「いい加減、ハッキリしてくんね?」




もう一人の自分に




嫌な夢を見た。
嫌な夢、と言ってしまうと誤解を招きそうだけど、起きた瞬間に心の奥底がどんよりした気持ちだったからだ。
折角仕事が休みの今日だと言うのに、目覚めの悪さに起きて早々ため息が漏れてしまう。

隣で寝ている神楽ちゃんはここ二ヶ月、ずっと私と一緒に寝てくれている。
それもあって、銀さんが夜に飲みに出ようが今まで寂しい夜を過ごしたことはなかった。
安心しきっていたのに今頃になって変な夢を見るなんて。

「ちょっと早起きしすぎたかな…」
時計の針は朝の六時過ぎを指していた。
休みの日に限って早起きしてしまうのは結構ある事だ。
でも、起きていくにしても居間のソファには銀さんが寝ている。

昨日は確かかまっ娘クラブの仕事に行っていたはずだから帰りが遅く、多分寝てからまだ数時間しか経っていないと予想できる。
それに先ほど見た夢があまりにも気分のいいものではなく、私は半ば仕方なく布団に潜り込み直した。


「記憶は戻らねぇ、俺とのこともハッキリしねぇ、お前なんでここにいんの?」
夢の中の銀さんは、とても私に冷たかった。
「もういいから、あいつらんとこさっさと帰れよ」
そう言って指をさした先には土方さんと総悟と近藤さんがいた。

嫌だ、そんなこと言わないでと思って銀さんの方に視線を戻すと、そこにはお妙さんと月詠さん、さっちゃんさんが居て銀さんを取り囲んでいた。
「俺はこっちで勝手にやらせてもらうから、じゃあな」
銀さんはこちらに見向きもせず、背を向けてその三人と一緒に消えていってしまった。

そこで目が覚めた。
あまりにもリアルな感覚で、先ほどの言葉が耳に残っているようだった。
目を瞑るとまたその夢を見てしまいそうで、薄いタオルケットにくるまってほかの事を考えようと思考を巡らす。


「ダメだ…」
三十分程経っただろうか、今度はトイレに行きたくなってしまう。
こればっかりは不可抗力なので、私はまだ夢の中であろう神楽ちゃんの横を静かに通り過ぎトイレに向かう。

ふすまを開けるとソファで横になっている銀さんの背中が見える。
ソファの背もたれにまるでしがみつくように寝ている銀さんはずいぶんお疲れのようにも見えた。

静かに居間のドアを開け閉めして、トイレを済ます。そして来たついでにと台所に寄って水を飲んだ。
少しは落ち着いたけど、やはり心のどこかしらがモヤモヤしていて、私はグラスを手に持ったまま底に残った水をただじっと見つめていた。

もし、夢の中で言われた事が…
もし、それを少なからず銀さんが思っていたら。
もしもの事なんて考え出したらきりが無いが、ここ二ヶ月間誰も私の事を責めなかった。
それが逆に怖かった。

何か思い出したことは?と聞かれれば、特にない。と返す。
それがもう二ヶ月も続いている。
銀さんの恋人、夫婦であるにも関わらず銀さんとの距離はずっと平行線のままだった。
このままずっと交わることのない関係を続けていける訳もなく、きっとその自分の葛藤みたいなものが夢に現れてしまったのだろうか。

「潮時…なのかな…」
そろそろ真選組に戻るべきか。
最近はそう思い始めてもきた。
記憶が失われる前の生活に戻すべきか。
通院しているカウンセラーの先生にも何度かその提案をされたけれど、私は受け入れて来なかった。

銀さんは記憶が戻るように、とここへ私を連れてきてくれた。
私もここに居たかったから居ることを選んだ。でも簡単に記憶が戻ってくれることはなかった。
この先ずっとこのままなのかと疑問を浮かべれば、やはりまた違う環境に移すべきなのでは、とも思う。

「うーす、早いな名前ちゃん」
びくりと肩が揺れる。
あまりに考え込んでいたせいか、銀さんが起きてきたことにも気がつかなかった。

「ご、ごめん、起こした?」
「いや、昨日ってか今日飲みすぎたもんで便所近いわ喉渇くわで寝れねーの」
アクビをしながら銀さんは私の持っていたコップを奪って残っていた水を飲み干した。

「目、冴えちゃって…」
「なんか嫌な夢でも見たのか?」
「え…」
「なんか冴えねぇ顔してる、せっかくの休みだってーのに」
「あ…うん、まあね」
「どんな夢だったんだよ」
「そ、それは…」
「どうせ俺が浮気した夢とかだろ?そういや前にそれで寝起きに平手打ち喰らったことあったな…」

的を射ていると言うか、ほぼ正解と言うべきか。
変に勘のいい銀さんは時々こうやって私の思考を当ててしまうのだ。

「夢と現実の区別ぐらい付けてくれよー?」
「あはは、そうだね、今度は平手打ちしないように気を付けるよ」
「さてと…俺はもうひと寝りすっか、神楽起こして部屋変わって貰わねーと」

ここ最近の銀さんは私に指一本触れない。
前の過剰なスキンシップがある日を境にパタリとなくなったのだ。
それはまだ私がここに来たばかりの頃。
“生殺しのままではキツイ、それならいっそのこと触るなと言われた方が楽だ”そんな感じの事を言って銀さんはその日から私に触れなくなった。

「ぎ、銀さん…」
「んー?」
眠気眼の銀さんは首だけこちらに振り向いた。
目は合わない。まるであの夢のように。

「っ……名前…ちゃん…?」
私は銀さんの背中にしがみつくようにして抱きついた。
男の人になんて久しく触っていない。でも、体はどことなくこの感覚をつい最近まで知っていたような、そんな不思議な気持ちになった。

「…銀さんは…まだ」
私は何を聞こうとしているのだろうか。
驚いたのか、銀さんは微動だにせず、ただ黙って私の行動を受け入れてくれていた。
そしてもう一人の私が、“その質問は卑怯だ”と言っているようで声に出すのに一瞬戸惑ってしまう。

「まだ…私のこと、好きで…いてくれてる…?」
今この状況でこんなこと聞くべきじゃない。
ハッキリしていないのは自分だと言うのにこんな質問は卑怯だ。
きっと銀さんは困っているだろう。
それでも無下にされないのは分かっていた、銀さんは優しいから。
分かってて聞いているなんて最低だ、私。







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