「この前のジュース代はお前がジャンケンで負けたからな、あれは返さねーぞ」




後悔先に立たず




そんな話してない!と、いつものようにツッコミたい。
でもそんな余裕もなければそういった雰囲気でもない。
私は怒っている。銀さんにとても腹が立っている。

「違う…」
「え、なに?なんなのお前、さっきまでショボくれてたと思ったら急に怒り出すし、情緒不安定なの?…あー女の子の日か」
「違うわ!」
さすがの私もここはツッコんでしまった。いくらなんでも下世話すぎるよ銀さん。
この後も銀さんは何を返すんだ?借りたもんなんかねーぞ?とかブツブツ言いながら宙を見ていた。

「あーそーいやぁ話戻すけど、昨日のことならそんな気にすんなよー」
「え…?」
「お前が良ければって話だから、変な意味で捉えんなよ」
「……」
「…あ、もしかしてプロポーズ的ななんかと勘違いしちゃった?俺と一緒に住もう!みたいな」
最悪だ。最悪のパターンだ。私はピエロだ。少しばかり期待してしまった私が馬鹿だった。
やっぱり銀さんはこういう人だったんだ。誰にでも軽くこういうこと言えちゃう人だったんだ。最悪だ。

私は更に腹が立った。ヤケクソだった。
この男に弄ばれたのが悔しくて、私も何かこの男に衝撃的な何かを与えてやりたい衝動に駆られたのだ。

「銀さん」
「はーい?」
ニヤニヤしている目の前の酔っ払いに、私は先ほどとは全く違う冷静かつ低いトーンで声を掛けた。

「私は銀さんが好きだよ」
ビルの谷間。空気は一変した。
いつも送ってくれる道は薄暗い抜け道。照らしているのは月明かり。
私は今この瞬間、どんな顔をしていたのだろう。

月に照らされいる銀さんは相変わらず死んだ魚の目をしていた。
輝きもない、漆黒の深く強い黒。
吸い込まれそうなその瞳に惑わされないように。

「もう銀さんとは会わない、万事屋にも行かない」
告白のあとのサヨナラは呆気ない。
勝手に好きだと言って逃げるだけ。

どんどん自分が惨めになるのを感じたから居ても立っても居られなくなった。早くここから立ち去りたい。
会わないなんて、万事屋に行かないなんて、本当はそんなことしたくないのに。
消えてしまいたい。
自分が特別だと思い上がっていた。万事屋の一員になったなんて勘違いも甚だしい。
でもそう思わせたのは銀さんの責任でもあるんだよ?

私は銀さんの横を足早に通り過ぎた。
今度会うことがあってももう今までの私たちではないだろう。
ふざけて笑い合うことなんて二度とないだろう。

私はなんてことをしてしまったんだろう。
銀さん、あなたはなんてことをしてしまったんだろう。





top
ALICE+