人は中身が大事ってことに気付くのは、だいたい二十五歳過ぎたくらいからだ。




適齢期って何基準




あれから九日。
新八くんの誘いを断って、なんだか新八くんとも気まずくなってしまったままだ。
彼は関係ないのに。今度会ったらなんて声を掛けよう。

「俺デラックスステーキプレートと山盛りポテトと唐揚げ、あとデミグラスオムライスとカルボナーラ大盛りで」
「ちょ、総悟くん頼みすぎじゃないですか、ね…?」
「お前、俺との約束忘れてねェだろうなァ」
「奢るとは言いました!確かに!でも限度があるでしょ?!ちょっとは遠慮してよ鬼畜警官!」
目の前のファミレスの店員さんが困っている。真選組の隊服を着たまぎれもない警官と、それにたかられている女。
こんなの見てこの店員のお姉さんはどう思っているんだろう。

「どれか一個減らしなよ、お腹壊すよ?ね?」
私は困っている店員さんを気にしつつも、一番気にしなければならない自分の財布の中身を優先しようと総悟に提案を持ちかけた。
「俺ァ成長期なんでこのくらいすぐ吸収しちまうんで、ご心配なく」
「私の財布を心配してよ!」
結局そのままオーダーが決定してしまい、今月マジ終わった…と絶望に淵に堕ちた。
机を挟んだ真向かいにはハハっと鼻で笑いドヤ顔を決める少年。それを見て今は苛立ちしか感じなかったので私は悪態を突いてやることにした。

「成長期のくせにドチビ!総悟なんて横にばっか成長してしまえ!」
「ハ、言ってろ、何年後かにスラっと背ェ伸びてお前が隣に並ぶの恥ずかしいと思うほどの美青年になるからよォ」
そう言って机に肘を付いて笑う顔は少年だけど妖艶で。総悟ならきっと本当にそうなってしまうんだろうなあ、と簡単に想像が出来てしまったので反論し損ねてしまった。

「まぁ二、三年後だとすると、お前…ババァだな」
「バッ!ババァ?!三十路でババァって世の中のアラフォーとか諸々の人に謝れ!人類の全てに謝れ!」
「十代にとっちゃみんなババァでさァ」
「言っとくけどね!私は総悟の歳で成長期終わってたから!総悟ももう止まっちゃったんじゃないのその身長で!可哀想に!」
負けじと私は総悟に喰ってかかっていると、先ほどの店員さんが山盛りのポテトを持ってきた。それを早速我が物顔で食し始める鬼畜王子。

「女と一緒にすんなよなァ、女は初経が来たら成長止まんだろうけど男は二十歳過ぎても成長するんだよ」
「しょ、初経とか言うな!その顔でサラっと言うな!」
「お前初経いつだったんだよ?」
「んなこと聞くな!」
「俺の歳で止まったってことは十八か、それって遅くね?」
「違うわ!十二の夏だよ!」
「うわァ、すげぇリアルなんですけどそれ」

会話の流れとは言え、私はなんで総悟に初めて生理が来た日を教えてんだ!徐々に赤面する私に向かって総悟はポテトを摘みながら下品な話を続けていた。
「なんでェ、んじゃあれかァ、夏ってことは初経でプール休んでた感じかァ」
「なんの話?!そして勝手にそんな想像すんなバカ!」
早く話題を変えたい。あの店員さんがまた何かを持ってくる前に。
こんな下品な話を聞かれたらもうこのファミレスには二度と来れない。

「なァ、名前」
「な、なに…」
急に名前を呼ばれて少し驚いてしまった。
呼ばれたことはあるけど総悟は私のことを九割“お前”呼ばわりするからだ。
「お前、ガキ欲しいと思ったことは?」
「は?!」
「子供だよ、子供……もしかしてすでにいんのか?」
「い、いないよ!結婚もしてないし!相手すらいないし!」
「その歳で相手がいねェのは痛いとこだな」
「ほっとけ!」
ほんとにほっとけ!
総悟の言葉のせいで急に親に言われたことを思い出してしまった。
そろそろ結婚は?早く子供産んどかないと。近所の○○ちゃん結婚したそうよ。あんたは?彼氏くらい居るんでしょ?今度紹介しなさいよ。
思い出すだけでイライラしてきた。

「総悟、親みたいでウザイ」
「その歳なら言われて当然だろうねィ」
「別にまだ三十になってないし」
「安心しろィ、三十過ぎたら誰も相手にしなくなりまさァ」
総悟は親より言うことが酷いな。しかも正論ばかり言ってくるのでこっちはグウの音も出なくなる。

「そうなる前にガキの一人でも産んどかねェか?」
「は?」
一体何を言い出すのやら。でも総悟自身は至って真面目なようだ。
それは、つまり、えーと、どういうこと?
「うちのゴリラ局長の子を産んでくだせェ」
「は?」
「この際贅沢は言わねェ、子供はメスでも構わねェ」
「…は?」
「跡継ぎがいねェんじゃ真選組も張り合いねェんでさァ」

どいつもこいつも…!馬鹿げてる!
「総悟…本気で言ってるなら本気で怒るよ?」
「おーマジで怒ったらどうなるんでィ」
「二度と口聞かない」
「絶交ってやつかィ、お前子供かよ」
総悟にそう言われた瞬間、銀さんのことが一瞬頭をよぎった。

「喧嘩ってのはなァ殴り合い、もしくはくどくどネチネチ永遠と根に持って相手を精神的に弱らせて最終的には二度と自分に逆らえないように上下関係性を作るのが喧嘩の骨頂ってモンだろィ」
「なんか途中からとんでもないこと言ってるよね」
「口聞かねェなら聞かねェで相手に無言のプレッシャーくらい与えとかねーとなァ、俺を怒らせるとどーなるか…まぁ俺的にはシカトはシカトでも相手がもう見えてねェ、この世に存在してねェってくらいのシカトを決め込んで存在自体を否定してやりますがねェ」
「それもう喧嘩とかの粋超えてるよね?相手病んじゃってほんとにこの世から存在消しちゃうパターンのやつだよね?」

総悟は目を輝かせながら活き活きとそんな悍ましい話に花を咲かせている。
店員さんが引きつった笑顔で次々とオーダーしたものを持ってきてくれた。きっと話は聞かれていた。
しかも一番恐ろしい部分を聞かれていただろう。

それならまだ私の初経の話を聞かれた方がよっぽど良かった、と思っても後の祭りだ。
このファミレスにはとうぶん顔を出せないな…と心の中は残念な気持ちでいっぱいになった。


その後も他愛ない話をしていると総悟の携帯電話が控えめに鳴った。
あれだけあった沢山のご飯はほとんど総悟の腹の中に収まっていて、フォークを右手に持ったまま反対の左手で携帯をポケットから取り出し電話に出る。
電話口の声までは聞こえなかったけど、話し方からして多分相手は真選組の局長、近藤さんだ。

私は総悟が頼んだものに少しずつ手を出して、唐揚げが残りひとつだったのでそれにも手を付けようとした。
私のお箸が唐揚げを挟んだ瞬時、総悟のフォークがその唐揚げをブッ刺した。
「俺のモン取るなんて百年はえーんだよ」
私に向かって総悟は右の口角を上げてニヤリと笑う。
電話口の近藤さんが何か言っているのか、総悟は「イヤ、コッチの話でさァ」と何事もないように話を続けていた。

電話を切るなり総悟はまたメニューを手に取りパラパラと品定めをしている。
「え、まさか、追加とかしないよね?ね?」
「喜べ、今からいいスポンサーが来るぜ」
そう言って総悟は甘いものがズラっと載っているページを開き、お前はなんにするよ?と珍しく私にもすすめてきた。
総悟は結局チョコバナナパフェとあんみつを頼み、私は後の会計が怖くて何も頼まなかった。
残ったポテトを摘みながらまた世間話を続けていると、先程の電話から五分もしないうちに総悟の言ったスポンサーの意味が分かることになる。

「総悟、やっぱり名前さんと一緒だったのか」
「あ、近藤さんこんにちは」
「やあ、久しぶりだな名前さん、いつも総悟が世話になってるみたいですまないな」
「はい、お世話してます」
そう堂々と言う私に近藤さんは爽やかに笑い、総悟の隣の椅子に腰掛けた。
それと同時に店員さんがパフェとあんみつをテーブルに置き、近藤さんにメニューを渡そうとする。

「ああ、俺はいいんだ、すぐ帰るから」
申し訳ないね、とスマートに対応する近藤さんを見て大人の男だなーと誰かさんと比べてみる。
近藤さんと比べたのは目の前の心の狭い少年で、私がジッと見るとパフェを頬張る総悟と目が合った。
「なんでェ、パフェならやらねーぞ」
「いらないよ」
「総悟、それ食ったら屯所に戻るぞ午後から会議だ」
「へいへい」
「一番隊隊長が居ないなんて下に示しがつかんぞ」
「しかもファミレスで女とご飯食べてしかもそれを女に奢らせてたってなったらもっと示しがつかないよね」
近藤さんにノっかって私も総悟に少しばかりの説教じみた嫌味を言ってやった。

「オイオイ誰が女だ、ババァの間違いだろ」
「誰がババァだ!」
「総悟!名前さんがババァなら俺はどーなる?!年上の俺はどーなるのォォォ」
「安心してくだせェ、近藤さんはゴリラのままでさァ」
「進化ナシィィィ?!」
家族同然とは言え、上司に向かって平気で軽口を叩きながら総悟はパフェをかき込んだ。
あんみつは半分食べてから、お前にやるわと私に食べ残しを押し付けてウ〇コ、と言って席を立ちさっさとトイレに行ってしまった。


「名前さん…余計な世話かもしれんのだが」
「総悟とはそういった関係ではありませんので」
食べ残しのあんみつを食べていた私はすかさず近藤さんの言葉を遮り、先手を打ってやった。
だいたいこの流れはそう来るだろうって分かっていたし。
「そ、そうなのか…俺はてっきり」
「お互い気を使わなくてもいい関係ですけど、近藤さんが考えてるようなことは何もないですよ」
「そうなのか…」
何故か少しガッカリしたようだ。

「期待に添えなくてすみません」
「いやいや!違うんだ!俺が勝手に勘違いしてただけだから!名前さんが謝らないでくれ」
焦って弁解する近藤さんは誠実さに溢れてる。
私が別世界で見ていた近藤さんはゴリラ扱いされていつも裸で、汚物にワントラップ入れて、ストーカーばかりしているイメージしかなかったけど、こちらに来て関わりを持つ度に筋が通っていて穏やかで豪快で、誠実そのものの雰囲気を纏っている。

云わば、いい男。
私の元いた世界に近藤さんが居たらきっとモテるだろうな、と思うほどこの人は出来た人間だった。
「…ほら、俺とトシはそういうのに疎いだろ?だからせめて総悟くらいは所帯を持って欲しいなと思ってるんだ」
「その相手が私である必要はないですよ」
「君だといいなとは思ってるよ」
「わ、私にだって選ぶ権利はあります…!」
あまりにも近藤さんが自然に言うので照れそうになった私は焦って強気に出てしまった。
なのに何故か彼は爽やかに微笑み、もちろんそうだな、と言いテーブルの端にあった伝票を持ち席を立った。

「あ、あの!」
「いつもうちのが世話になってる礼だ、総悟には先に車に行ってると伝えてくれ」
その一言だけを残して近藤さんはさっさとレジに行ってしまった。
なにこれ、近藤さんポイント高すぎるよ。スマートすぎて紳士すぎてポイント高すぎるよ。
誰かさんとは全然違うなーなんて思い出して、あ、近藤さんにお礼言ってないや、と気付く。

「俺にも選ぶ権利はありまさァ」
「うわ!ビックリした!居たの?!」
トイレから帰って来た総悟はハンカチで手を拭いながら私の後ろにいつの間にか立っていた。
「てゆーか聞いてたの?」
「声がデケェんだよ」
「まぁ本当のこと言ったまでだからね」
「良かったでさァ」
「え?なにが」
「お前と同じだったからなァ」

どうやら総悟も私のことを異性として見てないようだ。
お互いの気持ちが分かって私たちは安心した。
どこかで、もしかして相手は少しでも自分のことを異性として見ているんじゃないかと言う自意識過剰に似た気持ちを持ち合わせていて。
それが必要ないことが今日ここでハッキリ分かった。
これは多分女として本当は悲しむべきところなのだろうけど、私はひどく安心してしまった。総悟は全てをさらけ出せる、唯一の友達なのだから。

「ゴリラの嫁の件は考えといてくれよ」
隊服の上着を着ながら総悟は私を横目にそう言った。
「なんでそんな話ばっかすんの?」
「俺はお前を傍に置いておきてェだけでさァ」
「は…?」
「お前いつかフラッと居なくなりそうな気がしてならねェからなァ、だからゴリラのとこに囲っときゃ見張っとけるだろィ」
「…なにそれ」

いつか言われた言葉を思い出す。
“ お前がいつか月に帰るんじゃねーかと思ってた ”
銀さんのあの言葉は何故そう思ったのか疑問だった。
それは銀さんが、私が別世界から来たことを知っているからそう言ったのかと思ってた。

「そんなに私ってどっか行きそう?」
「まァな、お前素性わかんねェし」
「ていうか、総悟のお嫁にはしてくれないんだ?」
「近藤さん差し置いて俺が嫁貰うのは嫌なんでェ」
想像と違った答えだった。
私はてっきり、お前みたいなババァはお断りだとか、奴隷になるなら貰ってやってもいいぜ的な言葉が返ってくるのかと思ったのに。

「総悟らしいね」
「近藤さんの相手がお前ならみんな賛成だと思うぜ」
「…考えとくよ、私戸籍ないけど」
私が少し間を置いてそう言うと、総悟は一瞬だけ驚いてその後「その言葉覚えとけよォ、戸籍くらいは俺がなんとかしてやらァ」とニヤリと笑って店を出ていった。

また言っちゃったなぁ、と後悔したが今はそれもいいかと思うほど私の中にはポッカリ穴が空いてしまっていた。
早くこの穴を塞ぎたい。
穴が空いたことに慣れてしまわないうちに、この冷たい胸の穴を早く塞いでしまいたかった。



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