「つまんないアル!!!!」





九日目の憂鬱





ここ一週間、正確には今日で九日目。
名前さんが万事屋に全く来なくなった。
僕は三日目ですでに心配になり、名前さんの仕事先であるコンビニに向かった。
すると、名前さんは普通に仕事をしていた。僕はてっきり季節の変わり目だから体調を崩したのではないかと思っていた。
しかし目の前にはいつも通りテキパキと働く名前さんの姿があった。


「……こんにちは、名前さん」
「あ、新八くん!いらっしゃい」
至って普通の会話だ。名前さんも至って普通だ。
なので僕は聞くタイミングを思いっきり失ってしまった。
どうして最近万事屋に来ないのか、ただこの一言を質問をするだけなのに、僕は何故か戸惑ってしまっていた。

「あの、名前さん!」
「ん?なに?」
意を決して僕は名前さんに詰め寄った。
「今度!お鍋を、しようと、思ってるんです!」
「うん?」
「随分寒さも増して来ましたし!」
「そうだね、もうすぐ十月だしね」
「そうなんです!だから!名前さんも是非!食べに来てください!」
我ながらかなり不自然な誘い方だったと思う。
今まで名前さんとここまで不自然な会話をしたことがあっただろうか。
少なくとも僕は名前さんに心を許していた。
初めの別世界から来たという説明には若干引いたけど、この人は嘘を付くような人ではないと付き合っていくうちに自然と理解していた。

「ごめん…行けない」
僕は名前さんのその一言で全てを悟った。



「銀さん!!」
万事屋の建て付けの悪い玄関戸を思いっきりスライドさせ、戸を閉めず僕はそのまま銀さんの座っているであろうソファに一目散に足を進めた。
部屋に入る際のドアも勢いよく開ける。その先にはソファに横たわりジャンプを読んで今にも眠ってしまいそうな目をした銀さんが居た。

「んだよぱっつぁん反抗期かぁ?もっと静かに入って来いや」
ジャンプから少し目を離し、僕の方を一瞬だけ見てはまたジャンプに視線を戻す。
「銀さん、あんた名前さんに何したんですか?」
僕には確信があった。名前さんが万事屋に来たがらない理由なんてこの人以外に居る訳がない。
確信と言うかもう消去法だ。
神楽ちゃんはこの三日間、名前が来ないアル!つまらない!遊びたい!肉まん食べたい!と、エンドレスで言ってる。
僕と名前さんの間にももちろん何もない。そしたらもうこの人しか居ないのは明確だ。

「名前さんに何か酷いこと言ったんですか?!」
何も言わない銀さんに僕の口調もどんどんヒートアップしてくる。そして何も言い返さないと言うことは僕の推測は当たっていたようだ。
銀さんはただボーっと雑誌を眺めている。

「少なくともお前にゃ関係ねーよ」
「っ…」
銀さんの声がいつもより低かった。
こんな時に卑怯だ。いつもヘラヘラしてるくせにこんな時は妙に大人ぶる銀さんはズルイ。
そりゃあ僕はまだ十代のガキで、銀さんたちにある大人の距離感とかはよく分からない。
でも僕は銀さんの隣に居るのは名前さんがいいと思っていた。
もしこの先、銀さんが誰かを選ぶとしたら名前さんであって欲しいと思っていたんだ。


そして今日で九日目だ。
あれから銀さんは普通で、名前さんを気にする素振りも見せなかった。
神楽ちゃんは四日目に名前さんの働くコンビニに遊びに行って、それから毎日のように定春と散歩の通り道に名前さんに会いに行ってるようだった。

神楽ちゃんが「早く仲直りしろヨ!男はとりあえず謝っとけばいいってパピーが言ってたネ!」なんて説教してたけど銀さんはいつもそれをうまく聞き流していた。
銀さん、僕もそう思いますよ。
二人の間に何があったかは知らないけど、そういう時は男が謝っておくべきなんです。

このまま名前さんとの関わりが全て無くなってしまったら今までのことは本当に思い出だけになってしまうんですよ?
人の縁なんて本当は簡単に切れてしまうんですよ。それは銀さんが一番よく知ってるんじゃないんですか?
僕は、また馬鹿なことを言いながらみんなでご飯を食べたいんです。
銀さんと名前さんがまるで長年連れ添った夫婦のように、空気のように隣にいる姿がまた見たいんです。


「肉まん早く食べたいアルー!」
神楽ちゃんがソファに寝転びながらそう言った。
まだコンビニの肉まんを引きずっているようだ。
「あれ?銀さんは?」
九日目の昼、買い出しを終えた僕は出掛ける前と同じ格好のまま暇そうにしている神楽ちゃんに訪ねた。
出掛ける前は銀さんも神楽ちゃんと同じように暇そうにしていた。
家の中には気配がない、どうやら銀さんは家には居ないようだ。

「仲直りしに行ったみたいアル」
「…え………ええ!?」
「銀ちゃんの限界は九日だったアルな」
「え、それ、ほんと?!銀さんが仲直りしに行くって言ったの?!」
「イヤ、でも肉まん買いに行ったから絶対名前のとこに行ったアル」
神楽ちゃんは変に勘がいい時がある。
しかも自分が肉まんを食べたいと根気よく駄々を捏ねて銀さんに仕方なく買いに行かせるあたり、やっぱり神楽ちゃんはこう見えても女子なんだなーって思う。
策略型と言うか、僕と違ってちゃんと先を見計らって計画を練っているタイプだ。

「肉まん届くの、きっと夕方アルなー」
「そうだね、今日は夕飯豪華にしなきゃね」
神楽ちゃんは遅くなりそうな肉まんを思いチッと舌打ちしたのとは逆に、機嫌はいいようだった。
二人の帰りを待つ僕たちはその後ソワソワするお互いを見て「落ち着けよダメガネが」とか「か、神楽ちゃんこそ座ったら?」とか罵り合っていた。

銀さん、ちゃんと仲直りしてくださいね。





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