「今日は一日、トシの仕事を手伝ってやってくれ」




平行線と境界線




近藤さんからそう指示を受けたのは隊士の皆さんの朝礼の後。
総悟はまだコンビニに行ったっきり戻って来ず、朝礼は終わってしまったようで土方さんは終始怒った顔をしていていつもより更に恐さが増していた。

「よ、よろしくお願いします……」
機嫌が悪いのは総悟のせいで、それを私に当たられないか若干の不安。
そして何よりの不安はこれから土方さんに本格的に仕事を一から教わると言うことだ。

土方さんの部屋で二人。
そこには何とも言えない空気が漂っていた。
「そんな緊張すんなよ、俺までうつるわ」
「あ…すみません…」
「別に変な仕事頼んだりしねぇから安心しろ」
変な仕事ってどういう仕事なんだろう。
真選組って言うくらいだから暗殺とか?スパイとか?そういう仕事とか普通にあるんだろうか。

「まずはこの書類、日付け順に並べてこれに挟んで書類庫へ頼む」
ドサリと大量の書類とファイルを私の机の上に置かれる。
こんなにあるのかとのっけから怖気付いていると、それを見透かしたのか土方さんは更に付け足した。

「まだこの三倍はあるからな」
「えっ?!そんなに?!」
驚きのあまり思った以上に大きな声が出てしまう。
「お前、リアクションは以前と変わらねぇな」
先程まで総悟のせいで鬼の副長だったはずの土方さんが急にふ、と微かに笑顔を覗かせた。

「ひ、土方さんって…」
「なんだよ」
「さぞ、おモテになるんでしょうね…」
「またそれかよ」
「え?!またって何ですか?!」
「あーいや…そうだな、お前は覚えてないんだよな、悪い」
「いえ…その、私って前にもそんな話したんですか…?」

ある意味私ってすごい無礼な奴だな…と思いながらも、やはりこの土方さんという存在が気になってしまうのは女子の性とでも言うべきか。
さっきまであんな怖い顔をしていたのに、急にこの顔で笑いかけられたら誰だってドキリとしてしまうと思う。
ましてやこの土方さんなら破壊力はかなり大きい訳で。

「前は“女弄ぶな”的なことも言われたぞ確か」
「……なんか……本当にすみません…」
よくもまあこの土方さんにそんな無礼な事を…
過去の自分とは言えど、なんていう図々しい奴なんだと少しばかり腹が立ってしまう。

「あと俺の隣歩いてると苦痛だ、とかも言われたな」
「ええ?!そんなこと言ったんですか私!?すっすみませんっ…」
一体どの状況で土方さんにそんなことを言ってしまったのか、全く想像もつかなったもののとにかく私は謝ることしか出来なかった。

「別に謝ることじゃねぇよ」
「いえ、何と言うご無礼を…」
「無礼って…お前、あれだぞ、俺たちは最初っからそんな上下関係あってないようなもんだからな」
「あって、ないような…?」
「お前がここで働き出す前から顔見知りだったし、何かと関わってきてんだから今更上司も部下も……っ」
そこまで言うと土方さんはハッとした顔をした。

「土方さん…?」
「いやいやいやいや!違うっ!断じて違うっ!」
「え?!何がですか?!どうしたんですか急に?!」
「俺たちは上司と部下には変わりねーわ!うん!そう!俺が副長で、お前がその助手みたいなもんだ!うん!そうだ!」

急にうろたえだした土方さんは何故か汗だくになって、勢いよく立ち上がると上着を持って“コンビニにタバコ買ってくるわ!”と言って足早に部屋から消えてしまう。
「ちょっ土方さん?!」
追って廊下に出るも、土方さんの後ろ姿はもう見えず…

「屯所内にタバコの自動販売機あるんじゃ…」
そんな私の声も届くわけもなく、虚しく空気となって消えていった。



「何を言おうとしてたんですか土方さん」
「うおぉっ!な、なんだよお前っ…帰って来てたんなら朝礼出ろや!」
「朝礼後に帰って来たんですよ、…でさっき名前に途中まで口滑らしてやしたけど」
「別にもう過去の話だろうが何話しても構わねぇだろ、万事屋がずいぶん喋っちまってるみたいだし今更…」
「違いやすよ、“俺らは上司でも部下でもねェ”ってとこ」
「お前…どこから聞いてやがった」
「人聞きの悪ィこと言わねェでくだせェよ、たまたま部屋の前まで行ったんで聞こえたんでさァ」

「嘘つけ!テメェまさか盗聴器でも仕掛けてんじゃねぇだろうな」
「気持ち悪ィ、何が楽しくて土方さんのしょーもない日常生活盗聴しなきゃなんねェんですかィ、そんなもん聞いたって時間の無駄でしょ、俺だってそんな暇人じゃないんで」
「お前の言葉のチョイスはわざとなのか?わざとムカつく言葉のチョイスしてんのか?もしわざとならそろそろぶった斬ってもいいよな?!」

「土方さんも言葉のチョイスには充分気を付けた方がいいですぜ、うっかり口滑らして名前に変なこと言っちまわないようにね」
「変なことって、…何もねぇよ」
「あれ、さっきのでやっと自覚したもんだと思ったんですがねィ」
「な、何が言いたいんだよテメェは」

「今まで散々興味ねェって顔してたのに、記憶がねェから掻っ攫うなら今だー、ってとこですか」
「んな訳ねぇだろ」
「まぁ土方さんクラスなら黙って優しくしてりゃ大抵の女は落ちるでしょうねィ」
「お前な…」
「それとも万事屋の旦那に悪いからそこはまた引き下がっときやすか?」
「別にアイツは関係ねぇだろ、そもそもそんな気は最初っからねぇんだよ」

「でも土方さん的には仕事とはいえ、毎日傍に居る名前がそろそろ可愛くなって来たんじゃねェですか?」
「っ…」
「あれれ、そこは否定しないんですかィ」
「っうるせぇ!!俺はタバコ買いに行く途中だったんだよ!しょーもない事で呼び止めんなっ!」
「タバコならうちに自販機があるじゃねェですか」
「う、売り切れてたんだよ!!」

「………嘘下手すぎんだろ、土方さん」





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