「よう…やっと目が覚めたか」



隻眼




朝目を覚ますと隣に知らない男がいた、なんてのはドラマとか漫画の見すぎで。
現実はそんな甘いものではない。

「いたた…」
硬い床に転がっていた私は体中が悲鳴を上げるほどにガタガタだったが、まだ床が畳だった事に少しだけ救いを感じた。
ゆっくり体を起こし、目の前の見知った男に少々ビビってしまう。
そんな私を見下すようにその男は口元だけ笑みを浮かべていた。

「久しぶりだなあ」
クツクツと含んだ笑いをする、そんな男は私の周りに一人しか居ない。
「お…お久しぶりです、高杉さん…」
月明かりと小さく灯された灯篭だけの明かりで、部屋は薄暗い。
秋の月が大きく光っていてそれが高杉さんの白い肌の輪郭を余計に際立たせた。
私がなぜここにいるのか。

正確にここ、と言ってもここが何処なのかさえ分からないが、部屋の雰囲気からして遊郭の一室のような、そんな怪しさだらけのような部屋だ。
「あの、ここは…」
聞いてはいけないような気がしつつも聞かずにはいられない。
覚えていることと言えば、真選組の仕事を終えて家に帰る途中だった。

その日は銀さんたち万事屋に久々の仕事が舞い込み、私は一人で家路を辿っていた。
正直ここ最近危ないことなどはもちろん、何も無い日常を送っていただけに平和ボケしていたのだろうか。
なんの警戒心もなく近道に裏路地を使ったのがいけなかった。
いつか随分前にも同じような気持ちで裏路地を使って、何度こんな目に合ったか。いや、何度この男に待ち伏せをされていたか。
今思うと浅はかだったが、ここに来てまさか高杉さんとまた出くわすなんて思ってもみなかった。


「元気にしてたか」
隻眼の瞳が私の視線と絡み合う。
吸い込まれそうな、全て見透かされそうな、そして何か惑わされそうな。
そんな目をした彼としばし目が合ったまま沈黙してしまう。
「なんだ、会って早々誘ってんのか」
低い声でそう問われて心臓を持っていかれそうになり驚いた。
距離があったもののそんなのを耳元で聞いた日には色々とヤバイと思ってしまう。

「ち!違います!その……っ、本当に久しぶりだな、って…お元気そうで何よりです…」
じっと見つめてしまったのは決して高杉さんを誘ったわけでも見惚れていたわけでもない。
ただ本当に高杉さんの存在が儚くて実在するものなのかと目を疑ったのだ。
強い存在のわりにどこか儚げな高杉さんは、そのアンバランスさゆえにどうしてか気になって仕方のない人だ。

「あの、ここ……どこですか…?」
控えめに聞いたその質問に、少しずつ近付いてくる高杉さんを見て心臓が一気に緊張を覚える。
「宇宙の果て、とでも言っておこうか…」
きっと高杉さんしか似合わないであろうそのセリフに、ただポカンとするしかなかった。
「安心しろ、取引きが終わったらちゃんと帰してやる」
取引き?何のことかさっぱり状況が掴めずにいると、障子を隔てた向こう側でコソコソと人の気配を感じた。
「しっ晋助様!取引き相手の船が見えたッス!」
女性の声が聞こえ、その体育会系男子のような独特の話し方でだいたい誰だか察しがついた。

「ああ、すぐ行く」
姿は見えないものの、彼女はすくにそこから気配を消す。
それに続いて目の前にいた高杉さんも障子に手をかけ、部屋を出ていこうとする。
「あ、あの!」
私はどうしたらいいものかと、とりあえず行こうとする高杉さんを呼び止めた。
「取引きが終わったらすぐに戻る、それまでここで大人しくしてることだな」
口元だけ笑うと“くれぐれも窓から飛び降りようなんて考えるなよ”とだけ付け足して、高杉さんは部屋を出ていった。

畳の部屋、怪しい雰囲気だけが残りなんとも落ち着かない。
微かにいい匂いがするのはお香の匂いなのか、はたまた高杉さんの残り香なのか。とにかくそれは非日常すぎて、全てが落ち着かなかった。


「窓からって……」
高杉さんが行ったのを確認して、私はカーテン代わりの障子に隔たれた窓に近付く。
それだけでは外は見えず、ただ夜なのか暗い感じだけは伝わってくる。
光がチカチカとするのは外のネオンか。
しかしいつものかぶき町らしさとは違ってやけに静かで、それが気になって私は障子を少しだけ開けてみることにした。

「な、な…に、これ…」
呆然とした。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだった。
あたりは黒い世界。それは闇の世界がずっと続いているかのような。
見開いた目で明るい方に視線をうつせばまた驚いて言葉が出なくなる。
宇宙だ。ここは宇宙だ。
私が乗っているのはきっと高杉さんの、鬼兵隊の船だ。そう即座に理解できた。
チカチカ光っていたのは取引き相手だと言っていた船のネオンで、それはかぶき町のものとは全く異なる光だった。

「うそ、どうしよう…」
すぐに万事屋に帰れない。
それだけが頭をよぎって急に不安に襲われた。
私は拉致されたんだ。高杉さんに拉致された!誘拐された!


「アンタも大変だねー」
急に声がしてビクリとしてしまう。
振り向くとそこにはまた見知った顔がいてさらに驚いてしまった。
「なんで、ここに…」
急な出来事ばらかりで頭がついていかない。
どうしてここにこの人がいるのか、いや、いてもおかしくないのか?と頭の中は疑問符でいっぱいになった。
「王子が姫を助けに来ました、って感じでどうかな?」
相変わらず読めない笑顔を振りまいている神威さんは、そう言いながら私に近寄ってきた。
「って言っても王子様は別にいるんだっけ」
「あの…」
「このまま本当に攫っちゃおうかなー」
ふふふ、と妙に上機嫌にしていて私の話を聞くつもりは毛頭ないようだ。

「あ、俺はちょっと取引き絡みでここに遊びにきただけだから、すぐ帰るよ」
彼の真意は全くと言っていいほどに毎回理解できない。
「持って帰りたいのは山々なんだけど、問題起こすとまた面倒くさいことになるしなー、あーどうしようかっなー」
神威さんはまるでスーパーでお菓子を買うか買わないかで悩んでる人くらいのテンションで恐ろしいことを言い始めた。
この人と居ると自分がやけに小さい人間なんだと思い知らされる。
この人にとって私なんか人差し指一本で息の根を止められる存在でしかないんだ。
そう思うと身震いがした。

長い三つ編みを揺らして私の前に座った神威さんは、相変わらず目だけは笑ったまま。
「高杉にこんなところまで拉致られるなんて、よっぽどのお気に入りなんだね」
嬉しそうに笑った彼は何かこれから楽しいことが起きるのを予感しているように、それはそれは愉しそうな声を出す。
それと同時に私はやはり拉致されたんだと確信を持たされて、再度愕然とした。

「早々で悪いけどすぐアイツが戻って来そうだから俺はもう行くよ」
「あ、ちょっと…」
「また今度俺の相手もしてよ」
手を振ってさっさと部屋から出ていく彼を止める理由もさほど無く、結局また怪しい部屋に一人ぼっち。
これからどうしたものか、どうしたらいいのか、考えても答えは見つからない。答えはあの人にしか分からない。


「銀さん…」
私はそう呟くとその不気味な程の静かな部屋に声が響いた。
そしてただ銀さんのことを考えて、この未知の恐怖を誤魔化すことしかできなかった。



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