思ったよりは楽しめた、かもしれない。




沖田総悟の週末




世間で週末、土曜日だ。とは言っても真選組に週末や祭日とかは関係ない。
言うなれば非番が休みであるが、これもまた休みであって休みではない。
出動要請があればいつだって仕事。
常に俺たちのブラック企業組織は、お国の為に年中無休で絶賛営業中な訳だ。

そんな日常の中、俺の楽しみと言えば土方さんをどう貶めるかとか、サボリ中に何して遊ぶかとか、そんな事だった。
しかしそれも、とある女がこの街に現れてからと言うもの俺の日常は少しずつ変わっていった。

先日なんかまた土方さんと万事屋の旦那の中身が入れ替わる事件が勃発。
こりゃもう楽しいことが起こりそうな予感しかしなくて、俺は人目もはばからずニヤついてしまったくらいだ。

しかし旦那や土方さんがどうするか、など微塵も興味がなかった。俺が興味あるのは、“名前は一体どう出るか”だけだ。
普通のそのへんにいるような女なのに、名前は何故か俺の興味を引いた。
名前と出会って何年経つだろうか。二年か三年、と言ったところだろうか。
そんな事いちいち気にしてないくらいに、俺たちは同じ時間を共有していた。


「てっきり土方さんに乗り換えるもんかと思ってやしたぜ」
そう言って仕事休みの日、久しぶりに俺たち二人はファミレスにいた。
名前はいつもメニューを見て悩む。前来た時も悩んでた。

そんで次きた時はオムライスにするから今日はハヤシライスにする、とか言ってたのに今日は謎に唐揚げ定食を頼んでいるんだから意味わかんねェ。
女ってのはホント、その時の気分だ。気分やテンションで全てが変わる。
俺たちの武士道なんて微塵も分かっちゃいない生き物だ。

「いくら見た目が銀さんだからって、そんな事しないよ」
軽くそう言い、名前は味噌汁をすすった。
「本当に何もなかったですかィ?」
「何もって?」
「少しくらいあったろ、手握ったとか」
「な、ないないない!!!」
焦った名前を見てピンと来た。こりゃなんかあったな、と。
俺のセンサーは今日も冴えてる。

「こりゃ旦那に聞いた方が早ェかなァ」
「いや!ほんと!何もないから!」
「神に誓って、土方さんに誓って言えるのか?」
「い、言える、よ…」
「コラコラコラおまわりさん、一般市民に誘導尋問はどうかと思うけどー?」
ここで旦那登場。タイミング良すぎだろ。どっかで見てたなコイツ。
この人もやってる事は近藤さんとさほど変んねェな。

「どっから湧いて出たんですかィ旦那ァ」
「ていうか、お前らこんな美味そうなもん俺に内緒で食ってんだもんなー、銀さんに一言言いなさいよねー名前ちゃん」
自然に名前の隣に座る旦那は、もう慣れたもんだ。
名前と付き合い始めて何年経つだろうか。
色々あってわりと最近のような気もするが、思った以上に長い付き合いのこの二人。

この二人を見てると、危うい関係のようで実は根のところでしっかり繋がって居るのだと最近分かった。
離れても離れても、きっとこの二人はふざけたドラマのような展開でまた出会って結ばれてしまうんだろう、と俺も焼きが回ったのかそんな事を思うようになってしまった。

「銀さん、今日は新台入ったから一日居ないって言ってたでしょ」
「いやーそれが全然ダメでさー、昼前にはスッカラカン」
「相変わらずダメ人間やってやすねェ」
「うっせーな、さり気なくダメ人間て言うな」

ずーっと思ってたけど、名前はこんな旦那のどこが良かったのだろうか。
謎だ。ダメ男が好きなのか。
母性本能が云々とかいうやつならとてつもなく可哀想な女だ。

「ほんと、ダメ人間だよ銀さんは」
「ひっでぇ!名前ちゃんまで言っちゃう!?」
「そもそも週末で出るとか思ってるの?今までの統計とかちゃんと取ってるの?何の為に毎週毎週パチンコ行ってるの?勝つためでしょ?」
「そこかよ」
ついツッコんでしまう俺に対しても「当たり前でしょ!」とか言うもんだからこの女はつくづく変わってると思う。

パチンコ行く時点でダメ人間レッテルじゃなくて、行くなら行くで本気出してやれよって事なんだろう。ますます謎だ。
でもこの旦那の相手となればこのくらいの考え持ってないと無理なのも理解出来た。
普通の女じゃ万事屋の旦那とは付き合えねェだろうな。

「なー、パフェ頼んでもいい?」
メニュー表を見てニヤニヤしている旦那を見てると腹が立ってくるのは俺だけじゃないはず。
さっきスッカラカンだって言ったばっかだろ。金ねェなら食うなよ図々しい。

「後でお金返してくれるならいいよ」
「名前ちゃんのケチー」
「新八くんに釘さされてんの、調子乗るから絶対奢るなって」
「あんのクソメガネ…!」
「三倍にして返してくれるなら俺が奢ってやってもいいですぜ」
「お前にだけは貸し借りつくりたくねー!でもパフェ食べたい!!」

結局パフェを奢るハメになったがまあ後に三倍で返してくれるってんで良しとしよう。
利子つけて五倍で請求してやるし。
そんな俺の思惑とは反対に旦那は目の前で嬉しそうにパフェを頬張っていた。

「名前、そろそろこっちに戻ってくる気は?」
「……へ?」
唐突な質問に名前は目を丸くてして口まで開いていた。
「お前ねー、その話はもう終わってるっつーか、現状維持で問題ないだろ」
すかさず口を挟んでくる旦那。

そりゃそうだろう、今になってまた真選組に戻って来いだなんて誰が言い出すと予想がついただろうか。
記憶もほぼ戻って万事屋から真選組に仕事に通う。
その理想的な毎日を送っている名前にこの話はもう一段落ついたと誰もが思っていた。俺以外は。

「戻って来る気がねェなら荷物どうするんでェ」
「あ……」
俺の隣の六畳一間の部屋。そこにはまだ名前の荷物が残っていた。
いつでも帰ってこれるように、そのままにしておいたからだ。

正直な話、俺は少しだけ期待していた。
この荷物がある限り名前がまたここに戻ってくるんじゃないかと。
でもアイツは仕事が終わると万事屋に帰ってしまうんだ、それが当たり前かのように。

「まあ大した荷物はねェけど、元々あの部屋は俺の部屋でもあるんでね」
大して使ってなかったほぼ物置と化してた部屋だったから名前をあそこに住まわせた。
半ば囲うようにしたそれを、周りはどうかと言う者もいた。
でもあの時、旦那と別れた名前を放っておくことなんて出来なかった。
心配とかそういった類いの感情論ではない。

名前をもう他の男に渡したく無かったからだ。
放っておいたらまた違う男に取られてしまうのではないか、否、確実に取られてしまう確信があったから俺は自ら名前を自分の懐に入れた。
いや、“入れてしまった”のが正しいか。
あまり懐深く入れてしまうともう取り返しがつかなくなることは分かってた。
それでも俺は名前をそばに置き続けた。

そして名前がまた俺の元を去る。
そんな日がいつか来ることは分かっていたのに、俺はなかなかそれと向き合えることが出来なかった。
もう二度と失うことがないようにと、誓ったあの日。
それを思い出しては、焼けるようなこの心臓の傷みを今も俺は抱え続けている。





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