「なんかアレから様子がおかしくねェか」




備えあれば憂いなし




「え?!何が?!」
お昼ご飯の後、いつものように総悟と過ごす時間が流れていた。
ずいぶん涼しくなったものの、日差しに当たれば容赦なく日焼けしそうな太陽でもあり、これが残暑だと思わせる気候だった。

「いや、お前の様子がおかしいって言ってんでさァ」
ご飯の後にも関わらず、食べ盛りか成長期かなのかなんなのか総悟は煎餅をボリボリと頬張りながらそう言った。

「私?!どこが?!なんかおかしい?!」
「反応しすぎだろィ…あの件があってから土方さんとの距離感おかしくねェか?なんかあったのかよ」
やはり総悟には隠し事は出来ない。
勘がいいのは前かららしいけど、ここまで勘がいいとは正直驚きだ。

いや、そもそも土方さんとは何も無い。
あの日、ちょっと距離感を間違えただけだ。
いつもより近寄りすぎてとトキメいてしまっただけだ。
あの顔が近くにあったら女子なら誰だってドキドキしても仕方ない。
そして土方さんはお酒が入って訳の分からない事を口走ってしまったんだ。
お酒が入れば誰だってたまには変なことを言ってしまう。

「何もないよ…」
「あからさますぎんだろ、露骨に二人してギクシャクしてんじゃねェか、やっぱり土方のヤローなんかやらかしたんだろィ」
「いやいや!何もやらかしてないから!だいたいあの日はちゃんと仕事して来たでしょ!?」

あの後、何もなかったかのように食事を終えて帰ってきた私たち。
土方さんはお手洗いに行った合間に店の配置図と裏の通路などの確認をしていてそうで、何となく裏は取れたみたいな事を言っていた。

私は本当にカモフラージュと言うか、付き添いのみで単にご飯を食べに行っただけの仕事だった事に、逆に申し訳無さが込み上げた。
そしてさすがと言うべきか、土方さんのさり気ない仕事ぶりに脱帽しっぱなしだった。


しかし次の日、出勤すると土方さんは私と目を合わす事もなく微妙な距離を保つようになった。
前は普通に話せていた事も、今では軽く話しかけることも出来なくなるくらい、土方さんには話しかけるなオーラが出ている気がした。

「お前何か怒らせたんじゃねェの」
「え?!ま、まさか…」
鬼の副長を怒らせたとなれば私の首はいろんな意味で飛ぶ事が予想される。
まさかまさかと記憶を巡らせてみるも、思い当たる節はただひとつ。

「マヨネーズ止めた事、怒ったのかな…」
「そんな事でいちいち怒ってたら今頃真選組隊士は壊滅してまさァ、あの人のマヨネーズ事情にゃどいつも一度はケチつけてらァ」
アレでもし怒ったとしたら確かに不自然だ。
普段から総悟にも犬のエサだとか言われたりしているし、銀さんにも貶されてるのはよく知っている。
今更怒ったりするのもなんかちょっと違う。
だとしたら。
あのぼそりと呟いた言葉の意味を、深く考えなければいけないのだろうか。

アレはただ、その場の空気というか、あんな雰囲気のあるところで男女二人が居たら何となくそうなってしまうんじゃないかと私ですら思う。
だから深くは考えないようにしていた。

あの時お手洗いから帰ってきた土方さんも別にいつも通りに戻っていたし、きっとちょっとお酒が回って変なことを口走ってしまったに違いないんだ。
絶対そうだ。

土方さんまでアレで気まずくなってるとしたら、これから本当にどうしたもんか。
出来ることなら無かったことにして欲しかったと思う反面、一瞬鼓動が早まった自分に少々呆れてしまう。

「ま、何にしろ旦那にはバレねェようにしろよィ、俺まで共犯扱いされたらたまったもんじゃねェんで」
「だからやましいことは何も無いって!誤解を生むようなこと言わないで貰えるかなぁぁ!?」



「お疲れーい」
仕事が終わり、屯所の門を出ると銀さんがいつもの所で待っていてくれる。
「ただいま、今日は何買って帰る?」
「そういや新八が味噌買って来いって言ってたな、豚肉安かったから今日は豚汁作るってさ」
「最近夜は涼しいもんねー、豚汁楽しみ!」
「味噌ついでになんか甘い物買ってこうぜ」

肩を並べて二人で歩く。
銀さんに“記憶が戻らなくても別にいい”と言われ、それで私は吹っ切れた。
きっとこのまま記憶が戻らなくても、私の帰る場所はひとつなんだと、銀さんが私の居場所を作ってくれるのだとどこか安心しきっている。

「そーいやさ、名前ちゃん明日は休みじゃん?」
「うん、そうだけど?」
「神楽がツレんち泊まりに行くらしいんだわ」
「え…」
「え…て何?!何その微妙な反応?!そこはヤッター!銀さんとふたりっきりの夜〜!とか喜んじゃうところじゃないの?!」

正直手放しで喜べる状況でもない。
あれからと言うもの、神楽ちゃんは頑なに私の布団の隣をキープし続けていて、結局記憶を無くしてから銀さんと一度も夜を共にしたことはなかったのだ。

そして、今更と言うべきか。
こんな日がなんの前触れもなく、いきなりやってくるとは。
ちょっとばかり複雑な気持ちになってしまう。

「そりゃ、嬉しい…けど…」
「けど?」
「い、今更っ…恥ずかしい…と言うか…何と言うか…」
「ちょっとぉぉ!!純粋な名前ちゃん久しぶりで興奮しちゃうんですけどぉぉ!何そのウブな反応!?なんか銀さん悪いことしてるみたいじゃーん!そして可愛すぎるだろー!?あざといくらいだろー!?下の方の銀さんが爆発しそうなんですけどぉぉ!」
いっそのこと爆発してくれ。
じゃないとこっちの心臓も爆発しそうなんですけど。


「おかえりなさい」
「ただいま、新八くん」
笑顔で迎えてくれた新八くんに、買ってきたお味噌や安かった野菜が入った袋を渡す。
いつも帰るとこうやって新八くんや神楽ちゃん、定春が玄関まで迎えに来てくれる。

「名前さん今日もお疲れ様でした、夕飯もうすぐ出来るんでもう少し待っててくださいね」
「うん、いつもありがとう」
「おーい、なんかお前らのがやり取り新婚夫婦みたいでムカつくんですけどー?旦那様は俺なんですけどー?」

「わ、わかってますよ銀さん!ななな何を勘違いしてんですかアンタは!」
「なに顔赤くしてんだよメガネ!さり気なく喜んでんじゃねーよ!勘違いしてんのはオメーだろこの童貞メガネ!妄想してニヤついてんじゃねー!そして新妻ぶってんじゃねーよ!」
「僕が新妻役かよっ!それと童貞関係ねぇだろぉぉ!馬鹿にしやがって!童貞なめんなよこのリア充がっ!」

銀さんと新八くんの言い合いとも言えるやり取りを通り過ぎ、私は居間に寝転がっていた定春にもふもふする。
最近はこれが日課であり癒しだ。
「ただいまー、定春にもオヤツ買ってきたからね」
「ワオン!」
そう言って私にスリスリしてくれる。

「なんだよ神楽のヤツ、定春一緒に連れてかなかったのかよ」
「神楽ちゃん出掛ける前に定春に何か教えてましたけど」
「何かってなんだよ」
「今日は名前さんの布団に潜り込めとか、名前さんと一緒に寝ろとかそんな事言ってましたね…」

「あのクソガキっ…!!」
さすが神楽ちゃん、抜かりなし。


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