「記憶が戻ったぁぁぁ?!」




先のこと考えても予定通りにはいかない




「うるっせーよ新八!耳元でデケェ声出すんじゃねー!」
「でっ!でも銀さん!名前さん記憶が戻ったって!」
「バーカ早とちりすんなって、今日病院行ったら徐々に思い出してるって話だったんだよ」
スナックお登勢ではお登勢さんたちは勿論、坂田家も集結していた。

私の記憶喪失の事で、今日は久しぶりに病院に行った私と付き添いの銀さん。
そこでカウンセリングを受けた私は、何となく今までのことを話してみると所々今までは思い出せてなかった記憶が、断片的ではあるものの復活していた事を先生に指摘されたのだった。

「確かに言われてみるとこの前、行ったことないはずの道を名前が先に歩いてったアル」
「それって以前名前さんは通ったことのある道で、記憶が無い中、無意識に歩いてたってこと?」
「多分そうアル、近道だって言ってたネ」

「神楽お前、なんでそういう大事なことを言わねーんだよ」
「そんな事いちいち気にしながら生活してないネ!だいたいその日は名前にケーキの食べ放題連れてって貰ったから浮かれてたアル!」
「ちょ!お前らいつの間にそんなパラダイスにいってたんだよ!?なんで俺誘われてねーの?!なんで?!なんでだよ名前!!」
「…え、だってその日は銀さん二日酔いで寝込んでたし…」
「あの日かぁぁぁ!!」

「ちょっとアンタら、話がズレてやしないか」
「そうですよ銀さん、やっぱり万事屋で生活してた事が吉と出たんですよ!このまま時間をかけながらでも普通に生活していけばきっと名前さんも完全に記憶を取り戻しますよ!」

記憶を取り戻す、と新八くんが言うように、私の中ではどうもそれがピンと来なかった。
ドラマとか漫画でよくあるのは、記憶が無かった時期の自分をまた失うパターンだ。
よくある、頭打って“あれ、私今まで何してたんだっけ?”的なあの流れだ。

だけど私の場合はちょっとそれとは違うようで、じわじわと何かを思い出すような感覚で記憶が戻ってきているということらしい。
何とも、地味と言うか…
喜ぶべきタイミングがいまいちよく分からず、周りも少し困惑しているようだった。

「じゃああれかい、快気祝いって事でいいのかい?」
「よーし、昼間っからどんちゃんやっちゃいますかー!」
「アンタはまず溜まったツケ払うまで酒はおあずけだよ銀時!」
「んだよババァ!こんな時までケチくせーこと言うんじゃねーよ!」

かくして、私の記憶はこれから少しずつ戻る…予定として。
とりあえず今日は皆に祝って貰うことにした。



「こうしてると確かに何かを思い出すような…」
「だろィ、だからとっとと帰ってきなせェよ」
「おいおいテメーらは一体昼間っから何してんだ」
とある日の真選組でのお昼休憩。
私と総悟は、前に私の部屋として使っていた総悟の隣の部屋に布団を敷いてゴロ寝をしていた。

「何って、見て分かんねェんですか土方さん」
「分かんねーよ、昼間っから布団敷いていかがわしいことしようとしてるようにしか見えねーよ」
「ち、違いますよっ…!」
「お前もあんま総悟の変な趣味に付き合うなよ、巻き添え食らうだけだからな」
「それは聞き捨てならねェな土方さん、名前の記憶が戻りかけてるってんで俺は協力してるだけでさァ」

ゴロ寝したまま総悟は面倒くさそうに土方さんに向かって話し掛けていた。
仮にも上司に向かって話す体勢としては最悪の態度だ。

「記憶が…?」
「俺もさっき聞いたばっかなんでちょっと驚きやしたが、コイツ徐々に記憶が戻ってきてるらしいですぜ」
「徐々にって、そんな戻り方あんのか」
「さァ?俺も記憶ってのはスパーンとまた元通りって感じに戻るもんかと思ってやしたがねィ、どうやらコイツは違うパターンらしい、全く面倒くせェ女でさァ」
「悪かったね面倒くさくて!」

私自身が一番面倒だと思ってるんですけど!?そう思いつつも、地味に、そして徐々にでも記憶が戻っているということは素直に嬉しかった。
きっといつの間にか、気付かないうちにまた元通りになっているんだろうか。
今は不安より、期待が大半を占めていた。

「それにしても惜しかったですねィ、土方さん」
「何がだよ」
「記憶がないままの名前だったら、もしかしたら押しまくったら落ちたかもしれねェのにねィ」
「うるせーよ!何の話してんだ!とっとと布団片付けて仕事に戻れ!」
「だってさ名前、残念ながらお楽しみタイムはおしまいでさァ」
「なんのお楽しみタイムだったのコレ」

布団を片付けて押し入れに入れる。
ここ何ヶ月も使っていないはずの布団が、何故かふかふかだったことに先程から少しの疑問を感じていた。

「総悟」
「んあ?」
畳の上でゴロ寝したままの総悟は、いつもの赤いアイマスクを装着して今度は本気の昼寝を始めようとしているところだった。

「布団、干してくれてるの?」
「…知らねェよ、女中か誰かがやってんだろ」
そう言ってそっぽを向いてたぬき寝入りを始めた総悟の背中を見て、つい笑みが零れてしまう。

“いつでも帰って来い”それが最近総悟の口癖になりつつあった。
私には帰る場所がふたつもある。
記憶が完全に戻ったらどっちに帰ろうか。
その贅沢な悩みに、大きな幸せを感じて。



しかしそんな幸せな時間も束の間。
一難去ってまた一難がまたやってきた。

「何だよ!なんでまたこんな事になったんだよ!源外のジジィ!今度こそ息の根止めてやる!!いや、止めたら今度こそ元には戻れねぇ…くそっ!どこ行きやがったあの腐れジジィ!」
「あれ…土方、さん?」

万事屋にスパーンと勢いよく入ってきたのは土方さんだった。
そして何故か物凄く怒っていて、警察らしからぬ言葉を連呼している。

「あの、土方さん…どうしました…?」
休みの日。
銀さんは出掛けると言って朝から居らず、そろそろお昼だから帰ってくるだろうと思っていたらまさかの珍しい来客にかなり驚いてしまった。

「土方じゃねー、銀さんだ」
「はい?」
「俺、こんな姿になっちまったけど…銀さんなんだよ!名前!信じてくれ!」
「え、ちょっ…言ってる意味が…」

どうしちゃったんですか土方さん。
心なしか目が死んでる。
なんかあったのかな…変な夢でも見たのかな…仕事つらいのかな…

「新八か神楽は?!いねーのか?!」
「新八くんならもうすぐ戻ってくるかと…神楽ちゃんは遊びに行くって言ってましたけど…」
「あー!くそ!なんでこんな時にいねーんだよダメガネ!何のための解説役なんだよ!」

イラついている土方さんは部屋に上がって来ると、台所の冷蔵庫を開けていつも定位置にあるイチゴ牛乳のパックを飲み干した。
あ、それ、銀さんの…
ていうか、土方さん本当にどうしちゃったんですか。

「そんな目で見るな名前…俺は…こんな醜いマヨネーズの妖怪になっちまった…けど、お前への愛は変わってねーから…だから」
近いんですけどー!土方さん近いんですけどー!?
私の手を握ってやたら近くで見つめてくる土方さんに、本当にどうしてしまったのかと問いたくても、私自身もどうにかなってしまいそうになっていたので無理だった。

「コルァァァ!テメェ俺の体で勝手な真似すんじゃねぇぇ!」
玄関をぶち抜いて来たのはこれまた機嫌の悪そうな銀さんだった。
またこの二人喧嘩でもしたのかな。

「銀さん!お帰りなさい!」
私が駆け寄ると何故か銀さんは顔を赤らめ後ずさる。
「銀…さん?」
「い、今はその“銀さん”じゃねぇんだ、だからあんま近寄んな」
「何俺の顔して赤面してんだよマヨネーズ野郎!気持ちワリーんだよ色々と!俺の名前に触んな!」
そう言った土方さんは私の腰を引き寄せたと思うと軽く抱きしめられる態勢になった。

「ひひひ土方さんっ?!」
「だから俺は土方であって土方じゃねーんだよ!銀さんなんだよ名前ちゃん!」
「テメー俺の体で女とイチャつくんじゃねぇよ!なんか複雑なんだよ!その絵はちょっと複雑なんだよ離れろや!」
「うっせーニコチン馬鹿!つーか名前ちゃん赤面しすぎだろ?!俺の時は全然普通なのになんでこのマヨラーの時はそんな照れてんの!?なんで?!」

私はやっとここで初めて違和感を感じた。
言動がおかしい事に。

そう言えば銀さんの髪型がいつもより大人しい、というかセンター分けに天パーを無理矢理ながら整えられている。
そして背筋が伸びている。
何より、目が。目が…血走っている。

片や土方さんを見ると、だらけた隊服の着方。
気の抜けた立ち方に、手にはカラになったイチゴ牛乳のパックを握り締めている。
何より、目が死んでる…

「なんか、二人……中身が真逆に、なっちゃってる…よね?」

「「…察しがよくて助かります…!」」




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