「胸焼けつらい…」




マルかバツか(前編)




お昼時、スナックお登勢で昼食をご馳走になった後の事。
私は神楽ちゃんと二人でカウンターに座り食後のお茶をすすっていた。

「名前最近食べ過ぎネ」
「やっぱりそれが原因かな、このずっと続く胸焼け…」
「それしかないアル、忘年会とか新年会とかしすぎネ」
「ですよねー…」
「しかも胸焼けするとか言って、さっきもカツ丼ガッツリ食べてたアル」
「いやぁーそれが食欲はあるんだよね…」
あはは、と笑うと冷めた目で神楽ちゃんは私を見ていた。

そりゃ普通に食べてて胸焼けだの体調が宜しくないだの言っても信憑性がないのは私も重々承知だ。
でもここ最近ずっと胸焼けで気分が優れないのも事実だった。
「一概に単なる胸焼けとは違うかもねぇ」
カウンター越しに居たお登勢さんは私をチラリと見るとタバコをふかしながらそう言った。

「単なる胸焼けと違うって…まさか、なんかの病気の前兆とかですか?!」
「…心当たりはないのかい?」
「えーと…度重なる忘年会に大晦日からお正月の暴飲暴食…そして先日また新年会を二度程…」
「名前どんどん銀ちゃん化してるアル、女銀ちゃんネ!」
「そんなこと言わないで神楽ちゃんっ!普段仕事頑張ってるからたまにはハメ外させて下さいよ!そのへんは銀さんと一緒にしないでよ!?私の場合は息抜きなんだから!」

自分でも薄々気付いてはいたけど、年末年始はかなりハメを外しすぎた。
真選組で忘年会、スナックお登勢で忘年会、女子会と称してお妙さんたちとも忘年会。
大晦日も年越しで銀さんたちとどんちゃん騒ぎ。正月休みもほとんど食べたり飲んだりしていた。

極めつけは新年会。
一昨日二回目の新年会を終え、ついに体にガタが来たのだ。
食欲はある。なので食べる。その後胸焼けでグッタリ。といった感じが最近繰り返し起きている。
増えた体重が弱った体には更に重く感じ、気怠さを倍増させていた。

「他に心当たりは?」
「え、他って…」
「アンタも生娘じゃないんだから、その辺は言わなくても分かんだろ」
「………え?!!」
お登勢さんのその遠まわしなようでストレートな言い方にピンと来る。
しかし頭の中では“まさか、まさか”のオンパレード。

「何アルか?!名前やっぱりなんかの病気アルか?!!」
神楽ちゃんが分かっていなかったのが唯一の救いだった。
まだ可能性の時点で彼女に気付かれるのだけは避けたかったのだ。


「あー疲れた、ババァ俺らにも飯くれ飯ー」
「なんだい、えらく早かったじゃないのさ」
「昼休憩だよ、また行かなきゃなんねぇめんどくせー」
「まあまあ銀さん、割にいい仕事なんで頑張りましょうよ」

店の入口が開いたと思ったら銀さんと新八くんで、仕事が一段落したのか戻ってきたようだった。
なんでこのタイミングで帰って来ちゃうかなぁ。
頭の隅ではそう思いながらも、内心かなりパニックになっていた私は銀さんたちの方を見れないでいた。


「名前固まってるアル」
「それ俺も気になってたんだけど、どうしたんだよ」
「なんか名前病気みたいアル」
「え?!大丈夫なんですか名前さん!?」
「ずーっと胸焼けが続いてるらしいネ」
「単なる飲みすぎだろ」
「ぎ、銀さん!名前さんに対してもう少し労りの言葉とか掛けられないんですか」

「だってさー名前ちゃん俺より飲み会多いからね?職場かなんかしんねーけど男だらけの忘年会やら新年会やら参加しちゃってさーそりゃ臓器のひとつやふたつ壊れてもおかしくはねーだろ」
「要するに真選組の皆さんとの飲み会が気に入らないって事を言いたいんですね」
「ちっげーよ!いい加減な解釈すんじゃねーよメガネ!」

後ろのソファ席で銀さんと新八くんがわりと好き勝手言ってても私の頭の中は相変わらずパニックを起こしていた。
いやいや、ないない!でも…可能性もなくはない。いやいや!そんな訳!
こればかりがずっと頭を駆け巡る。

そういえば月のモノもそろそろのはず…
あれ?いや、たまに遅れる時もあるし。そんなに過敏に反応する事でもないでしょ。
と、自分に言い聞かせるもこうなってしまえば気になりだしたらキリがなくなる。

そして行き着く先は、ハッキリさせようと思ってしまうのが性分だった。
これはもう、妊娠検査薬というものを買って調べるのが手っ取り早い、と。

「私…薬局行ってくる…」
「一人で大丈夫かい」
お登勢さんが何気なく気使ってくれる。
「それなら私が行ってきます」
店の奥からビールケースを軽々と持ったたまが出てきて、更に気を使ってくれる。
「大丈夫大丈夫、単なる食べ過ぎだろうし」
私はそう笑ってごまかし、早くこの場から去ろうとする。
とにかく一刻も早く一人になって頭を整理したかった。

「名前さん、僕が行きますよ?」
三度目の正直と言うべきか、新八くんが念押しで気を使ってくれた。
が、心の中では新八くんに頼めるような物ではないんですごめんなさい。と懺悔にも似た気持ちが込み上げる。

「大丈夫!他にも欲しいものがあるから、本当に大丈夫!ありがとね!」
立ちがあった新八くんを制止して、私はさっさとスナックお登勢ののれんをくぐって外に出た。

「気を付けて行ってくるアルヨ!その辺で拾い食いしちゃダメアルヨ!」
「お前や定春と一緒にすんなよ」
「んじゃちょっと行ってきます!」
そそくさとスナックお登勢を後にする。
結局銀さんの方を一度も見れないまま来てしまう。

変に思われていないだろうか。
完全に不自然な態度だった事に今更気付いたがもう思考はそれどころではなく、足早に薬局へと向かった。


薬局に着くと真っ直ぐに検査薬のあるところを目指す…つもりが、置いてある棚が一体どのジャンルのところなのか検討も付かず、少し店内をウロウロしてしまう。

やっと見つけた例のものを手にし、結構値段高いんだなーなんてよそ事を考えつつも胃薬もチェック。
とりあえず口実用に胃薬も手にしてレジへ向かった。

店員さんが手馴れた手つきでレジを打つ。
買うものがあれなだけに、こちらが無駄にドキドキしてしまっていた。
コイツ妊娠してんのか、とか店員さんに思われたりしているのかな。とか本当にどうでもいいことばかり考えてしまい、どうにも落ち着かない自分がいる。

これでもし銀さんとの子どもを授かっていたなら?
もちろん嬉しい。これ以上嬉しいことはないだろうと言うくらいに嬉しいだろう。
銀さんだってきっと喜んでくれるに違いない。

しかし、心の中では少し不安も見え隠れしていた。
その不安は決定的なものではなく、ふわりふわりと漂うくらいのもので。
手放しでは喜んでいけないと思わなければいけないと自分自身に制御がかかっていた。

支払いを終えて店を出ると、自然に河川敷に足が向く。
いつも考え事や悩み事があるとここに来てしまう癖がついてしまっていた。
そしてこの場所はいつも銀さんと何かしらあった場所でもある。何だか不思議な場所だった。

「名前!」
ほら。今度も銀さんはこの場所で私を見つけてくれる。
どくんどくんと脈打つ心臓とは別に、私は前から歩いてくる銀さんに笑顔で手を振った。



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