば中にはお菓子らしき包みが入っていた。
「まさかですけど、爆弾とかじゃないですよね…?」
「どうだかなぁ」
「や、やめて下さいよ!冗談に聞こえないですから!」
「…言っとくが、この前の爆破の件は俺らは加担してねぇからな」
「え…?私はてっきりアレは高杉さんが…」
「あんな小せぇ規模の爆破なんざ時間と金の無駄だ」

確かに高杉さんにしては内容の無い破壊だったと思ってはいた。
廃墟だったビルがひとつが爆破され、一日交通機関が麻痺した程度で済み、人の犠牲は出なかった。結局なんだったのかと言われれば、単にそれだけの事だったのだ。

「どうせ模倣犯ってところだろ、迷惑な話だ」
「高杉さんも色々大変なんですね…」
この季節の夕方はまだまだ明るい。
路地裏とは言え高杉さんの佇まいは目立つようで、傘を差していても見る者は目を奪われてしまう。

「…それじゃあな」
「それだけですか?!」
「…なんだ、呑みにでも行きたかったか?」
クツクツと嗤い私の目を射抜くように見る高杉さんは前と何も変わらない狂気に満ちたオーラが漂っていた。
こんな人が居たらきっと真選組の皆が聞きつけてここに来るのは時間の問題だ。

「悪いが今から野暮用があってなあ、また今度錫でもしてくれよ」
「あ、え、いや……は、はい…」
そう言うつもりで呼び止めたのでは無かったけれど、高杉さんにそう言われると断れる訳も無く、曖昧ながら約束してしまうのだった。

「あの、わざわざお土産を…?」
「まあな、その土産…高かったんだぜ?せいぜい味わえよ」
傘から見えたのは高杉さんの嗤う口元だけだった。
そんな高級な物をわざわざ届けてくれるなんて、そして高杉さんがこんな事をするなんて。
半信半疑と言えば高杉さんに失礼だとは思ったけれど、少し疑ってしまう。

「じゃあ、またな」
そう言った高杉さんは霧雨とネオン街に消えるように去って行ってしまった。
本当にこのお土産を渡すだけにここで待ち伏せされて居たのかと思うとなんだかとても疑わしい。
とにかくすぐ銀さんに報告しなければ。
前回の事もあって、私はこの事をすぐに銀さんに伝えようと万事屋に急いで足を向けた。


「銀さん!」
万事屋の扉を開けるとすぐに新八くんが出迎えてくれた。
「あ、名前さんお疲れ様です」
「新八くん!おじゃまします!」
傘を畳んで万事屋に上がり、銀さんは?と聞くと新八くんいわく、どうやらまだパチンコに行ったっきり帰って来ないそうだ。

「僕はこれから親衛隊メンバーと次のコンサートの打ち合わせに行くんで!あ、神楽ちゃんは姉上と買い物に行っててそのうち帰って来ると思います、夕飯は食べて来るそうですので」
後は宜しくお願いしますね!と言うと新八くんは張り切ってさっさと帰って行ってしまう。

この状況で誰も居ないのはとても落ち着かなかった。
早く先程の事を報告したいのに当の銀さんは得意のパチンコなんか行きやがって!こんな大事な時に!

部屋をウロウロしてみたものの銀さんが帰ってくる様子もなく、私は時間が勿体無いと思いつき勢い任せにお風呂に入る事にした。
ベタベタした湿気を纏った肌をスッキリ流してしまえばこのモヤモヤとした気分も晴れるだろう。
そしてシャワーを浴びていると誰かが帰って来た音がした。

この時間だとやはり神楽ちゃんが先に帰って来たのかな、と思いお風呂から出て居間に向かうとそこには意外にも銀さんがソファに横になって寝ていた。
帰って早々ゴロ寝だなんて。
玄関に私の下駄があることくらい気付くだろうに。

呆れていると視界に入って来たのはテーブルに置かれたお菓子たち。正確にはお菓子の包紙たちだ。
何個か開けられて食べられたであろうその形跡。
犯人は確実に今目の前で寝ているこの男だと言うのは言うまでも無い。

「銀さん、食べてすぐ寝ると虫歯になるよ?」
本来なら牛になるよ、だろうけど銀さんに至ってはその心配はあまり必要ないらしい。
どんだけ甘い物を食べていてもその体型を維持しているのだ。
中身はどうかは知らないけど、外見は至って正常だ。
むしろ何故こんなにも引き締まった体をしているのか、銀さんの七不思議のうちのひとつだ。

「おーい、銀さーん?」
声を掛けてもなかなか起きる気配が無く、銀さんは目を瞑ったまま無防備に仰向けになっていた。
「銀さん?」
まさか。このお土産…
毒でも入っているんじゃ?!高杉さんが私の恋人を抹殺する為に毒入りのお菓子を?!いや、まさか……
ちょっと有り得るし!

「銀さん!?」
寝ているのか死んでいるのか分からない銀さんを力の限り揺すり、私は何度も名前を呼んだ。
するともぞりと動き、目が薄っすらと開いたかと思えばいつもの銀さんの瞳の色が覗く。

「んだよ…?」
「びっくりしたー!死んでるのかと思った」
「勝手に殺すなよ」
「だってなかなか起きないから…」
「いや、寝たふりしてたらチューしておこしてくれっかなって」
「二度と心配してやらない」
「うそだよ!冗談だよ!爆睡してました!俺ガッツリ寝てました!」

ソファから起き上がった銀さんは、床にへたり込んだ私を抱きしめてきた。
「つーかこの土産、どうしたんだ?」
「あ!そうなの!これね!」
「っ…」
私が高杉さんのことを話そうとした瞬間。銀さんは急に私に全体重を掛けたきた。
その急な重みに対応し切れず、私と銀さんは同時に床に倒れこんでしまった。

「いった……銀さん…!ちょっと…重いよ」
急にどうしたんだと、銀さんの下敷きになった私は床に背中やら頭やらを打ち付けて結構痛い思いをしていた。
ジタバタと動いても銀さんはビクともしない。寧ろ、何の反応もない、と言った方が正しいのだろうか。

「っ…銀さん?!」
隙間から抜け出し、銀さんの顔を確認しようとすると力なくごとり、と銀さんは床に倒れ落ちた。
まさかの出来事が、まさか本当に起こるなんて。

私は一瞬で血の気が引いて、頭が真っ白になってしまう。
「うそっ…嫌だっ、ぎ、銀さん!銀さん!?銀さんっ!!」
今度こそ何度も彼の名前を呼んでも目を開けることもなく、何度揺すろうが叩こうが何の反応も見せることはなかった。



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