季節はすっかり初夏を迎えていた。




雨のある一日




「また今日も雨だね」
「俺の天パが今日も大爆発だわ…」
そう言って朝から銀さんは憂鬱な顔で傘を差していた。

季節は梅雨の時期に入り、雨ばかりの毎日に少し憂鬱な気分になっても仕方が無かった。
それ程に毎日が雨ばかり。洗濯物も乾かないし空気はジメジメ。
部屋は必然的に暗くなり、つられて気分まで落ち込んでしまう。

「あ、紫陽花が綺麗だよ銀さん!」
私が指をさして銀さんに言うと、銀さんは紫陽花を見るより私の方ばかりを見ていた。
「あそこの紫陽花は毎年綺麗なんだよ、そーいや去年も名前ちゃん一緒のこと言ってたな」
そう優しく微笑むと、やっと紫陽花の方を見て“今年もすげぇ咲いてんな”と言ってまた微笑んだ。

紫陽花の青紫と銀さんの髪の色のコントラストがなんとも幻想的でつい見惚れてしまい、今度は私が花そっちのけで銀さんを見ていた。
そして雨に打たれる紫陽花を後にして、私達は真選組に向かう。

「んじゃまた帰りにな、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
職場である真選組に復帰して二ヶ月。
この生活にももうほとんど慣れ、銀さんに送り迎えをしてもらうのも申し訳ないくらいだった。
それでも銀さんは私の記憶が戻るまで、と言って聞かず毎日にこうやって一緒に朝の通勤を歩いてくれていた。


「土方さん、おはようございます」
「おお、今日はいつもより早いな」
「土方さんこそ、朝稽古ですか?」
「まあな」
玄関先で出くわし、他愛ない話をしながら今度は土方さんと二人して廊下を歩く。
湿気でいつもより少し軋む音と雨の音以外、屯所内は静かだった。

「雨が続くな」
「土方さんは梅雨、嫌いですか?」
「むしろこの季節が好きな奴いんのかよ」
「私は嫌いじゃないですよ」
「こんなジメジメすんのにか」
「紫陽花とか綺麗じゃないですか」
「なんだよ、お前花好きだったか」
「他のはあんまり詳しくないですけど紫陽花はすごく好きなんです、たくさんお花付けてて華やかじゃないですか」

雨の多い季節に見るから余計に綺麗に見えるのだろうか。
風情、とでも言う感じだろうか。
「んじゃ、ここの庭にも植えてみるか」
「え?」
「うちは男所帯で殺風景だからな、そういうもんもあっていいと思うが、お前はどう思う?」
「いいと思います!すごく!」
「じゃあ近藤さんに話通したら女中に手配しておくように言っとく」
「私がやりますよ!庭仕事くらい任せてください」

紫陽花だけじゃなくって、もっと季節の色んなものを植えたい。
近藤さんに交渉してみよう。
春には桜、夏には紫陽花、秋には紅葉、冬にはサザンカやツバキがいいな。

「…来年が楽しみだな」
ボソリと低い声が微かに耳に届いたので、この声の主である土方さんの顔を見ると目が合った。
「そうですね!」
すぐそっぽを向いてしまっていた土方さんに笑顔でそう言うと、咳払いで返事をされたのでまた少し笑ってしまった。


「あー腹減った!」
「近藤さん、今からお昼ですか?」
「おっ!名前ちゃんも今からかな」
「はい、事務仕事片付けてお昼から庭の手入れをしたくて」
「早速やってくれるのか!男手ならいつでも貸すから遠慮なく言ってくれよ」

午前中のうちに話を通しておいてくれた土方さんは、午後から松平さんと会合とかでもう出掛けて行った。
午後は自由にしていいと言われたので、早速庭の手入れにかかる事にした。

「女中さんが毎日草抜きしてくれてるのでいつもお庭綺麗ですよね」
「ああ、うちの女中さんたちは皆気が利くからなぁ」
「料理も美味しいですし、あ!今日はハンバーグですね!」

二人で和気あいあいと今日の定食セットを持って食堂のテーブルに付いた。
近藤さんはここで一番偉い人とは思えない程にフレンドリーな人で、始めは正直対応に困ってしまった。

企業で言えば社長と言う位置に君臨しているにも関わらず、周りにはボロカス言われてるし仕事しないでお妙さんを追いかけ回しているらしいし…

でも根は真面目な人で、すごくいい人だし優しいし器は大きいし気が利くしで普通に見てる分ではすごくいい男なんだと思う。
ただ、振り幅が大きすぎて何だか良く分からない人物でもあるのは事実だった。


「あれェ、お二人さん仲良くお昼ですかィ」
「総悟も今からお昼?遅かったんだね」
「おー、総悟お疲れさん」
色々話しながら近藤さんとお昼を食べていると、これからお昼らしい総悟が顔を見せた。

「何だかそうやって並んで飯食ってるとお二人さん、夫婦みたいに見えやすねェ」
「そ、そうかな」
急に何を言い出すのかと、近藤さん本人を目の前にして変に意識してしまう。

「名前さんみたいな綺麗な人と夫婦なんてっ…!願ったり叶ったりだ!」
「褒めても何も出ませんよ近藤さん!」
若干不自然に笑い合う私と近藤さん。
総悟の余計な一言によって、こうやって日々振り回される日々が続いている。

「その気にならねェでくだせーよ近藤さん、アンタにはメスゴリラ姐さんがいるじゃねェですか」
「言いだしっぺ総悟なのに?!」
「ま、あんまこういうこと言うとまた万事屋の旦那にお叱り受けそうなんでこの辺でやめときます」
一通りいつものように私達をからかっては総悟は満足そうに近藤さんの隣の席に腰をおろした。

「そう言えば、明日病院だったよなお前」
「うん、朝一でね、午後からは仕事出るから」
「あーそっか、名前ちゃん検診明日か」
今度は三人でご飯を食べながら、二ヶ月たった今もまだ記憶が戻らない私の通院の話になった。

「なんか思い出した事とかねェのかよ」
「うーん…最近何となくデジャヴ?って思うようなことはあるんだよね」
「デジャヴ?」
「初めてのはずの場所なのに、ここ歩いたことあるなーって思ってたら前に銀さんたちと来てたとか」
「なるほど、脳は覚えてるってやつか…」
「総悟、あんまり無理して聞き出すなよ、名前さんだってやっと今の生活に慣れてきたところなんだし」

近藤さんはそう言ってやんわりとフォローしてくれる。
「なんでェ近藤さん、このまま思い出せねェ名前を徐々に自分の懐に入れちまおうなんて企んでやしませんか」
「そっそんなこと思ってないしぃぃ!俺は別に!あれだよ!名前さんに無理させたらダメだと思ってる訳で!ここ二ヶ月全然支障なく生活してる訳だし!!」

「近藤さんといい、土方さんといい…こりゃ旦那にまた本格的に報告しなきゃならねェことが増えやしたねェ」
「本格的に報告?!なに?!どーゆーこと?!」
「そういうことでさァ」




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