「ダメです、銀さんは反対です」




恋愛だって先手必勝




「銀さん、元々名前さんは真選組で働いてた訳なんですし今更反対したって」
「うっせぇ!メガネは黙りやがれ!割るぞ!そのレンズ粉々に割るぞ!?」
「なんかこれデジャブアルか?前もこんな感じで銀ちゃん反対してたアル、朝から面倒臭い奴ネ」
「うるっせーんだよ!お前も朝飯食ったんだからとっとと外で遊んで来い!クソガキは外で遊んで来い!」

銀さんを朝から怒らせてしまった。
私の“明日から真選組の仕事を復帰する”と言う内容に、朝ごはんを食べている最中もずっとその話で、新八くんが来てからはさらにヒートアップしてしまってこの有り様だ。

「名前ちゃんは病み上がりだし記憶もないんだからね?!今更またあんなむさっ苦しいとこで働く必要はないんだってーの!」
「銀ちゃんは名前がいつあそこを辞めるんだってよく愚痴ってたネ、自分が原因作った手前辞めろとは言えなかったからこれを機に辞めさせるつもりアル、陰湿な男ネ」
「だからお前はうるせーんだよっ!名前に余計な入れ知恵すんじゃねーよっ!あーいいよ!陰湿で結構!だから復帰なんてしなくて良し!」

「銀さん…アンタみっともないですよいい歳した大人が」
「何とでも言え!どーせ俺は陰湿男なんで〜もう誰の言うことも聞きませ〜ん」
「開き直ってるよこの人!」
新八くんが何を言っても聞く耳持たずの銀さん。
どうやら私は一番触れてはいけないところに触れてしまったのだと、この時初めて気付いた。


「うちは常に人手が足りねェんで一刻も早く戻ってきて欲しいんですがねィ」
「うお!おまっ、毎度毎度勝手に入ってくんなよ!」
気付けば居間の戸ががらりと開き、そこには総悟の姿があった。

「ちゃんと声は掛けやしたぜ、アンタらがギャーギャー言ってるから聞こえてなかっただけでしょ、毎度毎度無用心にも程がありまさァ」
「何しに来たアルかこのドエス野郎!名前は返さないネ!絶対返さないネ!!」
「何言ってやがる、当の名前がうちに来るって言ってんでェ、返すも返さないもねェだろ」
そう言って総悟は紙袋を三つ私に手渡してきた。

「これ、必要最低限しか持ってきてねェけど」
紙袋の中身を見ると私の着替えや貴重品などが入っていた。
「他になんか必要なもんがあればうちの経費で落としとくから何でも言いなせェ」
「うん、ありがと」
「なんなら明日からうちに帰ってきてもいいんですぜ、こっから通うのも面倒だろィ」
「こらこらこらー!何をさり気なく名前を言いくるめようとしてんだよお前は!ったく、油断も隙もねーな」
銀さんは嫌そうな顔をして食後のいちご牛乳を飲んでは、総悟を目の敵にしていた。

「あと、うちのゴリもマヨも忙しいみたいなんで名前に早く手伝って欲しいって言ってやしたぜ?」
「で、でも…また一から教え直しじゃ皆さんが…」
「前からそんな難しい仕事をさせてた訳じゃねェんで大丈夫でさァ、お前は処理能力が高かったから何かと重宝してたんでさァ」
「ちょっとー!?話進めちゃってますけどぉ!名前ちゃんは復帰しないよ?させねーよ?!」
「んじゃ何ですかィ、このまま名前を万事屋家政婦として家事だけやらせとくんですかィ?外部との接触がないと戻る記憶も戻りやせんぜ」

そう言い放つと銀さんは返す言葉を失ってしまう。
私としては真選組で働けるなら少しは安心だと思っていた。
記憶に残っていないだけで、皆きっと顔見知りだから気持ち的にも楽だと思ったし、銀さんも真選組なら快く承諾してくれると思っていただけにこれは大誤算だった。
ここまで銀さんと真選組の仲が宜しくないとは思いもしなかった。

「銀さん、とりあえず週四とか三くらいはどうでしょう?リハビリのつもりで…」
「ぱっつぁん…昨日あんなこと言っといてテメーは一体どっちの味方なんだよ」
「あ、いや、ぼ、僕は名前さんの味方ですよ!記憶を取り戻すのを最優先に考えたまでですよ!?別に沖田さんの味方をしてる訳じゃ…!」
「確かに名前をずっとここに監禁しとくのはどう
かと思うアル」
「かっ…!監禁だなんて人聞きのワリーこと言うんじゃねーよ!!」
「だったらもう少し自由にさせてあげるネ、記憶なくなる前は名前はすごい自由人だったアル」

そうなんだ、私ここでも自由人だったんだ…
その辺は自分らしいなぁと、まるで他人事のような感覚になってしまう。

「んじゃ決まりですねィ、明日から宜しく頼んまさァ」
「週二だからね!週二!それ以上は俺が許しません!」
「うるさいネ銀ちゃん、いい加減見苦しいアル」
「見苦しいとか言うんじゃねーよ!普通に傷付くわ!」



「まさか本当に行く事になっちまうとはな…」
「ごめんなさい、銀さん…」
「名前が謝る事じゃねーけどよ…」
お昼前。総悟はあの後機嫌よくさっさと帰っていってしまい、神楽ちゃんはお友達と昼まで遊んでくると言って出ていってしまった。

新八くんは先程までは居て掃除と洗濯を手伝ってくれていたが、お昼からお通ちゃんというアイドルの親衛隊の集まりがあると言って帰っていってしまい、現在銀さんと二人で過ごしている。

「お給料貰ったら私も生活費払えるし、外に出て刺激受けたら何か思い出すキッカケになるかもしれませんし、それって一石二鳥だと思いませんか?!」
「別に名前ちゃんから生活費取るつもりはねーよ、俺の嫁さんなわけだし」
「っ…」
「俺の嫁さんって言われんの、もしかして…困る?」
「い、いえ…あの、その…慣れないと言うか…」
「なぁ、名前ちゃん」

やばい。この空気感はやばい。
また銀さんの過剰なスキンシップが始まる予感がする!
そう思ったのも束の間、やはり手を握られてソファの上で固まってしまう私。

「真選組…行ってもいいけどよ」
「は、はい…」
「浮気、すんなよ」
そう言った銀さんは私のこめかみに軽く唇を寄せる。
突然の事に顔が赤くなってしまう。いや、きっと耳まで真っ赤だ。

「特にあの瞳孔開いた目付きの悪いマヨネーズ馬鹿のチンピラ野郎には気をつけろよ」
「マヨ……あ、土方さんですか?」
「名前聞いただけでも胸くそワリーけど、あれが世間一般でイケメンと呼ばれてる部類らしいから、絶対近寄るなよ?!近寄ったら妊娠しちまうぞ!だから目も合わすな!口もきくな!」
「それじゃお仕事になりませんよ」

銀さんがあまりにも一生懸命になるのでつい笑ってしまう。
ふと自分に影が差す。ハッとすると、すでに至近距離の銀さんが目の前に居た。
「あ、ぎっ…銀さ」
「だいじょーぶ、何もしねーよ」

何もしないと言ったはずの銀さんは、握っていた私の手を持ち上げて口元に寄せると、かぷりと軽く指を甘噛みした。
ビクつく私を知ってか知らずか、また私との距離を縮めてくる。
今度は何をされるのかと構えてしまう。
そしてあまりに近い距離に私も耐えられなくなり、いつの間にか目を瞑っていた。

すると頬に温かくて柔らかいものがあたる。
「っ…!」
それがすぐに銀さんの唇だという事に気付くと、やっとおさまっていた頬の火照りが再熱してしまう。
「何もしねーって言ったろ?」
そう言ってにやりと笑った銀さんはすぐに私から離れてしまうと、昼飯でも食べに行くかと伸びをしながら窓の外を眺めていた。

ああ、このままこの人と居たらきっと…
いや、絶対この人のことを好きになる。

そう思いながらもその気持ちはまだしまっておこうと、私は銀さんの背中をじっと見つめていた。




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