「潜入捜査ってのは山崎の管轄だろ」




後輩が入ってこない限り自分がずっと後輩




「その肝心の山崎が夏風邪ひいちまったんで土方さんに頼んでんじゃねェですか」
「なんで俺なんだよ、他にも監察方は居るだろうが」
「残念ながら他の監察の奴らは遅い盆休み、有休消化などで休んでまさァ、嫌なら夏風邪で高熱出して死にそうに唸ってる山崎引っ張り出して来やしょうか?」
「わーったよ!やりゃあいいんだろ!つーか他の監察共切腹命じとけ!何でアイツらこんな時にかぶって休み取ってんだよ!アホなのか?!警察なんだと思ってんだ!」

一通りのやり取りを見ていた私はなぜここに呼ばれているのか皆目検討も付かず…
ただ二人のケンカ一歩手前の話を聞いているだけの時間が過ぎていた。

記憶が戻らないまま処暑は過ぎ、残暑ながらも季節は秋を迎えようとしていた。
日差しは暑くても木陰の風は気持ちよく、夕刻になれば過ごしやすい日が続く。
この日常にも完全に慣れてしまった私。
同じく周りも記憶が戻らないままの私を何とも思わないようになってきていた。

「てな事で、名前もよろしく頼みまさァ」
「え?!何が?!」
「お前話聞いてなかったのかよ、何の為にここに座ってたんでィ」
「いや…総悟がここに座れって言ったから座ってただけで…」
「ちょっと待て総悟、お前まさかコイツも巻き込む気じゃねぇだろうな?!」
「巻き込むって言い方はよしてくだせェよ、これも立派な副長様のサポート、助手としてのお仕事でさァ」
そう言った総悟は幾つかの書類を土方さんと私に渡し、また淡々と話を進めていた。

要は潜入捜査で敵の懐に潜り込んで来いと言う話だった。確かにこれは監察方のお仕事だ。
潜入捜査なんて聞こえは物騒だが、私みたいな素人でも出来るような簡単なものらしく、それを聞いたら少しだけ安心してしまう。

「お二人さんは普通にイチャつきながら店に入って行って店の配置図頭に叩き込んでくだせェ、あとは主に写真、それと何か物的証拠があればそれも頼みまさァ」
「おい、普通にってなんだ、普通にイチャつきながらってどういう事だ」
「そんな過敏に反応しねェでくださいよ土方さん、店が店なだけにカップルじゃねェと成立しねェんでさァ、あとは出来たら店員と仲良くなって名前なんかも聞き出しといてくだせェ」

テキパキと支持を出す総悟が珍しくてその姿をじっと見てしまう
すると書類を見ていた総悟とふと、目が合った。

「なんでェ」
「あ、いや…総悟がちゃんと仕事してるの初めて見るなぁって…」
「人が普段仕事してねェみたいな物言いだな」
「いや、実際してねぇだろお前」
「土方さんに言われたかねェですよ、記憶なくした名前を変わらず傍に置いとくなんて一体何考えてんだか、まあ俺には魂胆見え見えですがねィ」
「ハァァァ?!魂胆ってなんだよ?!何も考えてねーわ!俺は日々仕事してるだけだわ!仕事に追われて毎日そんな暇もねーわ!」
「“そんな暇”ってどんな暇なんですかィ」
「いいからとっとと仕事の話をしろっ!」


総悟曰く、そのお店はカップル専用のバーらしい。
いわゆるカップルシートばかりのお店で、男が一人で入るような店ではないそうだ。
だから私が抜擢されたのか、と少々納得も出来た。
真選組には女中さんと私以外に女性が居ない。
もちろん女中さんにそんな事をさせる訳にもいかず、土方さんの助手の私に話がくるのは自然と言えば自然だ。

「総悟が女の子の格好して土方さんと潜入するのはダメなの?」
「は?お前それ本気で言ってんのか」
「総悟ならバレないと思うけど…」
「そっちじゃねーよ、俺が土方さんと腕組んでイチャついてるとこ見てェのかって話だよ」
「…ある意味見てみたい、かも」
「悪趣味すぎんだろィ、死んでもやりたくねェ仕事でさァ」
「そりゃこっちのセリフだ、さっきから黙って聞いてりゃテメェなぁ」

この二人が仲良く腕を組んでいる姿なんて、地球がひっくり返ってもまず有り得ないんだろうな。
私は遠い目で二人を眺めながら、どうしたもんかと困り果てていた。

いくら仕事とは言え、これ以上土方さんと親密度を高めてしまうとなると銀さんが黙っていないだろう。
例えこちらが何も言わずにいても、総悟と言う人間拡声器がきっと万事屋にわざと出向くに違いない。かと言って口止めするのもなんだか罪悪感が…

「んじゃ、早速今晩頼みますぜ」
「は?!え?!…今日?!」
「攘夷のヤクの売人を炙り出す簡単な仕事でさァ、こんなのサクッと行ってサクッと終わらせて来てくだせェよ、まだまだこの手の仕事は山積みなんで面倒掛けねェでくだせェ」

今日はやたらと仕事をテキパキ分担している総悟。
こりゃそのうち台風が来そうだな。
しかし土方さんが居るとは言え、私みたいな素人がついて行っていいものか考えものだ。

「土方さん…」
「そう心配すんな、お前は単なる付き添いってことで隣に居てくれりゃいい」
そう頼もしく言った土方さんはタバコに火をつけて紫煙をひと吹きする。
その姿が自然なのにやたらと様になっていたのと、セリフの格好良さが相まっていつもよりイケメン数値が倍増していた。
頼もしすぎます、土方さん。



「よし、んじゃ行くぞ」
「は、はい!宜しくお願いします!」
「いや、そんなガチガチで言われても…今から行くとこ分かってんのか?」
もっと自然にしろよ、と普段着の土方さんに言われるも私は色んな緊張が入り乱れてそれどころではなかった。

「ほらよ」
そう出された腕にビクつくと、土方さんは面倒クセェ反応すんなよと私と同じように少し赤面する。
「まるで付き合いたてのカップルみたいですねィ」
サクっと行ってこいと言った張本人の総悟が、出掛けの私たちに声を掛ける。
だいたい誰のせいでこんな事になったと…

「せいぜい旦那に見つからないように頑張って来いよ」
「仕事だから別にやましいことはないし!全部総悟のせいにするし!」
いきり立って総悟にそう言ってやると、後ろにいた土方さんに手をひかれる。

「コイツの事は放っておけ、さっさと行って帰ってくんぞ」
「あ、は、はい!」
自然と掴まれた手がやけに熱いのは私のせいか。
それとも土方さんのせいか。


「まあ別に普通の居酒屋みたいなもんだろ、飯食って帰るくらいの気持ちで行きゃいい」
「は、はい…」
「何だよ、仕事なんだろ?いい加減割り切れよ」
えらく淡々とした土方さんは場慣れしているのか、平然と私の手を取ったまま店に入って行った。

店に入れば普通のオシャレな居酒屋で、雰囲気も至って普通だった。
男性の店員に奥の席に通されると、そこはカーテンで軽く区切られ個室のようになった横並びの二人席。
促されるまま、そこに土方さんと隣あって座る。
目の前には人工の滝がライトアップされ、水が静かに流れていてカップルがいかにも好きそうな雰囲気を醸し出していた。

「狭いだろ、もっとこっち寄れよ」
そう言われても、既に至近距離の土方さんに心臓が爆発寸前だった。
頭の中では“私には銀さんがいる!銀さんがいる!”と唱えながら、土方さんへの邪念を拭い去ろうと必死になるも、この雰囲気のいい場所でこのイケメンが隣にいたら女はイチコロだろう。

「お前も適当になんか飲めよ」
「え!で、でも仕事中…じゃ…?」
「こんなとこ来て二人して水かお茶とか怪しすぎんだろ」
「そうですよね…」
「それとも酒、医者に止められてんのか?」
「いえ、そういう訳では…」

さり気なく私の体調や気持ちを察してくれる土方さん。
記憶を無くしてからと言うもの、土方さんは私に優しい。いや、きっとこの人は元々優しかったのだろう。
そもそもの土方さんを覚えていないので、そのへんはいまいち分からないけれど、見た目とは逆でよく気の利くできた人だと思う。

夕飯替わりにと、適当に食べるものを頼みお酒も一杯だけだと決めて土方さんと乾杯した。
「ここに来てビールっつーのがお前らしいな」
「す、すみません…オッサン臭くて…」
「いや、俺はいいと思うが…変に甘いの頼まれても飯と合うのか疑問だからな」
「やっぱり一杯目はビールですよね!」

久しぶりのお酒をまさか土方さんと一緒に飲むとは思わず、少し不思議な気持ちになった。
普段は気を使ってくれているのか、銀さんはお酒の席に私を誘わなかった。
やはり周りは体に障るんじゃないかと思っての事らしい。

美味しそうな食事が幾つかテーブルに届くと土方さんに不穏な動きが見られた。
「土方さん!ダメですよ!」
周りに聞こえないくらいの小声で土方さんを制す。
彼はいつものように懐から持参したマヨネーズを出そうとしていた。

「なんでだよ!?」
「目立つことはするなって総悟に言われてるんです!だからマヨネーズは!」
「飯にマヨネーズかけるのが目立つことかよ!全然自然だろ!マヨネーズをなんだと思ってんだ!」
「土方さんはかけちゃいけないものまでかけるから目立つんですよ!全然自然じゃないものにまでかけちゃうから!今回は我慢してくださいっ!お願いしますから!」
土方さんの腕に半ばしがみつくようにして、マヨネーズを掴ませないようにする。

「ほ、ほら!この鶏肉!ポン酢かかってますよ!美味しそうじゃないですか!」
「ポン酢にはマヨネーズが相性いいからな!ここはマヨネーズの出番っ…」
「ポン酢で充分ですからっ!マヨ要りませんから!マヨは出しゃばらないでくださいっ…!」

土方さんの腕を何とかして懐から引き離そうと引っ張るも、それに負けじと土方さんもマヨネーズを出そうと必死になっていると力のタイミングが悪かったのか土方さんがこちらに寄りかかってくる。

「っ…」
今までで一番近い距離の土方さんに忘れていた心臓の鼓動がまた爆音を鳴らす。
あまりの近さにこの心臓の音が聞こえていないかと心配になる。
これから仕事でギクシャクするのはごめんだ。

「俺のが…」
「へ?!」
低い声にドキリとして、つい声が裏返ってしまう。
「早く出会ってれば…」
途切れ途切れではあったものの耳に届くその言葉に、急にどうしてしまったんだと少しながらオロオロしてしまう。

「…なんでもねぇ、ちょっと厠に行ってくる」
すくっと立ち上がると、いつも通りの土方さんのしっかりとした足取りでお手洗いの方へと姿を消してしまう。

私は未だに暴走している心臓の音と熱くなった頬を鎮めようと、汗のかいたグラスに入るビールを一気に飲み干した。




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