「どいつもこいつも、どうしようもねーな」



坂田銀時の懐旧




昼過ぎ、家に帰ろうとババァの店の前を通る。
すると勢い良く戸が開き、出てきてのはやはり主であるババァ。
また家賃でも催促されるのかと思い足取りを早めたが、開口一番に名前の名前が出たので足を止めた。

「あの子明日退院だろ、荷物持ちとか足りるかい?」
「いらねーいらねー」
荷物なんかある訳ねえだろ、出産じゃあるめーし。
だいたい大量に荷物があったとしてもだ、向こうには国家公務員っつー無駄に人数だけは揃ってるでっけぇスポンサー様がついてんだから俺らなんかお呼びじゃねえんだよ。

「退院祝いは何がいいかねえ」
「んな気ぃ使うなよ」
「何言ってんだい!記憶はともかく、こうして元気になって退院できたんだ、祝いくらい贈ってもバチは当たらないだろ」

名前は真選組で働き出してからも月一くらいだったが店に顔を出しては前のように手伝っていた。
名前とババァも一年半の付き合いになる。
何かしら面倒見たがりのババァは名前を可愛がっていたのは一目瞭然だった。
たまに本当の親子のように仲良く話しているのを見たこともある。
そんなババァが名前を気に掛けるのは当たり前っちゃ当たり前の事だ。

「いつまでそっとしておかなきゃならないんだろうねぇ…」
「さあな、あの状況じゃ今までの話をされたところで複雑すぎて頭も追いつかねーだろうよ」
ここ何日か病室を訪れそれとなく話は聞いた。
どこまで記憶があるのか、どこから記憶がないのか。

名前は元の世界のことは覚えていた。親の事や友達のこと。
俺の知らない話ばかりで俺の知らない名前が居た。
そしてここに来たことは記憶にないらしい。
世界がどーとかそんな話をしても名前がこの状況下で理解できるとは思えなかったし、何より体に障ると思ってそれ以上の詮索はやめた。

最初は親がどうして来ないのかとか、ここはどこの病院なんだとかそんなことばかり嘆いていた。
でもそれも徐々に落ち着いていったのはきっと沖田くんの存在があったからだと思う。

名前は元の世界の話をしなくなった。
元々前向きな奴だったのは俺が一番よく知ってるつもりだ。
自分の置かれている状況を察知して理解して順応することに関してはやはり優れているのだろうか。
日に日に名前は落ち着きを取り戻していた。


「あ、こんにちは」
「よう、明日退院だってな」
「はい、おかげさまで」
なんつー他人行儀な。
名前は軽く俺に会釈をする。
真っ白なベッドに座ってこちらを向いている名前を見るのは何日目だろうか。
会う度に愛おしさが募るのはもう名前が自分のものではないから余計にそう思うのか。

「あれ、沖田くんは?」
「明日退院なので色々準備するとかで、今日は朝一来てすぐ帰って行きました」
「ふーん」
俺はまるで興味のないフリをして見せたが内心ラッキーだと思っていた。
名前が入院してから二人きりになったことがなかったからだ。
いつも横にメガネとやかましい小娘が付いていたもんだからまともに口も聞けていない状況だった。

俺は簡易なパイプ椅子に座り、土産にと持ってきたプリンを二つ渡す。
「いつもありがとうございます」
「それひとつは俺のだからね」
「じゃあ今から一緒に食べましょうか」
そう言って名前は袋に入っていたプリンを俺にひとつくれる。

「っ…ぎ、銀、さん…?」
プリンごと名前の手を握る。
逃げられるのは嫌だったのでキツめに握り締めたその手は少し痩せているようだった。
そしてやはり少し力が入っていて俺を警戒しているのだと伺わせた。

「名前ちゃんがさ、色々あって一文無しで俺のとこに助け求めて来たのが初対面」
「え…」
「んでそれから仲良くなって俺んちに風呂毎日借りに来て晩飯も一緒に食ってさ、テレビ見て何でもねーような話して笑って、そりゃ楽しかったのなんのって……あ、因みにその時名前ちゃんはコンビニで働いてたかんね」

過去の話をするなと言われた。
でももうそんなもん関係ねーよ。この際そんなこと言ってられねーんだよ。
やっと手に入れたって言うのに、またどっかいっちまうのかよ。
冗談じゃねえ。

「銀さん…」
その呼び方も、記憶をなくしての初対面では“坂田さん”と俺の事を呼びやがったのですぐ訂正させた。
俺の名前をいつも通り呼んでも、そこには笑顔はない。
いつかまた俺に無防備な姿を見せてくれるのだろうか。
あの笑顔と自然体なお前がまた見られるなら俺はなんだってしてやるよ。

「名前ちゃん、思い出せなくてもいいから」
だから、だから。

「もう一回、俺の嫁さんになってくれよ」
名前はただただキョトンとしていた。
しかしその瞬時、顔を真っ赤にして俺に握られていた手を引っ込めた。
早とちりなのは分かってる。
でもこのままじゃきっとアイツらの方へ行っちまって二度と帰って来ないんじゃないかと思っちまったから。
だから俺は俺なりに先手を打っておいたつもりだ。

「私…、銀さんと結婚、してたん…ですか?」
「事実婚だけどな」
「じ、事実…婚…?」
「周りは知ってる、ババァもたまもキャサリンも、長谷川さんも源外の爺さんや柳生も吉原の奴らも……俺たちの周りの奴らはみんな知ってるよ」
「…どうしてすぐ、言ってくれなかったんですか…」
「ただでさえパニックなんだ、余計なことまで言いたくなかったんだよ」

「いや、余計じゃなかったんだけどね結局」
そうだ、俺はこの機会をずっと待っていた。
二人きりになる時間が出来たなら、俺たちはそう言う仲なんだってすぐ言ってやるつもりだった。
「このまま名前ちゃんが真選組行ったら、俺らそれこそ繋がりなくなっちまうし…だから記憶が戻るまででいいから、うちに来ない?」

断られても仕方ないと思っていた。元々名前は真選組に住んでいる。
だからそこへ帰るのが普通な訳で。
それを邪魔しようとしているのは、間違いなく俺だ。

「結婚…してたのに…一緒に住んでなかったんですか…?」
俯いていた名前がこちらをチラリと覗き見る。
すでに離されていた俺の手は行き場を無くしてプリンを握ったまま。
そのプリンが徐々に生温くなっていくのが分かった。

「あー、まあ色々あってなー、俺がちょっと名前ちゃんの信用無くしちゃった時期があってだな、それで同棲っていうチャンスをみすみす逃しちまった感じ」
プリンの蓋を開けるとすかさず名前がスプーンを手渡してくれた。
こういうとこがいいんだよな、コイツ。いつもタイミングがいいと言うか、歩調が同じというか。

「これを期にって言っちまうとアレだけど、改めて俺ら一緒に住まねぇ?」
「っ…」
「つっても、もれなく神楽と定春がオマケで付いてくるけどな」
返事はどっちだっていい。向こうに戻ると言うのならそれも仕方ない。
その時はまた毎日のように様子見がてら名前を口説きに行きゃいい。

「あれ、名前ちゃん俺のプリンそっちだわ」
「……え、違うんですか?同じものだと思って適当に渡しちゃいました、すみません」
少しだけ色の違うプリン。
容器は全く一緒でなかなか区別が付きにくいそれは俺たちが気に入って何度か通ったケーキ屋のプリンだった。

「名前ちゃんはこっちの豆乳プリンがお気に入りなんだよ、ほらよ銀さんの体温でちょっとぬるくなっちまったけど」
「こっちが銀さんのですね」
「そうそう、こっちのノーマルプリンのあま〜いのが銀さんの」
「よく見ると少し色が違うんですね」
「だろ、ていうかなんかシール貼るとか容器違うのにするとかそういう配慮して欲しいもんだぜあの店」
「ほんとに、これじゃ間違えちゃいますね」
俺たちはお互いのプリンを交換して笑い合う。

そうだよ、その笑顔をまた毎日俺にくれよ。




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