「入れ替わり…?」




人は順応していく生き物だ




「前にもあったんですよ、でもまた何で…」
新八くんがいいタイミングで帰って来てくれ、私のパニックは数分で済んだ。

万事屋の居間では銀さんの身体を持つ土方さんと、土方さんの身体を持つ銀さん…いや、銀さんの格好をした土方さん…いや…えーと…
「名前ちゃんそんな頭抱えないで!」
途中訳が分からなくなって頭を抱え込んだ私を見兼ねて土方さん…の身体をした銀さんが心配して寄り添ってくれた。

「っ…」
しかし反射的にドキリとしてしまうのは、やはり見た目は完全に土方さんであるからだろう。
私は心配してくれる中身は銀さんの土方さんに距離を取ってしまう。

「あー、もう本当、どうすんですかこれ」
過去に一度同じ事があったらしく、新八くんは私とは別に事の面倒さに頭を抱えていた。
「俺が聞きてぇっつーの!何でまたこんな税金泥棒の身体に入っちまわなきゃいけねーんだよ!俺が何したって言うんだよ!」
「座ってください銀さん、今度は一体何があったんですか?ちゃんと説明してください」

若干イラつきながらも冷静に事を判断しているのはさすが新八くんだ。
そしてその隣でも銀さん…じゃなくて土方さんも冷静に話し始めた。

「桂の野郎を追いかけてたら角から急にコイツが出てきてだな、避けきれず思いっきりぶつかったと思ったら…これだ」
「ドラマみたいな話ですね…」
「バカヤロー!ドラマならそこは女と男が入れ替わるとこだろ!なんでこんなマヨ臭ぇ男と入れ替わらなきゃならねーんだよ?!」
「そんなの僕に言われても知ったこっちゃねーよっ!アンタらが気を付けないからいけないんだろ!」
なぜか八つ当たりで胸ぐらを掴まれた新八くんは負けじと銀さんに言い返していた。

「もう一回ぶつかれば元に戻るんじゃねぇか」
揉めている二人を横に、やたら冷静にしていたのが見た目は銀さんの土方さんだった。

なんだか変な感じだ。
さっきから見た目だけとは言え、うろたえてパニックになっているのが土方さんで、腕を組んで冷静に状況を把握しているのが銀さんだ。
違和感まみれで私はまだこの二人への接し方が分からないでいた。

「確かに…同じ場所に行って、また同じ様にぶつかれば元に戻るってことも有り得ますね」
ふむふむと納得した新八くんは今から行きましょうと早速二人を連れ出した。



「はい、じゃあ銀さんはこっちから歩いて来てくださいね、土方さんは全力疾走でお願いします、とにかく全く同じ状況にしないと意味がありませんからね!」
かぶき町の人気の少ない長屋がずらりと並んだ一画。
ここが入れ替わったキッカケになった現場らしい。

こんなところでよくあの二人がいいタイミングでぶつかったな、とある意味運命的なものすら感じてしまう。
まるで他人事のように私は指示する新八くんを遠目に、その辺の影になる所に座り込んで三人の様子をただ見ていた。


「よーい、スタート!」
新八くんが合図をすると土方さんが走り出す。
銀さんもブツブツ言いながら歩いていたものの、曲がり角手前で急に止まってしまった。

「ちょっと銀さん!ぶつかる気あるんですか?!」
「やっぱ無理っ!痛いの分かってんのになんで自分からぶつかりに行かなきゃなんねーんだよ!だいたいぶつかんの分かってて飛び出す奴があるか!」
「アホかテメェは!手っ取り早く元に戻る為なんだから多少の痛みくらい我慢しやがれ!テメェは甲斐性も無けりゃ根性もねぇのか!?」
「なんだとコラァ?!だいたいお前がヅラ捕まえるのに手こずってるからこんな事になるんだろうが!テロリストの一人も捕まえられねーんなら警察辞めちまえ!税金泥棒の役立たずヤローが!」
「うるせー!お前が昼間っからこんなとこフラフラ歩いてるプー太郎だからこうなったんだろうが!働けよ!社会のゴミクズ野郎!」

二人は胸ぐらを掴み合いながらまたいつものように喧嘩をおっぱじめる。
もう見慣れてしまったこの喧嘩も、今回は中身が違っているせいかちょっと新鮮だ。

「あーもうやめたやめた!これで元に戻んなかったら痛い思いするだけ無駄だろ、痛い損だ」
「ちょっと待てぇぇ!テメェ俺の体返さねぇつもりか!」
「返してーわ!こんなニコチンくっせぇ体なんか今すぐ返品してーわ!」
「ちょっと二人ともいい加減にしてくださいよ、こうなったらまた源外さんに頼むしか…」
「もう行った」
「え?」

ぼそりと言ったのは銀さんの姿をした土方さんだった。
その声に新八くんはギョッとした顔をして、私はそれをまだ単に眺めているだけだった。
「ぎ…土方さん、行ったってことは…」

「あのジジィ!!“とうぶん旅に出ます”とだけ貼り紙して店はもぬけのカラだったんだよ!どこ行きやがったんだよこんな時に!」
先程まで冷静だった土方さんも、やはり内心は取り乱していたのかここでついに緊張の糸が切れたように錯乱していた。

「まあそのうち帰ってくんだろ、それまでの辛抱っつー事で」
「…おいコラ天然パーマ、テメェどこ行きやがる、つーか何か企んでんだろ」
「はぁー?なんも企んでませんけどー?勝手に人の気持ちを適当に解釈すんのやめてもらえませんかー?そして今は天然パーマはオメーだし!俺は見ての通りサラサラヘアーなんだよ、気安く天パー呼ばわりすんじゃねーぞこのモジャ公!」
「元は俺の髪だろ!もともとそのサラサラヘアーが自分のモンだったみたいな言い方すんじゃねー!モジャ公はテメェだ!」
「は!今となっては何を言っても無駄なんだよ!そのモジャ公はもうお前のモンなんだよ!ちゃんと面倒みてやれよ」
「なんだ面倒って!面倒見きれるかこんな爆発頭!」

「だからこんな時に争うのやめてくださいってば!僕と名前さんで銀さんの事はちゃんと見張っときますから安心してください、土方さんもとにかく今回は真選組の皆さんにちゃんと説明してくださいね」
「まさか…この体で俺に屯所へ帰れって言ってんじゃねぇだろうな…?」
「え、そうですけど?」
新八くんが何食わぬ顔でそう言うと、土方さんはまさに顔面蒼白。

「ふっざけんじゃねーよっ!こんな姿のまま帰れるかっつーの!指名手配犯が警察で働くようなもんじゃねーか!世間が許さねーわ!!」
「誰が指名手配犯だ!俺はお前のこの犯罪者顔でジジィが帰ってくるまで仕方なしに過ごしてやろうって譲歩してんのになんだその言い方は!!」

待て待て待て待て、この二人がこの姿のままでいつもの生活に戻る…って、ちょっと待って。
私はここで初めて二人の入れ替わりがとんでもない事態を招いていることに気付く。

「土方さんの姿をした銀さんと、ひとつ屋根の下…過ごせと…?」
急にオロオロしだした私に新八くんは心配した表情を浮かべていた。
「名前さん?大丈夫ですか?なんか顔色が…」
「む、無理だよ新八くん、私…土方さんと一緒に暮らすなんてっ…」

小声でそう言うと、新八くんは“そんな事言われても…”と困った様子で、その隣では銀さんと土方さんがまだ言い争っていてそれを見ていたら私はまた頭がこんがらがってくる。

「ホラ、源外さん意外にすぐに帰ってくるかもしれませんし、それまでの辛抱ですよ」
二回目だからなのか、新八くんはやたらと慣れていて半ば諦めていた感じにも見て取れた。


「名前帰んぞ」
姿形はもちろん、声も土方さんだ。意識してしまうのは性だ。
それに加えて手を引かれた。

「っ…」
「ちょ、名前ちゃんいちいちこの顔に反応しすぎだから!」
「だって!どう見たって土方さんだし!」
いくら中身は銀さんだからと言っても、この手の感触は実物の土方さんの身体な訳で。

「あー!もうどうしたらいいんだよっ!これじゃ名前に触れねーし!実際触ってんの俺だけど、でもこの身体はあのニコチン野郎の身体だし!て事はやっぱ触るとマズイよな?!」
「俺の身体でマジで勝手な真似すんじゃねぇぞ!」
「するかァァ!してたまるか!ていうかついてくんなよ!帰れよっ!野郎どもの巣窟に帰れ!」
「こんな格好で帰れるかァァ!俺は絶対嫌だぞ!断固拒否だからな!」
「なんでそんな嫌がるんだよ!?なんかすげームカつくんですけどォォ!?だいたい二回目だろうが!そろそろ慣れろ!順応しろ!」
「テメーのこの身体はもう懲り懲りなんだよっ!」

「これじゃ埒があきませんね…」
再び言い争いを始めた二人をもう止めるつもりもないのか、新八くんはただ深いため息をついていた。




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