「もうダメだ、我慢ならねー」





人は中身とか言う奴が一番外見を気にしてる




「ぎ、銀さん…!?」
時刻は夜中の二時を過ぎていた。
日付は変わって銀さんの誕生日が終わりを告げ、スナックお登勢での宴会もお開きになった。

正確には神楽ちゃんも長谷川さんもソファで寝てしまい、新八くんもお妙さんと九兵衛さんたちと早いとこ帰ってしまっていた。

散々私の隣で呑んでいた銀さんもとい、外見は土方さんのままな彼は泥酔状態で。
中身は違えどそんな泥酔した姿の土方さんを初めて見て、少し新鮮だと思った。

そんな状態ながらも布団で寝るから上に戻るぞと言った銀さんを何も疑わなかった自分が、今になると悔しい。
万事屋の玄関に入るや否や、銀さんは私を押し倒し組み敷いて今この状況である。


「ホント、ダメだって…!」
「ダメとか言うなよー銀さん傷つくだろー?なー名前ちゃーん」
グダグダに酔っ払っている銀さんは全体重を私に掛け、どさくさに紛れて首筋に舌を這わせてきた。
「っ!!銀さん!?」
慌てて抵抗してみてもその体は退こうとはせず、今度は手が腰に周ってきたのが分かり、私はただただ焦りを感じた。

いくら銀さんと言えど、今は土方の体を借りている状態だ。
どう考えてもこれは土方さんに首筋を舐められたことになる。
いつもなら銀さんはそれを承知で、私に指一本触れてこなかった。なのに今はそんな思考すら飛んでいってる程には酔っているらしい。

「なあ…マジもうムリ…」
耳元でその独特の低音で囁かれ、腰のあたりがドクンと反応してしまい内心かなり複雑になってしまった。
そりゃ銀さんに触れられたいと思う。でも、今は明らかに別人だ。別人と言うか、むしろ職場の上司の顔を借りてるんだから余計にタチが悪い。

ぐるぐるぐるぐるそんなことをお酒の入った頭で考えていると、意識しないでおこうと思ったことが余計に目に入る。
ダメだ、もう土方さんにしか見えない。

今まで自分の脳を騙すように、この人は銀さんだと言い聞かせて生活してきたのに。
この距離で、この顔で、この声で囁かれてしまったらもう土方さんに襲われているとしか思えない。

「っ…」
どんどんとその土方さんではない土方さんに体を弄ばれる。
背丈や体格は銀さんと似たり寄ったりなのに、微妙に手の感じや胸板の厚さなかんが違うのがダイレクトに分かる。

手が太股を撫で、徐々に上に上がってきて、首筋に埋められていた頭がモゾモゾと動き、頬あたりに唇が当たったのが分かった。

ああ、このまま土方さんとキスしてしまうのか。いや、それ以上の事をこの後してしまうのかもしれない。
中身は銀さんだけど、これっていいの?浮気にならないの?なるよね?!完全にこれ土方さんだし!でも中身は銀さんだし…心で抱かれれば体だって銀さん…いやこれ普通に土方さんだし!
やばい、本当にどうしよう。

「ひっ土方さんっ…!」
そう私が声を荒らげて言うと、銀さんとは帯を解く手をピタリと止めた。
「その名前呼ばれると信じらんねーくらい萎えるわ…」
眉間にシワを寄せた土方さんの強面な顔に、あ、この表情久しぶりに見たな、なんて思いながらどことなく安堵してしまう。


「もうマジで耐えらんねー…死ぬ…」
帯を直しながら起き上がった私とは逆に、隣で今度は頭を抱えだした銀さん。
きっといろんな葛藤と闘っているんだろう。なんだかここまで来ると不憫に思えてきたな。
床にめり込む勢いで銀さんは嘆きながらめそめそとしていた。

「だからってこんなところでこんな事しないでよね」
「名前ちゃんには分かんねーよ!俺のこのモヤモヤとゆーか…ムラムラが!酒入ったら余計に歯止めきかねーし!」
「今は土方さんの身体なんだから、そーゆー事したら…た、大変な、こと…に」
「ちょっと名前ちゃん今完全に想像しただろ?!」
「しししてない!断じてしてませんっ!」

中身は銀さんにプラスしてお酒が入っていたとは言え、見た目が土方さんにあんな事をされたと思うと何とも言えない気持ちになってしまう。
女ならば、それはかなりおいしい状況でしょ!と思ってしまうミーハー心は絶対銀さんに言わないでおこう。


「もし、このまま…」
床に座り込んでいた銀さんは、床を見つめたままあぐらをかいて低いトーンで話し出した。
「戻らねーってことになったとしたら…」
「戻るよ!だって銀さんが女の子になった時も結局戻ったんだし!大丈夫だって!源外さんがなんとかしてくれるから!」
急に銀さんが神妙な面持ちで言うもんだから、すかさず慣れないフォローに入ってしまう。

「…そんときゃ名前ちゃんはどっちに行っちまうんだろーな」
「え…?」
「見た目が俺か、中身が俺か…」
「何言って…」
そんなの決まってる。私は……私は?
銀さんの中身に惚れたのはもちろんだけど、銀さんの顔や佇まいなど外見にも惚れたのも事実だ。

スラリと伸びた身長や、程よく付いた筋肉に腕の逞しさ。
それに抱かれればうっとりするほどの空気に包まれて、自分が女に生まれて良かったと心底思う瞬間を味あわせてくれる。

銀さんの存在が私に幸せをもたらしてくれている。
だから、中身も外見も揃って坂田銀時という存在であって、そのどちらかが欠けてしまえばやはりそれは違う存在になってしまうのだ。

「そもそもこのままの俺と名前ちゃんの子どもが生まれるとしたら、その子どもがマヨネーズ野郎とソックリって事も有り得る訳だろ?」
「まあ見た目は、ね…」
「うわー可愛がれる自信ねーわ!なんか他人の子どもにしか見えねーわ!よりによってマヨネーズジュニアとかムリムリムリー!かと言って名前と子作りしないのはもっとムリィィ!!」

ダメだ、まだお酒が抜けてないなこれは。
まだお酒の残った銀さんの言動は先程からおかしく、これじゃまるで情緒不安定な人だ。

「銀さん、今日はもう寝よう?」
「え、いいの?!」
「は?何が?」
「それって誘ってんだろ?」
「誘ってないし!!遅いから寝た方がいいって事を言ったんだよ!」
「だって神楽は下で寝てるし、これはもう絶好のチャンスだろ?!朝まで大ハッスルなルートだろ?!」
「さっきの話聞いてた?!姿形は土方さんなんだから!その姿でそんな事したら今後私はどの面下げて真選組で働けばいいわけ?!」
「だってもう我慢できねーんだって!」
「知るか!!」

なんだかもうこのパターンお決まりだな。と、思いながらツッコミを入れていると急に銀さんの胸の中へとすっぽり包み込まれた。

「銀さん?」
黙って私を抱きしめる力は、酔っ払った勢いとかではなくて本当にギュッと私を思いやるような力具合だったので、なんだかこっちが少し切なくなってしまう。

「ほんと、名前ちゃんはいつになったら俺だけのモンになってくれんのかねぇ」
「…?」
最初はその言葉に疑問符が浮かんだが、すぐに何となくではあるけど意味が理解出来た。
いつか前に総悟にも言われたような気がする。
“フラフラしている”と。多分そんな感じの事を銀さんも少なからず感じているのだろう。

「とっくに銀さんのモノですけど…」
「どーだか、最近ってか前からだけどわりと心配なんだよな」
ポツリと本音らしきものが出たのはきっとお酒のせいもあるのだろうか。

「いや、何でもねーわ、名前が記憶無くした頃あたりから柄にもなくちょっと弱気になっちまっただけだから、今のナシ」
そう言って確かめるように抱きしめ直した銀さんの体はやはり土方さんで。

抱きしめ返すと少しながら罪悪感が芽生えると同時に、少しずつこの匂いにも慣れて来ていた事に気付き、ハッとしてしまう自分がいた。



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