「雨の日ってのはどうも好きになれねぇ」




雨上がり、メビウスの輪




先ほどまた二度寝すると言ったはずの銀さんだったが、彼は私の“まだ好きでいてくれているのか”と言う質問に少なからず驚いたようで、今こうして早朝にも関わらず居間のソファに二人して座っている。

深刻な話になるのかと、私は内心ドキドキしっぱなしでなんでそんなことを聞いてしまったのかと後悔している真っ只中だった。

「今日は雨降ってないみたいだけど…?」
雨の日が好きになれないと言った銀さんだったが今日の天気は梅雨期間中での貴重な晴れのようで、朝にもかかわらず日差しがすでに部屋に差し込んでいた。
「今日は、な…」
眉毛を下げてこちらを見て笑う銀さんは何となく寂しげで、私の心までもぎゅっと締め付けられる程だった。


「雨の日になると、名前ちゃんにフラれた日を思い出すんだよなー」
急にいつもの調子に戻った銀さんは背伸びをしながらソファの背もたれに体を委ねていた。

「だからヤなんだよ、雨は」
「銀さん…」
一体何があったのかはまでは聞けなかった。
前にもそんな話をちらりとは聞いたことがあった。
そして自分の事ではあるのだけれど、どうしてか聞いてはいけないような、そんな気がしてしまっていた。

「雨が続くと夢見ちまうんだよな、あん時のさ……っても名前ちゃん覚えてないか」
ごめんごめん、と笑った銀さんは本当にいつも通りでこちらとしてはそれが何か違和感を感じさせた。

もしかして、このまま…今度は私が別れを告げられたらどうしようか。そんなひとつの不安がよぎる。
おもやそれしか思い浮かばない状態だった。
この流れはきっと別れを切り出される、そんな予感ばかり感じさせた。

「ぎ、ぎん、さ…」
「ちょ、そんな顔すんなよ名前ちゃん」
察しのいい銀さんは何かを感じとったのか、それともあまりにも私の顔がいつもと違ったからなのか少し焦っていた。

「ごめんなさい…私、きっとこの先も…思い出せないかも……ずっとこのままかもしれない…っ」
“そしたら銀さんは?”その最後の言葉を、怖くてどうしても聞けなかった。

「別にいいって、名前はここに居てくれるだけでいいんだからよ?記憶がどうとか、実はもう結構どうでもいいんだよ」
涙が出るのを必死で堪えた。
銀さんはずっと優しい。きっと彼は過去の私にもずっと優しかったんだろう。
そんな彼から、私は私自身を奪ってしまった。

「ごめんなさい…っ…銀さんごめんなさいっ…」
謝ることしかできなかった。謝ってもなんの解決にもならないのに。
なんで私はこんな大切な人のことを忘れてしまったんだろう。

そして、過去の私はどうやって銀さんに気持ちを伝えたのだろうか。
そんな少し前の自分に微かな疑問を浮かべた。


「名前、俺は今でも何ひとつ気持ちは変わってねーよ」
そう優しく言って、銀さんは私の頬に伝っていた涙を拭ってくれた。
「銀さん…」
折角拭ってくれたのに、またその上から涙が伝う。
我慢しきれなかった想いが溢れ出すとは、こういう事なのだろうか。

「…そんな顔してっと、つけ込んじまうけど?」
「っ…」
頬を男の人の大きな手で包まれる感覚に胸がときめくのと同時に、唇に柔らかくてあたたかいものが当たる。
それは紛れもない、銀さんのもので…

「……あのー、名前ちゃん?目ぇくらい瞑ってもらえます?」
驚きのあまり目を閉じるどころか見開いてしまう。
銀さんの顔をかなりの至近距離で見ていることを指摘され、そこで初めて自分が目を開いたままだという事に気付く。

「あっ…ご、ごめんなさい!」
指摘された事に羞恥を覚え、今度は目をギュッと瞑る。
するとまたあたたかな、そして銀さんの匂いに包まれた。

唇が離れると銀さんはどこか落ち着かない様子だった。
「銀さん、どうしたの…?」
「あー、いや、その…なんつーか…やっぱ神楽いるからまずいよな?」
「え?」
「この続きをすっげぇしたいんですけど!まずいかな?!やっぱまずいかな?!見て見ぬフリとかしてくれるかな?!」
「だっだめです!いろんな意味で!」
「え?!いろんな意味でってどういうことぉぉ?!」
「神楽ちゃんが起きるから静かに!」
一通り押し問答をして、それでも神楽ちゃんは起きなかったのか、ふすまが開くことはなかった。

「朝の散歩でも行くか?」
「銀さん眠くないの?無理しないでね」
「酔い覚ましにはちょうどいいし、久々のこの天気だ、行こうぜ」
私たちは軽く身支度をして、万事屋を出た。
すでに日差しは照っていて、真夏日になりそうな日を予感させる程に空は青々としていた。

「こりゃ帰ったら久々に布団干さねーとな」
「洗濯物もたくさんしないとね」
天気がいいと言うだけでこんなに気持ちが晴れやかになるものかと、青い空に向かって少し笑いが込み上げる。

そして、先程の銀さんの言葉一つで私の悪夢も消え去っていってしまった。
この晴れた空のように、銀さんは私の気持ちを大きく変えてしまう存在なのだ。



「私、銀さんが好き」
河川敷を歩き始めた時に、意を決して少し前を歩く銀さんに伝えた。
銀さんは足を止めたものの、こちらには振り向かなかった。

最初は意識していただけの銀さんに、いつの間にか彼の優しさや気づかいに惹かれていた。
何よりどんどん特別な存在になっていくのが分かってから、そういった対象として見始めていた。

「あー、うん、…俺も」
振り向かず、それでも頭をガシガシと掻いている銀さんは顔は見えなくても照れているのが分かった。
私はなんだかそれが嬉しくて、心の中が大きく満たされた。

思い出せなくても、私はまたこの人に恋をするのはきっと運命だったと。
まるで少女漫画のような、そんなこそばゆい言葉が浮かんでしまうのだから、私もまだまだ乙女心は持ち合わせているんだと驚いた。

「なんか、アレだな、今更と言うか再確認するとすげぇ恥ずかしいんですけど」
「今の私にとっては初めての確認ですけど?」
「…て事はだ、今の名前ちゃんは俺とヤんのも初って事だよな!うおー!なんか緊張と変な興奮がっ…!」

「……サイテー」






-end-



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とりあえずここで一段落です。

まだまだ続きますので、この後のシリーズもお付き合いいただけると嬉しいです。

2015.7.20 西島

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