「神、威……」




眠れない夜は明日のことなんか考えるな(後編)




そう名前を呼べば、彼はニヤリと笑う。
「俺の事知ってるんだ?光栄だなぁ、高杉から聞いた?」

高杉さんからはもちろん何も聞いてない、けれどこの人のこともよく知っている。
高杉さんとは比にならない程、血に飢えているということも。

ネオン街を背に、少し静まり返っている路地。
この路地を抜ければ目指していたコンビニがある。それなのに目的地がやたらと遠く感じるのは、今この瞬間に命の危機を感じているからだろうか。

「ああ、それともうちの妹に聞いたのかな」
その笑顔は本当は笑っていないのだろう。
顔は笑っているのに、声には楽しさが微塵も含まれていなかった。
本能的にこの人は危険だと自分の中の何かが反応しているのが分かる。

「そんなに怖がらないでよ、君には何もしないからさ」
「……?」
「高杉から少し話は聞いてるんだよ、君、結構気に入られてるみたいだね」
「べ、別に…」
「…まあ、会ってみて何となく分かった気がするよ」
更に神威はニコリと笑い、軽い足取りでこちらに近付いてくる。

「うん、君は強い子を産みそうだ」
「…は?!」
「アイツから気に入られるのも納得だ」
私の何処をどう見て強い子が産めるとか言ってるんだろうこの人…と、疑問を抱いたが神楽ちゃんのお兄さんとだけあって突拍子もない性格なのは少し理解できた。

「ねぇ、君、俺の子を産んでみない?」
「なっ…」
開いた口が塞がらないとはこのことだった。
こんな十代の、見た目だけは爽やか青年の口からそんな発言が出るなんて。
思ってもみなかったため、瞬時に絶句してしまう。

「いいね、その顔…素直な女は好きだよ」
目の前に来たその男は、至る所が神楽ちゃんと似ていた。
至近距離で肌の色や睫毛の長さが分かる。

「そんな見つめられると、このままキスしちゃうけど」
からかうように更に顔を近付けてきた彼との距離は僅か数センチ。
しかしその表情は面白がっているのが目に見えて分かった。

「……なーんだ、もっと焦ってくれるかと思った」
神威をジッと見つめたまも何も反応をしない私を見て面白くないなぁ、とそっぽを向いてしまうのはまるで小さな子どものような仕草だった。

「そんな若い女の子でもないので…」
「へぇ…それって経験豊富ってこと?」
そう言う意味で言ったわけでは無かったけど、この際何でもいいからこの場を収めたくて何も言わずに彼の反応を見ていた。

「それじゃあガキの俺に色々教えてよ、おねーさん」
「お、思ってもないことを…」
「あはは、…ほんと俺の事よく知ってるみたいだね」
高杉さんとはまた違うジャンルの俺様至上主義だと言うことはよく知っている。
自分の私欲の為なら周りなんて何とも思わない人種。
そんな彼が下手に出ることはまず無いのは知っていたので、つい思っていた事が口をついて出てしまう。

「不思議な人だな君は…もしかして、この星の人間じゃないとか?」
「ち、違います…」
「天人?」
「ちっ地球人です!人間です!」
話せば長くなるややこしい話なのでその場は切り抜ける。

「他の人間とは少し、違う気がするんだよなあ」
「普通ですよ、普通…」
「ま、だから高杉に目を付けられるんだろうね」
彼はまた目だけ笑うと、今度は私から距離をとった。

「手ぇ出しちゃいたいのは山々なんだけど、今アイツとやり合うのはちょっと避けなきゃいけないんだよねー」
マントを翻し、私が来た方向へと歩いていく。

「また会おうよ」
その一言に反応する間もなく、現れたのはまた別の男。
「はいストーっプ!どいつもこいつも人の嫁さんに手ぇ出そうとしてんじゃねーぞコノヤロー」
「銀さん?!なんで、ここに…」
神威の目の前に現れたのはこちらも負けず劣らずの派手な髪色をした人物。
しかしその存在の登場に私は今までで一番と言っていいほどの安堵感を覚えた。

「お前さー、夜な夜な抜け出してったと思ったらこんなとこでこんな奴と逢い引きかよー、せめて相手選べよなー」
「違うし!!」
「アレレ、もしかしてこの子、お侍さんの知り合い?」
神威が銀さんと私の間で交互に指をさしていると、銀さんは更にムスっとした顔になっていた。

「オメーは何を聞いてたんだよ、嫁っつっただろーが!これ、俺の嫁さん!分かる?!」
今度は銀さんが私に向かって指をさすと、神威が微妙に無表情になったので嫌な予感がした。
「ふーん、まさかお侍さんのだったとはねぇ」
そのまま銀さんを通り過ぎて行くと、ふふふと笑い声が聞こえる。

「このことは高杉には黙っといた方がいいのかな?それともチクっちゃおうか?」
振り向いた神威の顔といえばそれはそれは楽しそうで。
これから何か波乱を呼び起こしそうな企み顔だった。

「神威さんっ…!それは言わないでくだ」
「言っとけ言っとけ、お前の惚れた女はすでに銀さんのモノでしたーってな!」
「ちょっと銀さん!」
「うわあ、今のすげぇムカついたからチクっちゃお」
「ハァ?!俺のモンだよ!紛れもなく名前は俺のモンだよ!何か文句あんのか!?」
「銀さん落ち着いてってば…!」
「アンタさっき俺の事“神威サン”って呼んだろ」
「そっちかよ!!」

え、まさかマズかった?
一応年下でも初対面だから“さん”付けのがいいと思ってそう呼んだけど、“様”のが良かったとか?!
だとしたらどんだけ俺様キャラなんだよこの子!
さすがにそこまで察すれないよ!

「神威って呼べ、今度“サン”付けしたら殺すからね」
「え……あ、はい……分かりました…」
「おいおい中二かよ?!気に入った奴には呼び捨てで呼ばれたい主義とかガキかよ!つーか二度と会うことはねーから!この俺が許さねーから!さっさと宇宙に帰りやがれ!」
銀さんがそうまくし立て、足早に私に駆け寄り肩を抱かれて引き寄せられた。
そして神威に向かってしっし!と手で追い払うと神威はまたクスリと笑う。

「今回は引き下がるよ、まだ用事が済んでないし…それじゃ、またね」
そう言ってヒラヒラと手を振ると神威は夜の闇へと消えて行った。


「んだよ、次から次へと…」
「……」
「…名前?」
「ごめ、今更震えが…」
一言で言えば恐怖。
あんな顔をして、彼は血に飢えているような人種だと思うと手足の震えが止まらなかった。
もし銀さんが来てくれなかったら。そう思うと余計に血の気が引く。

そしてこんな夜中にブラブラと女一人で歩くなんて。
自分のした浅はかな行動に反省するしかなかったと同時に銀さんに対する申し訳なさも増した。

「大丈夫、俺がいっから」
「…うん、ありがとう…ごめんね」
そのまますっぽりと銀さんの腕におさまると、私は銀さんの匂いに包まれる。
どうせ死ぬならここで、銀さんの腕の中で死にたいと一瞬思考がよぎる。


「つーかお前、なんでこんなトコいるんだよ」
「…眠れなくて…」
「おま、そういう時は起こせよなー」
「だって銀さん爆睡してたから、普通は起こすの申し訳ないでしょ…」
「眠れないなら眠くなるまでお布団で頑張ればいいだけでしょうが、ちゃんと付き合ってやるから」
「な、何言ってんの!そもそも銀さんすぐ寝たくせに!ていうか最近終わったらすぐ寝るよね!?なんか流れ作業的になってない?!」
「バッカ!なってねーよ!毎回名前ちゃんに満足して貰いたいから試行錯誤してますよ!?え!なに?ひょっとして満足してない系?!足りない系?!」
「し、してます!してるけど!いや、そーじゃなくてっ!……ってなんの話してたっけ?!」

「とりあえず寒いからコンビニいかね?肉まんでも食おうぜ」
「あ、うん……って、銀さんお財布持ってなくない?」
「…うん、持ってない」
「頭が高い」
「すみません名前様、肉まん買ってください」
「よろしい」



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