銀さんが帰ってきた。




パーティーに遅れて来るやつほど空気が読めない




「おかえり、銀さん」
「おかえりなさい銀さん!」
「その天然パーマは相変わらずアルなー、それだけなんとか向こうに引き取って貰えなかったアルか」
玄関を開けた銀さんを出迎えた私、新八くんと続いて最後は神楽ちゃん。
「お前は一言多いんだよっ!せっかく俺の体が無事に戻ってきたっつーのに!帰ってきた早々にイジんじゃねーよ!」
久しぶりに体と中身が一致している銀さんを見て、胸の高鳴りを抑えられないでいた私は改めて銀さんに惚れ直した気分だ。本人には絶対言わないけど。

「名前ちゃーん!これで心置きなくズッコンバッ…!」
両手を広げた銀さんが卑猥な言葉を言い終わる前に新八くんが無言で玄関をピシャリと閉める。
「帰ってきた早々、下品な事しか言えない奴に言われたくないネ」
呆れた神楽ちゃんは私と定春を連れてさっさと居間へ向かい、先程まで座っていたソファへ戻る。

「ちょっとちょっとー!もっとおかえりムードみたいな感じはない訳?!」
「さっき玄関でどんだけおかえりムードで迎えてやったと思ってんですか」
ドカドカと上がり込んで来た銀さんにイチゴ牛乳のパックを渡しつつもすかさずツッコミを入れる新八くん。
この二人こそ長年連れ添った夫婦に見えるのは私だけだろうか。

「そうネそうネ、せっかく出迎えてやったのにあの態度はなにアルか」
「オメーにだけは言われたくねーわ!玄関開けて五秒で俺の頭イジって来た奴にだけは言われたくねーわ!!」
「まあまあ銀さん、体が帰ってきただけで中身とはいつも一緒に過ごしてたんですからそこまで歓迎ムード出せませんよ、土方さんの見た目の銀さんにもちょっと慣れて来た頃でしたし」
「え?!なに?!お前らもうあのマヨネーズお化けで見慣れちまってたっの?!順応早くねぇ?!」
「毎日イケメン拝めて目の保養だったアル、って名前が」
「え?!私?!」
「いや、神楽ちゃん“アル”付いてる時点で名前さんのセリフじゃないのバレバレだからね」
「なんだよ皆してあんな瞳孔開いたイカレポリ公派だって言うのかよぉぉ」

銀さんは完全に拗ねてしまい、ソファの端で体育座りをし始めてしまう。
「そ、そんなことないからね?私は銀さんが戻ってきてくれてすごく嬉しいから、ね?」
拗ねると面倒くさいので私はすかさずフォローに回ると、神楽ちゃんが鼻をほじりながらとても面倒くさそうな顔をしながら言う。
「銀ちゃん、下のババァ共が今夜は奢りで酒盛りさせてやるって言ってたネ」
「ま、まじか?!!」
私の精一杯の思いやりフォローよりも、それはそれは嬉しそうな声を上げた銀さんに若干ながらも腹は立ったが機嫌が直ったので良しとしようと割り切る。


「それじゃ僕はお登勢さんに買い物頼まれてるので行ってきますね」
新八くんがそう言うと、定春と戯れていた神楽ちゃんも誘う。
「なんで私も行かなきゃいけないアルか、面倒くさいネ、メガネ一人で行ってこいヨ」
「定春の散歩も兼ねて行こうよ、ね?」
「新八、オマエまさか銀ちゃんに気を使ってるアルか?名前と二人きりにしてやろうとか、そんなこと考えてないダローな」
「さっすがぱっつぁん!男の気持ちをよく汲み取ってくれてるじゃねーの、よっ思春期!」
「思春期関係ねーだろっ!人の気遣いを馬鹿にしてんのかアンタ!」

その後、小競り合いがあったものの定春がタイミングよく催したので仕方なく神楽ちゃんは新八くんと外へ出掛けて行った。
万事屋の居間では銀さんと二人きり。
体が入れ替わってさほど長くはないその期間は、なぜか私にとってはとても長く感じていた。
仕事場で見ていた中身は土方さんで体は銀さんの姿に、何度触れたいと思って堪えた事か。
何度その体に抱きしめられたいと思ったか。その声で甘く名前を呼んで欲しいと願ったか。
じわじわと過去を思い出すと同時に、銀さんへの気持ちも強くなり高ぶっていくのが分かった。
なのにそんな時に限って銀さんは目の前に居なくて、ずっとおあずけを食らっていたのは実は私の方だったりする。

「あー、やっぱ自分の体が一番だわー」
背伸びをしてソファに沈み込むように座る銀さんを隣に、私の手が宙に浮く。今すぐ抱きしめたいし、抱きしめられたいのに久しぶりすぎてちょっと照れくささが勝ってしまう。
「ぎ、銀さん……」
「んー?」
くあ、とアクビをしていつもの気だるそうな顔。この表情を見るものずいぶん久しぶりな気がする。

「触っても、いい…でしょう、か」
何となく許しなく触るのが憚られたので、許可を得ようと聞いてみた。
「え、どこを?」
「どっ、どこって!別に!手とか!」
「なーんだ、もっと色んなとこ触って欲しいんだけどー?」
相変わらずソファにもたれ掛かったままでニヤニヤとこちらを見てくる銀さんは、相変わらず変なところで色っぽい。
いつも色気なんて大して感じさせないのに、こういったふとした時にドキリとするくらいの色気を感じされるのだから、卑怯というかなんというか。
それが銀さんの魅力と言ってしまえばそれまでだけど。

銀さんに腕を掴まれて、そのまま重力に任せて胸に顔を埋めた。一瞬で銀さんの匂いに包まれる。
匂いは目で見る記憶より覚えているっていうけど、本当にそうだと思った。
脳で感じているというより、本能や感情がこの銀さんの匂いに反応しているような気もする。
「銀、さん」
「そんな物欲しそうな声で呼ばれると、真っ昼間から大変な事になっちまうけど、大丈夫?」
「大丈夫……じゃない」
「なんだよ、そこは理性が勝っちまうのかよ」
わはは、と天井を仰いだ銀さんはそれでも私の肩を抱いたままで、胸から銀さんの鼓動と声がダイレクトに伝わってくる。

「とりあえず、このままでいいや…」
私はそう言って銀さんの腰にしがみつくようにしてギュッと抱きしめた。
すると銀さんも私のすべてを包み込むようにして背中を力いっぱい抱きしめてくれる。
ただただ幸せで、安心して、ずっとこのままでいたいとか、このまま溶け合って一つになってしまえたらどんなに幸せだろうと思う。

こうも毎日色んなことがあると、私の中にはマンネリなんてものは存在しないのかもしれない。それくらいには毎日銀さんのことを考えている。
銀さんはどうだろうか。
そんなこといちいち聞くなとか言われるのは目に見えてるから聞かないけど、銀さんも私と同じ気持ちで居てくれることを切に願った。



「じゃ、今夜は銀時の体が戻ったって事で盛大にいこうかね」
「カンパーイ!」
お登勢さんがビールの入ったグラスを高々と挙げ、それに続いてオロナミンCを片手にはしゃいで乾杯する神楽ちゃん。
新八くんはオレンジジュースで、銀さんはもちろんビールジョッキを片手にさっさと口を付けていた。
「銀ちゃんフライングアル!ちゃんと乾杯の音頭に合わせるネ!」
「うるせーよ、どこのオッサンだよお前は」
キャサリンさんやたまさん、そして長谷川さんにお妙さんなどいつものメンバーが集まったところで宴が始まった。

「ほんと残念だったわね、あのまま入れ替わってれば流れで銀さんが公務員、なんてこともあり得たかもしれないのに」
お妙さんは頬に手を当て残念そうな顔をして銀さんと私を見た。
「どんな流れだよ」
「名前さん、見た目が土方さんの方が良かったんじゃない?やっぱり土方さんって色男だし、見た目だけなら申し分なかったと思うわ」
笑顔の裏にどす黒さを感じながらも、お妙さんは気持ちいいくらいにストレートに銀さんを貶す。

「公務員は惜しいですけど」
「惜しいんかい!」
隣でつっこむ銀さんは置いておいて、私はお妙さんの方を向いて言葉を続けた。
「何だかんだで銀さんのこの顔も好きみたいです」
アハハ、と照れ笑いを含みながらそう言うとお妙さんは「ごちそうさま」と頬を少し赤く染めて笑っていた。
今まで何度か離れて、気付くことは沢山あった。
でも今回は近くに居るのに近くに居ない。
そんな妙な出来事があったからこそ元々好きだった銀さんのこの見た目も、実は思ってた以上に愛してしまっているのだと気が付いた。

「あの無駄に色男より、銀さんのが男前ってことでいーのでしょーか?」
お妙さんが席を外すと、銀さんは私をのぞき込むようにして少しからかった風にそう言った。
「男前とは言ってません」
「そこは銀さんが宇宙一男前だよって言うとこだろー?!」
ギャンギャンと言い始めた銀さんはあっという間に目の前のお酒が無くなっていて、これは酔い始めたなと確信する。

「銀さん、酔うの早くない?」
「なんかすんげぇ酒回るの早えんだけど…」
「きっと土方さんが禁酒してたからだと思うけど、これを機に規則正しい生活してみたら?」
「酒は抜けてもその代わりに体がヤニ臭くて仕方ねーんだけどぉ、タバコのせいで余計に体が衰えてる気がするわ…」
「それも一理あるね…」
お酒の銀さんとタバコの土方さん。どっちもどっちか、と笑えば銀さんと目が合った。

「そーかそーか、名前ちゃんはそんなにこの顔が好きかー」
一気に顔がニヤついて、顔面土砂崩れ状態の銀さんはとにかく嬉しそうだ。
「調子に乗らないで貰えますか…」
「乗ったっていーじゃねーかよー、あの無駄モテ副長さんに勝ったと思ったら嬉しいじゃねーかよー」
語尾が気だるく伸びるのは酔っている証拠。そんな銀さんは腰に手を回して来て、それはまるで蛇のように私に絡み付いて完全にホールド状態になってしまう。

「安心しろよ、俺はもうとっくに名前ちゃんだけのモンだから」
首筋に息を吹きかけられたもんだから、驚いて銀さんの顔を手のひらで押し退けた。
皆がいる前で一体何考えてんだこの酔っ払いは。

「なんだ、もう酔ってんのかい銀時は」
お登勢さんがお手製の料理を幾つかテーブルに運んでくれる。
どれもお酒に合いそうな料理のチョイスでいつもすごいと感心するばかりだ。
「わあ、美味しそう!」
「たくさん食べな、空きっ腹に酒入れるとコイツみたいにすぐグズグズになるからね」

そう言ったお登勢さんは銀さんをじっとりとした目で見て、またカウンターの方へと行ってしまう。
カウンターでは神楽ちゃんと長谷川さんがお登勢さんの手料理をガツガツ食べていて、それを見ながらお妙さんや新八くんたちが笑っていた。
また日常が戻ってきたと安心して、幸せを噛みしめる。
胸の奥がギュッと熱くなり、銀さんに触れたい衝動が押し寄せる。
そんな衝動に侵された私は振り返って銀さんの方を見て、手でも握ってやろうと企んだ。

「やべぇ、すんげぇ眠い……」
「ぎ、銀さん?」
まだ夜はこれからだと言う時間なのに、銀さんの瞼はいつも以上に重そうで、ソファに項垂れ掛かっていた。
「あのマヨ野郎…規則正しい生活しすぎなんだよ…一体今朝何時に起きたんだよアイツ」
きっと早起きしたのか、それとも仕事で徹夜したのか、どっちにしても土方さんの生活上仕方ないとしても銀さんはもう限界と言わんばかりに私の膝の上に崩れ落ちた。

「名前、ちゃん……起きたら頑張るから、少し寝かせて……」
そう言い終わるとすぐに眠りの中へと落ちていった銀さん。果たして何を頑張るのかは敢えて言わないでおくとして。
その後銀さんは朝まで起きることなく、スナックお登勢のソファでぐっすり朝まで眠ることとなるのだった。




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